
■酒器の形状自体がもたらす変化を知ろう
ガラスや金属、木で作られたものから陶磁器まで、さまざまな素材が用いられバリエーションが豊かな酒器の世界。
素敵なデザインの酒器は、目で眺めて楽しく、手に持って嬉しい、お酒の席を盛り上げてくれる大事な存在ですよね。
実は酒器は、見た目や手触りを楽しむだけではなく、形状それ自体が、香りや味の開き方にも影響を与えることがあるんですよ。
~口径~
酒器の口径のサイズが変わると、日本酒の香りは変化します。それは、酒器に注がれたお酒の表面積の大小によって、香りの立ち方が変わるためです。
口径の広い酒器は、香りが広がりやすいのが特徴。日本酒を注ぐと、空気に触れて揮発した香りが、ふわっと立ち上がります。
反対に、口径が狭い酒器だとあまり香りは広がらないので、スッキリと飲みたい場合などにオススメです。
~形~
酒器は形によって、お酒の口の中への流れ方がガラリと変わるので、それに伴い香りや味わいも変化します。
・ストレートタイプ
タンブラーとも呼ばれる寸胴型のグラス。
お酒が舌の中心を細くまっすぐ通り、のどの奥にスッと流れていくので、スッキリと軽快な味わいになります。
酸味をさわやかに味わうのにピッタリなタイプです。
・縦長タイプ
フルートグラスのように細長い形のグラス。少しふくらみがあるため、ストレートタイプに比べ香りはやや広がります。
口径が狭く空気に触れる面積が小さいため、炭酸ガスの揮発を防いでくれ、シュワシュワ感を楽しむには最適のタイプ。
昨今大人気のスパークリング日本酒を飲むにはベストの酒器でしょう。高さがあるので、泡が立ち上っていく様も楽しむことができます。
・チューリップ型
ワイングラスのように、口径が狭く下に向かって広がっている形のグラス。香りの高いタイプの日本酒との相性はバツグンです。
特に、ふくらみが大きく口が小さめのタイプは、ふくらんだ部分が豊かな香りをしっかり広げ、すぼまった口がその香りを中に閉じ込めてキープしてくれるのが魅力。
リンゴやバナナのようなフルーティで甘美な香りの吟醸酒を飲むなら、この形の酒器をチョイスすればさらにお酒が美味しくなりますよ。
~厚さ~
酒器の厚さも味わいに影響を与える要素のひとつ。ガラスのように薄い酒器だと、味がシュッとシャープになるんです。
特にうすはりタイプのものだと、さらに爽快感がアップします。反対に、陶磁器のように厚みのある酒器で飲むと、味がぐんと丸くなるのが特徴。
お酒の持つ欠点も上手にカバーして、まろやかに美味しく感じさせてくれますよ。
~サイズ~
飲むお酒の温度に合ったサイズのものを選ぶのも、お酒をもっと美味しく楽しむための重要なポイントです。
たとえば、冷たさが重要なファクターである冷酒は、せっかく冷やした温度が上がってしまわないうちに飲み切りたいので、小ぶりのものがオススメです。
■「飲む」酒器いろいろ
~お猪口(ちょこ)~
飲む酒器として真っ先に思い浮かべるのは、お猪口ではないでしょうか。小さくてコロンとしたフォルムは愛嬌たっぷり。
陶磁器製、ガラス施、金属製、木製など、いろいろな素材で作られています。“ちょこっと”気軽に日本酒を楽しむにはピッタリの器ですよね。
どうして「猪口(ちょこ)」と呼ばれているかというと、“ちょっとしたもの”を表す「ちょく」や、“安直さ”や“飾り気がないこと”を意味する「ちょく(直)」などが転じたものなのだとか。
動物の猪(いのしし)は、どうやら由来とは関係がないようです。
お猪口にはコロンとしたタイプだけではなく、様々な形をしたものがありますが、中でも口径が大きく開いている浅い形状のものは、「平盃(ひらはい)」と呼ばれます。
神前結婚式の三三九度などでも使用されており、上品で雅な印象を与えてくれる酒器です。
~唎き猪口(ききちょこ)~
お猪口の中でも定番と言えば、「蛇の目」と呼ばれる丸い模様が底に施されたデザインのものでしょう。
上から見ると、このぐるぐるした模様が蛇独特の丸い瞳孔に似ていることからこう名付けらました。
この蛇の目のお猪口は、実はもともと唎き酒用に開発されたもの。そのため、「唎き猪口」と呼ばれています。
青い部分は細かな浮遊物などを見やすくし、白と青の境目部分は日本酒の色合いをチェックするのに役立つのだそうです。
ちなみに、細かい話をすると、「唎き猪口」には、プロ仕様の「本唎き猪口」と、そうでない一般の「呑み唎き猪口」に分けられます。
居酒屋などでよく見るお猪口は、「呑み唎き猪口」で小ぶりのものが多いのですが、「本唎き猪口」は基本1合(180ml)サイズと大きめ。
作り方も、「呑み唎き猪口」が底の蛇の目を描いてから釉薬をかけて焼き上げるのに対し、「本唎き猪口」は釉薬をかけてから蛇の目を描いているという違いがあります。
