酒粕でサスティナブルなライフスタイル

昔から日本の文化や食生活に欠かせない酒粕。その健康や美容への効能により、近年注目が高まっています。酒粕は甘酒、粕漬け、奈良漬などに活用され伝統的な食文化を築いてきました。最近では和食以外にも様々なジャンルの料理との組み合わせにより多種多様なレシピが考案されており、伝統的なものから今の感覚とマッチした斬新なものまで、酒粕の魅力がより一層広がり、親しまれています。

また豊富な栄養素を含み、食生活に取り入れることで体内の環境を改善する効果があります。酒粕は日本酒を醸造する工程で出た「カス」、いわゆる「不要物」ですが、それを古来より食生活に取り入れて活用し、日本は豊かな食文化をつくり上げてきました。

 

酒粕で植物を育てる

また、食べたり塗ったりする以外にも酒粕の活用方法はあります。

米のとぎ汁や米ぬかを土に混ぜたり植物に与えたりして活用するという話を聞いたことはないでしょうか。実は酒粕も同じように、肥料して活用することが可能です。酒粕には植物の成長に必要なアミノ酸などの成分が豊富に含まれていることから、昔から肥料の材料として重宝されてきたことが分かっています。

酒粕が肥料として優秀なのは、含有している多種の成分が関係しています。酒粕は日本酒を作る際に生まれる副産物ではありますが、その製造過程で発酵されるため、酵母を含有しています。酵母は人間の身体にとっても馴染み深いものですが、実は農業でも重要な役割を担っているのです。

例えば酵母は堆肥に含まれている有機物の腐敗を予防したり、アミノ酸肥料と一緒に撒くことでアミノ酸を土の中でキープさせておいたりする作用があります。酒粕にはもともとアミノ酸が豊富に含まれているため、酒粕から作られた肥料は土壌を豊かにし、植物の成長を促す効果が期待できるといえます。

また、酵母には植物ホルモンを生成し、花を大きくする働きがあるため、トマトやキュウリなど実がなる野菜の肥料として使用されることも多いようです。

酒粕は肥料の材料として優秀ではありますが、その一方で市販されている酒粕入りの肥料は実は多くはありません。

酒粕にはもともと6~8%のアルコール分が含まれているため、大量に使用してしまうと農作物に害が出てしまう可能性があるからです。また、酒粕は肥料を作るにあたって保存が難しく、コストもかかってしまうため、肥料として市販するのが難しいことも原因として考えられます。

 

 

創業380年を超える京都の老舗酒造メーカー月桂冠は、JA東びわこ・稲枝地区(滋賀県彦根市)の協力のもと、循環型の農業と酒造りに1996年から取り組んでいます。そのコンセプトは、「米から酒へ・酒から米へ」。酒粕を主体にした有機質肥料を用いて稲を育て、収穫した米で酒を造り、酒粕を肥料として再び土に返し、稲を育てるという「米から酒へ・酒から米へ」の循環を繰り返すものです。

稲枝地域の農家は、琵琶湖の水質への影響を少なくするために、従来から有機質肥料の割合を高めるなど、環境への配慮に取り組んでいたことから、新たなアイデアとして酒粕を肥料とした米作りと酒造りに取り組むことにつながりました。また、この取り組みによって誕生した日本酒は商品化されています。

 

 

 

酒粕で米を作り、できた米で酒を造る

JA東びわこ・稲枝地区(滋賀県彦根市)の協力のもと、月桂冠は「酒粕有機肥料」を使った米作り、循環型農業に取り組んでいます。滋賀県の各地域では、琵琶湖への水質の影響を少なくするために、従来から有機質肥料の割合を高めるなど、環境への配慮に取り組んできました。

稲枝地域においては、日本酒の製造工程で生じる酒粕を主体にした有機質の肥料を使い、稲を育てて収穫します。そしてその米で酒を造り、酒粕を肥料として再び使い、稲を育てています。この一連のサイクルを継続し、循環型農業を行っています。

