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還暦祝いのよもやま話2

三十立、四十不惑、六十…?
「三十にして立つ。四十にして惑わず…」。どこかで聞いた言葉ではありませんか?もちろん、これが「論語」の一説であることをご存じの方も多いでしょう。これは、古代中国の思想家・孔子が70歳を過ぎた頃、自らの人生を語った言葉で「30歳で学問を自分なりに確立し、40歳にして惑う(=迷う)ことが無くなった」という意味です。

では、ここで設問。孔子は60歳の時にはどうであったと言っているでしょうか。答えは、冒頭の言葉の続きにあります。「五十にして天命を知る。六十にして耳に順(したが)う…」。これを「六十耳順」といい、「60歳になった時には独断や偏見を持たずに人の意見を聞けるようなった」という意味だと言われています。但し、論語の解釈は難しく、ほかにも、「六十歳になった時には人の言うことを聞けば、即座にその言わんとするところを悟れるようになった」、あるいは「どんな考えにも一理ありとして耳を傾けられるようになった」などの解釈説も。これらはいずれにせよ、人の生きるべき道を説いた言葉と受け止めたものですが、これに対し、「いや、これは晩年に近くなった孔子が人生を振り返って語った感傷的な言葉である」とか、中には、皮肉を交えた愚痴であるという異説すら…。結局のところ、真意は本人のみぞ知るというところのようです。しかし、せっかく時代を超えて残された言葉、今の時代の自分自身に合わせて解釈し、人生に役立てるのは悪いことではありません。たとえば今なら、「インターネットをはじめ、あふれる情報に柔軟な精神を持って対処する」とか、「新しく見聞きした事柄に対する好奇心を失わない」とか。もちろん、他にも考え方はいろいろ。むしろ、さまざまな考えや事柄に対して自分なりに考えることこそが「耳順」の意味なのかもしれません。