この作り方の違いから、「本唎き猪口」は蛇の目部分を指で触ると、凹凸があり、蛇の目もくっきりと見ることができるんです。
また、よりお酒の味が分かるように薄く繊細に作られているのも特徴。酒造りの現場で、杜氏や蔵人が酒の品質をチェックするのに最適なようにできているというわけなんですね。
「本唎き猪口」は、いろいろなメーカーが製造していますが、全国新酒鑑評会の審査に使用される公式の本唎き猪口は、カネ幸陶器株式会社(岐阜県多治見市)の「幸泉窯」のもの。
日本酒好きなら、是非持っておきたい酒器のひとつです。
~ぐい呑み~
お猪口よりも少し大きめサイズのぐい呑み。
名前の由来はきっと想像がつくと思いますが、「ぐいぐい呑める」から。はい、実にストレートなネーミングですね。
飲み屋さんでは酒器を選ばせてくれるところもありますが、ぐいぐい呑みたい系の私は、ついつい小ぶりなお猪口ではなく、ちょっと大きめなぐい呑みをチョイスしてしまいます(笑)。
ぐい呑みの中でも変わり種なのが、北海道日高産の高級昆布を加工した、その名も「昆布ぐい呑み」。
昆布を粉末状にし、それを寒天で固めて作るのだそうです。
中にお酒を注ぐと、昆布の持つ豊富な旨味成分やミネラルがじんわりと溶け出し、美味しさがぐんとアップ。
さらに健康や美容にも良いという、何ともいいことづくめの酒器なのです。
口の中でがふわりと広がる磯の香りは、海鮮系のおつまみに合わせると相性ピッタリですよ。
~そば猪口~
お蕎麦のつゆを入れるそば猪口を、ぐい呑みの代わりに使うのもオススメ。
お猪口より大ぶりのぐい呑みよりもさらにサイズが大きめで、たっぷり飲みたいときには最適な器です。
柄や模様といったデザインや素材もバリエーションが豊富なので、好みのものが見つかりやすく、その日の気分によっても選べるのが嬉しいところ。
お酒の種類や味に合わせて選ぶというのも楽しいですよね。
「民藝運動の父」とも称される柳宗悦(やなぎむねよし)が、著書『藍絵の猪口』の中で「一番驚くのは文様の変化である。この蕎麦猪口ぐらい衣装持ちは無いと言える。」と記したほど、昔からそば猪口は絵柄の多様さで知られているのです。
量がたくさん入るそば猪口は、小さな杯だと何回も注がなくてはならないから面倒くさい、というちょっとズボラ、もとい合理的思考の酒飲みにもうってつけの酒器と言えるでしょう。
~天開盃~
酒器の中でもグラスの口が開いたものを、天開盃と言います。
天に向かって開いている形であることから、このように呼ばれているというわけなんですね。
大きめの口からふわっと広がるお酒の香りを楽しむことができる酒器です。
「ラッパ型」とも呼ばれているタイプです。
~ワングリ型~
口が大きく開いた形状の酒器を、このように呼びます。「わんぐり」という言葉は聞きなじみがないかもしれませんが、「あんぐり」はご存知の方も多いのではないでしょうか。
「口が大きく開くさま」を意味する「あんぐり」のことです。
驚いたりあきれたりして口をあんぐりと開ける様子と似ていることから、「ワングリ型」と呼ばれるようになったのだとか。
お酒の旨みや甘み、味わいをしっかりと感じたいときに適した形です。
~桝~
四角い枡も、日本酒を飲むときに使われることがあります。木製のものは、木の香りが日本酒に移り、奥深い味わいを楽しむことができるのが魅力。
昔は杉を使ったものが主流でしたが、今ではヒノキを使ったものの方が多く作られています。ヒノキは杉よりも丈夫な上、香りも高いというのがその大きな理由です。
しかし実は、桝はもともとお米やお酒、醤油などの量を計るためのもの。そのためあまり飲みやすい形状とは言えません。
飲む際のマナーですが、枡を上からわしづかみにするのはNG。まずは両手で横から枡を持ち上げましょう。
そして、片手の親指以外の4本の指で枡の底部分を支え、親指を枡の縁に乗せます。その際、もう片方の手を枡に添えるようにして持つのが正解です。
また、意外と知られていないのですが、桝の角からではなく、縁の平らな部分から飲むのが正しい飲み方。
飲みやすそうに見えるせいか角に口をつけて飲む人が多く見られますが、実はそれは作法としては間違いなので、注意してください。
桝は升とも表記されます。新潟県新発田市には金升酒造という酒蔵がありますが、ここでは屋号の「金升」を意味する特徴的な紋印をラベルにあしらっています。
「長さは尺金で測り、量は升で量る」、すなわち「正確で正直なモノ創りや商売を目指す」が、この蔵に創業時より連綿と受け継がれているこだわりなのだとか。
その誠実な心意気がこもったお酒の数々には、先人への敬意とリスペクトが強く感じられます。
■カップ酒のコップは、飲んだ後も酒器として活躍
