
麹と酒母が完成したら、いよいよ「もろみ造り」というプロセスに入ります。
もろみを造る目的は、本格的にアルコール発酵をさせることです。ちなみに、酒母造りの段階でもアルコール発酵は起こっています。完成した酒母は、だいたい15%くらいのアルコールを含んでいます。
もろみの一般的な造り方「三段仕込み」
もろみは、もろみ用のタンクに、酒母、麹、蒸米、水を投入して造ります。手順としては、まず先に、酒母をもろみ用のタンクに入れ、その後に、麹、蒸米、水を数回に分けてタンクに入れて仕込みます。
麹、蒸米、水を3回に分けて入れるのが一般的な仕込み方で、これを三段仕込みと言います。
どうして1回ではなく、わざわざ3回に分けて仕込むのかというと、それはひとえに安全な酒造りをおこなうためです。一度に大量の蒸米や水を投入してしまうと、酵母や酸が急激に薄まってしまうので、日本酒造りに悪影響を及ぼす微生物が繁殖してしまうリスクが高まります。
そのため、3回に分けて少しずつ仕込み、酵母が順調に増殖できるようにタンク内の環境を徐々に変えていく必要があるのです。
この三段仕込みの製法は、江戸時代に定着しました。それ以来、現在に至るまで、ほとんどの酒蔵がこの三段仕込みという手法を使って日本酒を造っています。
「三段仕込み」の具体的プロセス
三段仕込みは、通常4日間でおこなわれます。そのプロセスについて、具体的にご紹介していきます。
・1日目 初添え
まず初日。もろみ用のタンクに、酒母と、全仕込み量の約1/6の麹と水を投入します。その後に、同じく約1/6の蒸米を加えながら、均一に混ざるようによく攪拌します。
この工程を「初添え」と言います。「添え仕込み」とも呼ばれます。ちなみに麹と蒸米の割合は約2:3、酒母の量はもろみ全体の6~7%程度です。
初添えの目的は、酒母で培養された酵母をさらに増殖させることです。そのために、比較的高めの温度で仕込みます。
きめ細やかな温度管理をして、もろみの順調な増殖と発酵をさせるために、「添タンク」と呼ばれる小さめのタンクに仕込んでおいて、仲添え仕込みの際にもろみ用のタンクに移す方法がとられることもあります。吟醸酒などの高級な日本酒は、このようなやり方を用いて造られることがよくあるようです。
ところで、いきなり最初から大きなもろみ用のタンクで仕込むことを、俗に「スッポン仕込み」と言います。名前の由来については、残念ながらハッキリしたことはわかっていないようです。
ちなみに、歌舞伎座の舞台上にある、奈落からセリ上がってくる穴の仕掛けのことを「スッポン」と呼ぶので、それから来ているのではないかという持論を展開している人がいました。あくまで、その方個人のご想像ですが、ご参考までに。
・2日目 踊り
初添えの翌日は、まる1日仕込みを休みます。これを「踊り」と言います。タンクにフタをして、酵母の増殖をはかります。
踊りという名前の由来は諸説ありますが、階段の「踊り場」で休憩する様から来ているとか、発酵が始まって表面に立ってきた泡がまるで踊っているみたいに見えるからだとかなどが語源とも言われています。
ちなみに、この踊りの期間を延ばして造られた日本酒も存在します。中谷酒造(奈良県大和郡山市)が2015年から始めた新しい銘柄の「三日踊」(みっかおどり)です。
通常1日だけのところを、2日間もしくは3日間休ませて仕込んでいることからこの名前が付けられたのだそうです。酵母を長めに躍らせた結果、ずっしりとしたバランスの良い旨味の味わいに仕上がっています。
・3日目 仲添え
踊りの翌日、全仕込み量の約1/3の麹と水を投入し、そこに同じく約1/3の蒸米を加えながらよくかき混ぜます。「仲仕込み」とも呼ばれます。麹と蒸米の割合は約1:2です。
・4日目 留添え
仲添えの翌日、全仕込み量の約1/2(残り全部)の麹と水を投入し、そこに同じく残り全部の蒸米を加えながらよくかき混ぜます。「留仕込み」とも呼ばれます。
麹と蒸米の割合は約1:5です。
この留添えが終わってから2週間から5週間程度の時間をかけて、もろみは本格的にアルコール発酵していきます。留添えを1日目として日数をカウントするのですが、これを「もろみ日数」と呼びます。
もろみ用タンクの中で起こる泡の変化
アルコール発酵していく過程で、もろみは様々な変化を見せていきます。
① 筋泡(すじあわ)
留添えの後、約2~3日経つと、酵母によるアルコール発酵が本格的に始まります。
この頃はもろみの表面はまだ固いので、発酵によって下から押し上げられて割れた状態になり、表面に数本の筋状の泡が出てきます。これを「筋泡」と呼びます。別名「蟹泡」と呼ばれることもあります。
② 水泡(みずあわ)
留添えの後、約3~4日経つと、白くて軽い感じの泡が全面に広がります。これを「水泡」と呼びます。
③ 岩泡(いわあわ)
水泡を過ぎると、糖化が進んでゆくことで、もろみの中に糖分が加わり、泡の粘度が増していきます。
この泡がだんだん厚くなり高い位置まで盛り上がっていき、岩のような外見になっていくことから「岩泡」と呼ばれます。
④ 高泡(たかあわ)
発酵が強まると炭酸ガスの勢いも増すため、岩泡からさらに泡の位置が高くなっていきます。この状態を「高泡」と呼びます。