この循環型農業への取り組みは1996年に始まりました。1994年に日本政府から公布された食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)の影響で、それまでの農業のやり方に変化が起こり始めていました。

政府によって米の流通が管理・規制されていましたが、食糧法により米などの作物の流通や販売が緩和されるようになりました。米農家間の競争力も高まり、より独自色を出した商品が生産者に求められるようになりました。

その時流に乗って、月桂冠は米農家と協働することが相互メリットにつながると考え、酒粕を活用した米作り・酒造りへの挑戦が始まりました。

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日本酒の製造工程で生じた酒粕は、多くが食品として利用されていますが、一部は家畜の飼料などに利用されるなどしていました。この酒粕を活用した「米から酒へ・酒から米へ」の循環は、月桂冠と農家に独自色をもたらすだけではなく、酒造りにより発生する副産物活用の幅を広げ、環境保全にも貢献していきました。

しかしこの取り組みを始めた当初から上手くいっていたわけではなく、最初の年は生の酒粕をそのまま田んぼに撒いてみたものの均一に巻くことが難しく、肥料としての効果も不十分でした。翌年に乾燥した酒粕を使用すると風で飛散して失敗するなど試行錯誤を繰り返し、最終的に酒粕を乾燥、粉砕して供給し、肥料会社で粒状に加工して使用することで肥料としての効果と扱いやすさを両立した酒粕有機肥料が完成しました。

この酒粕有機肥料は、今では、約20軒の米農家で使われています。しかし、酒粕は分解がゆっくりで、栄養素になるまでに時間を要します。田んぼによって土質や水はけなど個性が異なるため、各米農家でタイミングを微調整しながら撒いているといいます。手間暇はかかりますが、即効性のある化学肥料を使用した場合と比べても、遜色ない品質の米を作れるようになったといいます。

そして1999年には、酒粕有機肥料を使用した米100%の純米酒が商品化されました。年に一度、田植えの時期にしか肥料のテストができないこともあり、プロジェクト発足から商品が完成するまでに5年の歳月を要しました。

2004年からは「厳選素材純米」と名付けられ販売が開始されました。しっかりとした味わいの純米酒で、米の持ち味や個性を活かしたお酒に仕上がっているといいます。

2015年2月には酒粕を活用した循環型農業と酒造りの活動が評価され、京都市主催の「第12回 京都環境賞」で特別賞(企業活動賞)を受賞しました。

「京都環境賞」は、環境の保全に貢献する、先進的で優れた活動を表彰するもので、平成15年度から、毎年実施されています。

収穫された米を原料に酒を造り、さらに酒粕を肥料として再び土に返し、稲を育てるという「米から酒へ・酒から米へ」の循環を繰り返す循環型農業。酒粕には、米由来のデンプンのほか麹や酵母由来のタンパク質、繊維質などの有機物が多く含まれており、特にタンパク質中の窒素成分が栄養素として稲の生育に活用されます。

 

 酒粕が結びつけた企業と農家の信頼関係

酒粕有機肥料の取り組みのほか、月桂冠はさまざまな形で農家の方々との結びつきを深めています。そのひとつが、兵庫県加東市藪地区産の山田錦の購買契約です。

播磨地方の酒米産地と、特定の酒造家・酒造業者との間で結ばれる酒米取引制度が「村米制度」と呼ばれる一種の契約栽培です。月桂冠は、全国新酒鑑評会へ出品するお酒に、契約農家が作った村米をはじめとするこだわりの山田錦を用いています。それらの製品は高く評価され、鑑評会の最高峰である金賞を出品した4蔵がすべて3年連続で受賞。月桂冠と米農家との絆もこの快挙に関わっているのです。

また、滋賀県の稲枝地区で定期的に行っているのが、お客さんを招いての稲作体験。取引しているスーパーマーケットのお客さんとその家族を招待し、春に田植え、秋には稲刈りと、農家の方々に米作りを教えてもらうイベントです。このように農作業を楽しみながら農家の方々と交流を図っています。