一合(180ml)と量も少なめでお値段も手ごろなカップ酒。コンビニなどでもよく見かけますよね。
「ワンカップ」という通称でも親しまれていますが、実はこの呼び名はカップ酒を初めて販売した大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標なのです。
「ワンカップ大関」が誕生したのは、東京オリンピックに合わせ、1964(昭和39)年。発売当初の値段は85円だったそうです。
その後他社もカップ酒の製造を開始しましたが、「ワンカップ大関」は他の追随を許しませんでした。
1979(昭和54)年には販売数が1億本に到達し、ピークとなった1993(平成5)年には1億3000万本も売れたというから驚きです。
その後は、若者のアルコール離れや少子化などもあって減少傾向にありますが、大関では現在も年間約5000万本の「ワンカップ大関」を生産しています。
「おじさんぽい飲み物」「安っぽくて美味しくなさそう」などとという、ネガティブなイメージもあるカップ酒。
しかし、酒蔵の代表銘柄を詰めたものも実はたくさんあるんです。
また、“くまもん”や、“バリィさん”、“ぐんまちゃん”などのローカルなゆるキャラや、郷土の特産品をラベルにあしらったものが多いのも特徴。
おしゃれなデザインがたくさん揃っていることから、熱心なコレクターも結構存在しているんですよ。
あまたのカップ酒の中でもユニークなのが、電球の形をした、その名も「電球の酒 てんきゅう」。作っているのは、高垣酒造場(和歌山県有田郡有田川町)です。
昭和感たっぷりのレトロな白熱電球の瓶に、看板ブランド「天久(てんきゅう)」のお酒を詰めた、遊び心たっぷりのカップ酒です。
カップ酒は、私は特に旅先で買うことが多くあります。飲み切れるサイズなので、旅のお供には最適ですからね。
そして、小さくてかさばらないから、飲み終えた空き瓶は捨てずに自宅に持ち帰るのがお約束。
楽しかった旅行に思いを馳せながら、可愛いデザインのコップを酒器として使っています。好みの冷酒を注ぐも良し、燗をするのもまた良し。
カップ酒は蓋を外せば短時間なら電子レンジもOKなので、結構便利なんですよ。
■カップ酒が飲める居酒屋も続々登場
実は、カップ酒が主力メニューという飲み屋さんもひそかに増えています。
とりわけ品ぞろえが素晴らしいのが、東京の伊勢丹新宿本店にほど近い、新宿三丁目の「てんてんてん新宿店」。
なんと47都道府県のカップ酒をそろえているという徹底ぶりです。
扱うのは各都道府県から選び抜いた1本だけ、しかも「純米」限定というのがオーナーの強いこだわり。
なんとなく安酒のイメージというレッテルを貼られがちなカップ酒ですが、ちゃんとした美味しい日本酒もたくさんあるということを伝えたくて、このお店を始めたのだとか。
ちなみに、「てんてんてん」という店名は、「……」というふわっとした余韻を表したかったことも由来のひとつだそうです。
自然と体の力が抜け、ふわりとリラックスして過ごせるお店ですよ。
■「もっきり」の飲み方とは
桝の中にグラスを入れ、その中に日本酒をなみなみと溢れるほど注ぐスタイルを「もっきり」(盛切、盛っ切り)と呼びます。
もっきりという専門用語(?)は知らなくても、日本酒を飲む方なら何度も飲み屋さんで体験したことがあるでしょう。
名前の由来は、「お酒を容器に盛っただけで、おかわりのないこと」を指していると言われていますが、「思いっきり」注ぐことが語源だという説も聞いたことがあります。
グラスから溢れて桝までこぼすことから、「盛りこぼし」と呼ばれることも。
ちなみに、お店によっては、桝ではなく小さな受け皿を使うところもあります。
一升瓶からたっぷり注いでくれるので、パフォーマンスとしても楽しいのがもっきりの魅力です。ただし、量が多いと困るのがその飲み方。
下手に動かすとせっかくの日本酒がこぼれてしまいますからね。もっきりに特に正しい飲み方はありませんが、できればキレイに飲みたいもの。
置かれたグラスに口を近づけていって飲む、という人も多いですが、ちょっと品がないようにも見えるのが難点。
特に女性の場合は避けた方が無難でしょう。そこでオススメなのが、下記の手順です。
1. グラスを傾けて日本酒を桝の中に少し移す
2. まずはグラスの日本酒から飲む
3. グラスの日本酒が少なくなってきたら、グラスを桝から出し、桝の日本酒をグラスに移しつつ飲む
持ちにくさや飲みにくさ、それに日本酒が手についたりテーブルにこぼれたりしがちなこともあって、最近もっきりで提供するお店は少し減っている印象がありますが、人気も根強くまだまだ健在なスタイル。
スマートに美味しく味わいたいものですね。