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明和義人とは

時は明和、江戸では第十代将軍、徳川家治の側用人・田沼意次(たぬまおきつぐ)が幕府の政治を仕切っている頃、越後長岡では、藩の圧政に困窮する町民たちの姿があった。明日も見えない暮らしの中、次々と倒れてゆく人々を観て彼らを救おうと立ち上がった一人の男がいた。その男の名は「湧井藤四郎(わくいとうしろう)」。
後に町民や芸妓たちの間で「明和義人」と口承されてゆく男である。

明和5年(1768年)新潟市の町は、港町として長岡藩の一部でした。前年からの大飢饉により、長岡藩に納めなければらない1500両のうち半金の750両は納めたものの残りの半金が捻出できませんでした。 町民達は延分納をお願いしました。この頃はどこも凶作で、新潟港には船の出入りもほとんど無く、米をはじめ、生活物資は高騰し、町民の暮らしは大変苦しくなっていました。そこで更に御用金の延期を懇願しましたが、藩の財政も苦しかったため受け入れてはもらえませんでした。

明和義人とは

このとき立ちあがったのが新潟の商人、湧井藤四郎です。あまりにも不条理な御用金に対し、延分納の嘆願書を提出しようと新潟町中の同じ意見、考えの商人たちに呼びかけました。 しかし、その動きを良しとしない新潟町奉行所の知るところとなり、藤四郎は投獄されました。藤四郎が投獄された事を知った1000人以上の町民たちは激しく反発し、早鐘を合図に蜂起、町役人宅や米を買い占めて町人を困らせていた商人の店などを次々と打ち壊しました。奉行所は鉄砲までも撃ってこの人々の動きを鎮めようとしましたが失敗に終わり、手に負えなくなった町奉行は、とうとう藤四郎を自由にしました。 釈放された藤四郎は、そのまま奉行所までも打ち壊そうとする町民たちを言葉で鎮め、人々を押し留め、この大規模な一揆はようやく納まりました。

それは新潟古町、芸妓達の語り草。

騒動後、新潟町民は藤四郎を中心に町民による民衆自治を樹立しました。藤四郎は物価を引き下げ、米の買占めを禁止し夜番を置くなど、町会所に代わって町の秩序の回復に努めました。長岡藩は、町会所による町政運営を再開しますが、結局うまくいかず、町民の要求を受け入れ、新潟町の支配を藤四郎たちに任せざるをえない状況でした。新潟町は約2ヶ月間にわたり、町の人たちが自ら組織を作り、町民だけで町政の運営にあたるという例を見ないことを実現したのです。

独立運営は続きましたが、長岡藩の策謀にあい町民自治は弾圧され、明和7年の8月25日、藤四郎は一切の責めを負わされ、腹心の須藤佐次兵衛(岩船屋佐次兵衛)と共に市中引き回しの上斬首されました。藤四郎の首は往来に晒されましたが、涌井藤四郎に恩のあった女性が役人の目を盗んで首を奪い、密かに葬ったと伝えられています。彼らを「明和義人」と呼び、争い事を収める神様として口之神社が建てられたのは死後174年後の事であります。

新潟唯一、純米酒のみを醸す蔵”今代司酒造”

寛政9年(1797年)創業。但馬屋平吉が古町芸妓のメッカ12番町にて「但馬屋の屋号」にて旅館業を営んだ。時に新潟義人の主人公湧井藤四郎が世界で初めて住民自治を行った明和5年(1768年)からその後29年後に古町芸妓のメッカの同界隈で旗揚げを行ったのです。
古町芸妓の間では親の代である先の明和義人の話は語り草となっており、現在に続いています。その背景には初代平吉の田島屋や、現在も人気の新潟御三家と言われる、高級老舗料亭の功績にほかならないそうです。古町芸妓の文化を受け継いだ古町にて、酒を提供する飲食業・酒販売業と、新潟の地元酒として酒に関する分野に手を広げ、6代目の平吉が明治30年(1897年)に現在の沼垂の地にて酒造業を始めました。

