ホーム  カートをみる お客様の声 ラベルサンプル 英文の例 FAX注文  お急ぎの方  商品一覧  Q&A お問い合せ サイトマップ
  

よもやま話

還暦祝いのよもやま話

還暦祝いのよもやま話

還暦祝いのよもやま話その1 ―「還暦祝い」にも地方の文化―

還暦を祝う慣習は日本全国共通ですが、その具体的なあり方となると各地方特有のものも。そうした中で全国的に見受けられるのが、男性の場合には還暦祝いとともに「厄落とし」も行うという例です。確かに60歳は男性の厄年。還暦を迎えたお祝いと同時に、その年に回ってくる厄を払うというのは、縁起良さのW作戦でしょう。そのやり方は、厄払いのお参りの帰途にハンカチをわざと落として厄払いをするものや、二十日正月過ぎから節分にかけて氏神様や観音様にお供えをして厄払い祈願するものなどいろいろ。中には、女性の還暦祝いは行わないという例もありますが、これは女性差別ではなく、男性の60歳=厄年の意識に強く基づいたものでしょう。

これらに対し、還暦祝いの言い方さえも独特なのが沖縄。もともと沖縄には12年に1度巡って来る、いわゆる干支の年に「生年祝い」を行う習わしがあり、これを「トゥシビー」と呼んでいます。「トゥシビー」には、一族の無病息災を願い、先祖や火の神に祈願して厄払いをします。この中で数え年の61歳を祝うのが「ルクジューサンヌユーエー」。基本的には「トゥシビー」のひとつとして祝います。もっとも昨今では還暦を祝うというより、それを大義名分にみんなで楽しく盛り上がろうという景色に変わっているとか。しかし、その陽気さ、鷹揚さたるや、さすが南国の「トゥシビー」であり、「ルクジューサンヌユーエー」ではありますね。



還暦祝いのよもやま話その2 ―三十立、四十不惑、六十…?―

「三十にして立つ。四十にして惑わず…」。どこかで聞いた言葉ではありませんか?もちろん、これが「論語」の一説であることをご存じの方も多いでしょう。これは、古代中国の思想家・孔子が70歳を過ぎた頃、自らの人生を語った言葉で「30歳で学問を自分なりに確立し、40歳にして惑う(=迷う)ことが無くなった」という意味です。

では、ここで設問。孔子は60歳の時にはどうであったと言っているでしょうか。答えは、冒頭の言葉の続きにあります。「五十にして天命を知る。六十にして耳に順(したが)う…」。これを「六十耳順」といい、「60歳になった時には独断や偏見を持たずに人の意見を聞けるようなった」という意味だと言われています。但し、論語の解釈は難しく、ほかにも、「六十歳になった時には人の言うことを聞けば、即座にその言わんとするところを悟れるようになった」、あるいは「どんな考えにも一理ありとして耳を傾けられるようになった」などの解釈説も。これらはいずれにせよ、人の生きるべき道を説いた言葉と受け止めたものですが、これに対し、「いや、これは晩年に近くなった孔子が人生を振り返って語った感傷的な言葉である」とか、中には、皮肉を交えた愚痴であるという異説すら…。結局のところ、真意は本人のみぞ知るというところのようです。しかし、せっかく時代を超えて残された言葉、今の時代の自分自身に合わせて解釈し、人生に役立てるのは悪いことではありません。たとえば今なら、「インターネットをはじめ、あふれる情報に柔軟な精神を持って対処する」とか、「新しく見聞きした事柄に対する好奇心を失わない」とか。もちろん、他にも考え方はいろいろ。むしろ、さまざまな考えや事柄に対して自分なりに考えることこそが「耳順」の意味なのかもしれません。



還暦祝いのよもやま話その3 ―60歳からの「銀座日記」―

歴史小説・時代小説の人気作を数々世に送り出し、1990年に鬼籍入りしたものの未だ根強いファンの多い池波正太郎(敬称略)。生前の彼の食通ぶりはファンならずとも有名な話です。作品の中にも、さまざまな献立が登場し、インターネットを検索すれば、その献立の再現に挑戦したものも見かけることができます。そうした小説の一方で、彼自身の日頃の食事が紹介されていたのが、地域ミニコミ誌の先達「銀座百点」に連載されていたエッセー「銀座日記」です。実は、この掲載がスタートしたのが60歳、すなわち池波正太郎還暦の歳のことでした。