循環型農業による酒造りをはじめ、酒造メーカーと米農家とがうまく協力していくためにも、このように信頼関係を構築しています。

酒造りの原料となる米、その米を作る農作業自体を、このような稲作体験や米農家の方々とのコミュニケーションを通して農業の大変さや農家が米作りに懸ける思いを感じることが大切といいます。米作りへの思いや情熱を酒造りにも継承していき、循環型農業を通じてクオリティーの高い日本酒造りを行っています。そして、その前提として必要な自然環境を保全する、自然との共生への意識を高めることにもつながっています。

このように月桂冠では、酒粕など酒造りの生産工程で生じる副産物をさまざまな用途に活用すると共に、コジェネレーション設備導入などによる省エネルギー対策や、省資源対策、小学校での環境学習授業の実施、食用と競合しない植物を原料にしたバイオエタノール生産技術の開発、地域の清掃活動への参加など、幅広い環境保全活動に取り組んでいます。これらの活動が評価され、201412月、「平成26年度 地球温暖化防止活動環境大臣表彰」(対策活動実践・普及部門)を受賞しています。

 

酒粕がつなぐ、自然と共生する未来の酒造り

近年、世界規模で対策が課題となっている地球温暖化。それにより引き起こされる自然災害、干ばつによる食糧不足、熱波による死亡や疾病や生物多様性への影響などが問題となっています。2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」を達成するために協力する動きも世界的に活発になっています。

 

SDGsは20159月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。

貧困や飢餓、健康や教育、さらには安全な水など開発途上国に対する支援、クリーンエネルギーへの移行、格差の是正、気候変動への対策や地球環境保全など、未来に向けた持続可能な社会の構築を目指す目標が掲げられています。それらを達成するための17目標それぞれに平均10個の同じようなターゲット(具体策)が存在し、合計すると169個のターゲットで構成されています。

 

産業革命以来、自然環境を破壊し続けて人間社会は発展を遂げてきましたが、これからも豊かな生活を続けていくためには、自然との共生の在り方を見直し、周りと協力しなければ環境を維持できません。今後、企業は環境問題に取り組み、サスティナブルな社会を構築するためにもより一層環境保全に対する貢献が求められ、このムーブメントは当たり前のこととなっていくでしょう。

このような企業活動や商品に対するストーリ性は消費者に求められており、コーポレートイメージの向上や商品のブランディングといった付加価値を与える取り組みでもあります。循環型農業のように企業、米農家、自然環境、そしてそこに関わる消費者にとってもメリットがある仕組み作りは、今の時代に求められているサスティナブルな消費活動ではないでしょうか。

 

循環型の農業と酒造りのプロジェクトは、原材料の循環だけでなく、月桂冠や農家の方々といったプロジェクトに携わる人々が双方のコミュニケーションが促進されることで、知識や経験を循環させています。それはまるでモザイクのように異なるピースが、一つのものをつくり上げていくようです。それぞれの役割がお互いのことを知り、リスペクトすることで、より良い米作りと酒造りができる循環型農業が生まれました。酒粕がつなげる米と酒造りのサスティナブルな関係はこれからの未来に向けた次世代のスタンダードなのかもしれません。

 

八百万の神を祀る神道が古来より精神に深く息づいている日本人は、元来自然と寄り添い社会を構築してきました。例えば、食器がひび割れたら捨てるのではなく、金継ぎをして新しいデザインとして使い続けたり、「米粒に神様が宿る」という表現をして食べ物を大切にする習慣を日常化する。このような世代を超えて日本人が培ってきた「もったいない」精神が、あらゆるものを大切にし、環境に配慮して生活する習慣が、昔から自然と日常生活に根付いているのです。

 

そして今も昔も日本酒づくりは自然と切っても切れない関係です。自然素材を活用し自然のサイクルに寄り添う伝統的な醸造工程の良い部を継承していくことはもちろん、最新のテクノロジーを活用することで、未来のより良い酒造りの環境を醸成し、今後ますます地球環境の改善へとつながる様々な取り組みが行われていくのではないでしょうか。