この沼垂の地は最良の仕込水が湧き出るため、良き仲間であり良きライバルであった3つの酒蔵が横に並んでおりました。明和義人を醸す「今代司酒造」、「板垣酒造」、「大久保酒造」 。現在は今代司酒造ただ一つとなっております。現在9代となる蔵主山本吉太郎氏は、新潟地震の影響で良水が出なくなったため、自ら五泉市まで良質な湧水を汲みに行っています。また、全ての製造する酒において、醸造アルコールを一切添加しない造りは、新潟唯一であり、全国で約1500ある酒蔵の中でもわずか16蔵しかないうちの1蔵であります。初代の受け継いできた”平吉”の名は、現在でも今代司の酒冠キャップには「平」の文字を入れ、その歴史を酒のブランドとして残している。

純米蔵に受け継がれし精神と”極みの旨口”

新潟町の人々は、藤四郎たちを“町のために働いたのに理不尽に殺された人”と考え、ひそかにまつり、この事件を誇るべき歴史として後世に伝えました。これは、世界で初めて民衆自治を行ったとされる「パリ・コミューン」よりも100年も前の封建時代の話であり、町民自治を組織立って行った新潟町民を私たちは大変誇りに思います。

そして、地方自治の分権が叫ばれ自立を求める今の時代、それに呼応するかのように、県民・市民の力で活気に満ち溢れる町をつくろうと取り組む人々を思うとき、そして我が蔵内においても頑なに酒造りに励む蔵人たちを見たとき、代々受け継いだ情熱的な魂と精神をを感じずにはいられませんでした。この純米大吟醸にもそんな歴史と情熱を感じ、燃える思いを浮かべながら皆様にご賞味いただけたら幸いでございます。
今代司酒造株式会社:蔵主 山本吉太郎

明和義人ラベル書:火坂雅志氏”

明和義人のお酒ラベルは作家、火坂雅志氏によるものです。

火坂雅志:作家
1956年、新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒。火坂雅志(ひさか・まさし)先生:天地人原作者
1988年『花月秘拳行』で作家デビュー。新史料をもとに描く旺盛な作家活動には定評があり、時代小説界に新風を巻き起こしてきた。戦国武将たちを陰で支えた“怪物”たちに光を当てた『全宗』、豪商今井宗久を描いた『覇商の門』、徳川家康の参謀・金地院崇伝を描いた『黒衣の宰相』など、数々の歴史・時代小説を中心に活躍。
2005年4月まで新潟日報朝刊で460回にわたって連載された、戦国時代の名将、直江兼続を描いた歴史小説「天地人」(NHK出版)が2009年のNHK大河ドラマの原作となる。

利酒師のコメント

今回、利酒をするに当り新潟に向かい幻の酒さんから「先生待ってました」と“先生”と呼ばれたのは実は初めてですが、その理由は「この酒を利酒してる時に成程」と良く解りました。

冷蔵庫で冷やしたこの酒を夏らしいグラスに注ぎ早速利酒を行う。服装も麻の作務依に加えて涼しい環境の中での利酒ということで、少々の偏りがあることを予め断っておきます。

グラスからゆっくりとこみあげる香華は印象に残る濃厚さがあり、するると鼻から顔全体に煙りの如く、かつての時計のない時代を思わすようにゆっくりと広がります。 その酒を飲もうと口に少し含むと同時に香華も一緒になって吸い込まれていきました。 「最初はピリピリそしてガツンと来る」まさにこの米だけの酒こそ、強いコメの旨みが舌からいっぱいに広がります。越後鮨職人の頑固さを持ち合わせた、新潟町民のやわらかく柔軟な気質を奏でた新潟人のための純米酒のようです。

この酒は、米の旨みを主張するのか、香りを主張するのか一口目では判断できず、二口目を呑んでから、奥から戻ってくる酒の味わいが「日本海の荒波に包みこまれた新潟の旨さ」のような感覚を起こされる、正に資源に恵まれた雪国新潟を、酒に映し出した港町新潟の傑作だと思いました。

検証食材

  • ・天然刺身 甘エビ・ブリ・真ダイ
  • ・焼き鳥 皮・赤・白 (塩)
  • ・焼肉(トルティーア) 牛肉・キャベツ・人参・春雨をクレープに包んだピリ辛
  • ・夏野菜のマリネ(茄子・南瓜・玉葱・黄ピーマン・アスパラ・ミニトマト)
  • ・煮物(大根・こんにゃく・ちくわ(魚肉)・人参)
  • ・切干大根・切干大根・昆布・人参
  • ・桜海老かき揚げ天ぷら
  • ・胡桃を包み込んだ卵焼き