その内容を覗いてみれば、持病の痛風の発作を恐れつつも、ある時は『レストランで、ビールをのみ、海老グラタンを食べ…(中略)…買物をしてから帰宅。夜食にカツ丼を食べる』、またある時は『鉄板で、カツレツ、餅天、牛天、オムレツ、やきそばなどを自分でつくりながら食べ、酒をのむ。そのいそがしいこと。まるで体操をしているようなものだ』と、なかなかの健啖家ぶりを見せています。献立も素材も、まるで若者のノリ。しかし、そこは浅草に生まれ育ち、粋で鳴らした江戸っ子。『合鴨の焼いたのと牡蠣そばで酒を二号のみ、その後でせいろを一杯』と、有りし日の姿が思い浮かぶ一文も。また、『到来物の蛤をコンロで焙りながら酒一合半』とか『新鮮な鯒(こち)の薄造りに、カマの塩焼き。酒を二本のんで…』とくれば、その傍らに控えるのが燗酒であるか人肌であるか、はたまた冷酒であるかは好みとしても、左党の方なら一度はやってみたいお酒の楽しみ方ではありませんか。というわけで、芸術を愛し、食を愛し、酒を愛した巨匠に想いをはせつつ、今夜あたり、ご一献、いかがでしょう。※文中の『 』の部分はすべて「池波正太郎の銀座日記(全)[新潮文庫]より抜粋」



還暦祝いのよもやま話その4 ―今時?!な「還暦」祝いとは―

昔ながらの慣習とはいえ、時代とともに変わっていく部分もあるのがお祝いのかたち。長寿の最初のお祝いである還暦もまた例外ではありません。赤いちゃんちゃんこが赤色をキーワードにした洋服や装飾品に変わっているのは、その代表でしょう。また、海外旅行のプレゼントも現代ならではの長寿祝い。この程度の変化ならば誰もが頷ける範囲ですね。しかし、時代の進歩というものは思わぬお祝いのかたちを生みだすもの。事はお隣の国・韓国の話です。最近、還暦祝いとして人気が高まっているのが、なんと整形手術!さすが、日本に比べて整形手術に対する抵抗が少ないお国柄です。 しかし、確かに現代社会では60歳という年齢に「高齢者」のイメージも「老」のイメージもありません。オシャレや恋愛に対する情熱だってまだまだ衰える年齢ではありません。

だから、整形手術で気持ちだけでなく「見た目も若く!」との考えには一理あります。ただ、日本社会の場合、整形手術自体に抵抗感があり、その傾向は年配の方ほど高いもの。還暦のお祝いに整形手術を…と言われても、とまどう人のほうが多いことでしょう。とはいうものの探してみれば、少数派ながら賛成派の方も。現にネット上などでは、還暦祝いの整形手術をすすめるホームページなども散見できます。ご両親、祖父母、先輩の方々…いつまでも若々しく輝いていてほしい方への還暦祝い。ひょっとしたら日本でも、整形手術がプレゼント候補のリストに並ぶ日がくるかもしれません。



還暦祝いのよもやま話その5 ―60歳の時…あの人・この人―

●徳川慶喜の場合
徳川幕府の最後の将軍・徳川慶喜は大政奉還が決まり、徳川幕府が無くなった後、静岡の地で謹慎生活を送っていました。しかし、明治30年に謹慎がとけて東京へと帰京することに。それが慶喜60歳、還暦の歳のことでした。

●西太后の場合
1894年11月29日、清の国(現在の中国)の宮廷はある式典の賑わいに染まっていました。その式典とは、時の清国皇帝の生母として権勢をふるっていた西太后の還暦祝い。この時、式典に投じられた予算は、西太后の衣装やアクセサリーも含めると、その額は国家予算の6分の1に達していました。贅沢もここに極まれりの話です。

●伊能忠敬の場合
科学的で正確な日本地図を日本人で初めてつくりあげた伊能忠敬。彼は55歳の時に全国測量の旅をスタートさせました。そして60歳を迎えた年、日本の東半分の沿海実測図を完成させました。




還暦に関するこちらの記事も読まれています


2016年グッドデザイン賞受賞-還暦祝い専用60年前の生まれた日の新聞付き名入れ酒

名入れ専用FAX注文用紙

電話でお問合わせ
よくある質問
記念日新聞の休刊日一覧
記念日新聞の紙面状態チェック
今年のお祝い年齢早見表
プレゼント商品の熨斗・包装について
還暦のプレゼントに御使い頂いたお客様の声
還暦祝いのよもやま話
60年前の世相
送料無料!新潟県から全国へお届け致します
旅行先にギフト品のお届け可能
当店専属利酒師在中

結婚情報誌に掲載
結婚情報雑誌「ゼクシィ」「ゼクシィネット」にて「記念日の新聞付き名入れ酒」が掲載されました!
贈り物ギフト特集にて掲載

カレンダー
  • 今日
  • 休業日



【営業時間のご案内】


平日 9:00~18:00


日・祝日は出荷を含む業務すべてのお休みをいただいております。
インターネットでのご注文は年中無休で受付しております。



【定休日中のご指定日】


定休日中のご注文に関しては、翌営業日から発送の準備をさせていただきますので、指定日発送ご希望の場合はご注意いただくよう願います。



【定休日中の配送】


土曜日15時以降のご注文につきましては、新聞お取り寄せの都合上、【最短発送日が翌週の火曜】となります。


何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。



ページトップへ