■天然 新潟刺身 甘エビ・ブリ・真ダイ

新潟ならではと、まずは刺身の組合せからはじめました。
当初佐渡の塩をつけて刺身を食する予定であったが、「それでは旨い結果が出るのは当たり前ということ」で、一般の醤油をつけて検証です。
初めに甘えびの鮮度の良さに加えて醤油とからめた旨みは純米酒と良く合いとても美味いです。
続いて佐渡の真タイ・夏ブリと酒を食す。(*新潟の夏ブリはアッサリしているのが特徴で、寒ブリは脂が乗ってるのが特徴)口の中で醤油の強さをかき消してくれ“旨味”がじっくりと楽しめます。
【真ダイ★×5、夏ブリ★×4、甘えび★×4+】次回は寒ブリで試したいと思いました。

■焼肉(トルティーア) 牛肉・キャベツ・人参・春雨をクレープに包んだピリ辛

食中酒をイメージして飲んでみたのですが、これほど肉系に合うとは思いませんでした。今回試してわかったことは焼肉との組み合わせにおいて、これまで私が利酒した相当数の日本酒を並べて考えて2番目に合う銘柄だったことを記述しておきます。
ただし、この純米酒はやはりというか魚関係との組み合わせが上を行くので、料理に迷われるならば日本海側の幸との組み合わせをお願いしたいです。

■焼き鳥 皮・赤・白 (塩)

本来ならばタレで検証したほうが良かったかもしれないのですが、先に刺身の検証で醤油を使ったため、私は焼き鳥には塩を選びました。
そのあたり事前に幻の酒さん達も利酒をしていたでしょうか。「やはり塩を選びましたね」と幻さんも何が美味しいのか解ってる様子がありました。このあたり入社試験が利酒という集団なのだろう…。
焼き鳥に多めの塩を振りかけ、組み合わせを確認してみました。 この「口につく塩と酒の絶秒なバランスは美味い以外に何の表現があるのだろう」 点数でいえば焼き鳥塩として 赤(レバー)90点 白90点 皮100点満点。

■桜海老かき揚げ天ぷら

新潟で有名な美味しい天ぷらを持ち出しての検証です。(この天ぷらは地元新潟では一つ63円の品)
大きく口に頬張り海老の香ばしさを楽しみながら酒を飲んでみます。
天ぷら部分の油分を純米酒が流し、いつまでたっても桜海老の香ばしさが鼻から口奥へと消えずに楽しむことが出来ました。
素材の力も大きいものだが、やはり新潟の酒は新潟の食材と絶大に合う風土がよいのでしょう。桜海老に関わらず天ぷらとの組み合わせをお楽しみいただきたい。

連続して重い食材の検証をしたため軽いものへ。

■夏野菜のマリネ(茄子・南瓜・玉葱・黄ピーマン・アスパラ・ミニトマト)

ドレッシングにより少々のすっぱさを併せ持つ食材で洒落た器に添える肴。
この純米酒と料理の味が完全に混ざり合うので、緩やかに噛みながら酒と一緒に美味しく食べられます。最後まで酒が繊細な野菜の味をかき消すことが無かったのは素晴らしい!
【92点 何故かトマトとの単体組み合わせに感動は得られなかった分マイナス8点】

■煮物(大根・こんにゃく・ちくわ(魚肉)・人参)

煮汁を沢山含んだチクワ、人参、大根は素材の旨さを高めてくれる効果を備え、こんにゃくは、酒自体のコメの美味しさを数段高めてくれる肴でした。
つるりとしたこんにゃくの触感に旨い酒は幸せな一時をつくるのに定番であるが、本当に美味しい。

■切干大根・切干大根・昆布・人参

最近切干大根を家庭で造る家が少なくなってきたが、それも時代の流れなのでしょうが、少し残念に思います。昔はお酒とこの料理があれば贅沢な番酌といえるものでしたね。
コリコリとした食感と深く、素朴な味わいは時代は変われど変えてはならない酒の良肴の一つでありましょう。これだけあれば一升瓶も飲み干してしまうほどに美味しいです。

■胡桃を包み込んだ卵焼き

胡桃を包んだ卵焼きですが、胡桃の味わいが甘く美味しく、砂糖を自由に食べられなかった時代、戦後直後などにおいて現代のケーキ10個分位の価値はある昔のスイーツといえます。美味しいです。
この料理とこの純米酒との組み合わせは正にデザートにふさわしく、パリで高級デザートを食べてるような幸せ感覚と同時に、私に童心を与えてくれました。