酵母は泡の中に多く含まれているため、「泡消し」と呼ばれる作業をおこない、泡があふれ出てしまわないように気を配らなくてはなりません。
泡消しには、「泡消し機」と呼ばれる扇風機状の道具を使います。
⑤ 落泡(おちあわ)
高泡が過ぎると、およそ1日で泡が少なくなります。これを「落泡」と呼びます。
発酵がピークを過ぎ、生成された多量のアルコールが泡の粘り気をなくすので、泡が減っていくのです。
⑥ 玉泡(たまあわ)
泡が落ちていくと、その後、もろみの表面にシャボン玉のような泡が浮かんできます。これを「玉泡」と呼びます。
この頃になると、固体の部分はほとんどなくなり、もろみはほぼ液体になっています。
⑦ チリメン泡(ちりめんあわ)
玉泡を過ぎると発酵の進み具合も緩やかになり、発酵の際に生成される炭酸ガスの量も減っていきます。この時に表面にできる細かい泡を「チリメン泡」と呼びます。
⑧ 地(じ)
この頃になると、発酵がほとんど進まなくなるため、泡もほとんど上がりません。この表面が平らになった状態のことを「地」と呼びます。別名「坊主」とも呼ばれます。
⑨ 蓋(ふた)
いよいよ、もろみの最終段階です。この頃には、酵母は自分自身が生成したアルコールによって死滅していきます。
この時に、酵母の死骸やお米のカスなどがもろみの表面に浮かび上がってくることがあります。これを「蓋」と呼びます。
もろみの温度で変わる味わいの違い
アルコール発酵が進んでいくと発酵熱が生じ、もろみの温度がだんだん上がっていきます。そのため、温度のコントロールには細心の注意が必要です。
一般的に、もろみの温度が低いほど発酵が緩やかに進むとされ、軽快で淡麗な雑味の少ない味わいになる傾向があります。綺麗な味わいを目指す大吟醸酒などは10℃以下などの低温で、長い時間をかけてゆっくりと発酵させていきます。
反対に、温度が高いと、もろみの温度の管理がやりにくくなったり、アルコール発酵が促進され過ぎて雑味の多い味わいになってしまう傾向があります。
どの程度の温度でもろみを発酵させていくかは、どういった酒質のものを造りたいかによって変わります。
常に表面の状態や味、それに成分分析の結果などから発酵の状態を正確に見極め、目的の酒質になるよう発酵をコントロールしていかなければならず、高い技術と熟練の経験を要する重要な仕事と言えます。
醸造用アルコールの添加
本醸造酒など醸造用アルコールを添加する日本酒の場合は、もろみが搾られる直前のタイミングで添加します。醸造用アルコールと言ってもピンとこないかもしれませんが、甲類焼酎と呼ばれる無味無臭のアルコールをイメージしてください。ふたつとも製法はほぼ同じです。
造り方としては、まず、とうもろこしや糖蜜を発酵させて蒸留し、だいたい45%くらいのアルコール度数になった状態のもの(「粗留アルコール」と言います)を用意します。
これらの大半は、台湾やブラジルなどの海外からの輸入ものです。輸入された粗留アルコールは、日本で連続式蒸留器を用いて、アルコール度数が95%程度になるまで蒸留します。
95%と聞いてビックリされたかもしれませんが、もろみに添加するときは30%ほどの度数になるよう水を加えてから使用します。
ちなみに、醸造用アルコールの添加量については規定があり、たとえば本醸造酒では「白米総重量に対して10%以下」と上限が決められています。
醸造用アルコールを加える理由は、味わいを軽快にしたり、辛口なテイストに仕上げるためです。
また、香気成分を引き出すことを目的として添加されるケースも多くみられます。醸造用アルコールを加えると、もろみの中の固形部分に吸着した吟醸香を引き出すことができるからです。
全国新酒鑑評会などでは、吟醸香の高いものが評価を得やすいため、ほとんどすべての出品酒には醸造用アルコールが加えられているそうです。
アルコール添加自体は、実は江戸時代からおこなわれていました。もっとも、この時代にはまだ醸造用アルコールは存在しなかったため、添加するのは焼酎でした。
目的は、お酒の腐造の防止です。焼酎を入れると、お酒が腐りにくくなるという発見がされてからスタートした技法で、「柱焼酎」(はしらしょうちゅう)と呼ばれます。
現代でも、この柱焼酎を用いて日本酒造りをおこなっている酒蔵があります。
特に力を入れているところは、金升酒造(新潟県新発田市)です。金升酒造は、日本酒だけではなく、焼酎の製造においても長い歴史を持っています。そんな酒蔵だからこそ造ることができるわけですね。
柱焼酎で仕込んだ「金升 朱ラベル」(かねます あからべる)は、商品として完成するまでに、3年もの年月をかかったそうです。日本酒と焼酎製造の技術が融合してできあがった逸品、見つけたら是非味わってみてください。ますます日本酒ワールドが広がって、きっと楽しくなりますよ。
ちなみに、女ひとり酒を堪能する日々を描いた人気漫画『ワカコ酒』のドラマ版にも登場したそうです。
三段仕込みだけではない!中には、4回以上仕込むやり方も
三段仕込みがもっともスタンダードな方法ですが、さらに仕込み回数を増やした「四段仕込み」のものも存在します。これらは、三段仕込みが終わった後に、さらに蒸米などを投入して造るやり方です。
その回数が増えていくごとに、「五段仕込み」「六段仕込み」というように名前が変わっていきます。中には、驚きの「十段仕込み」というものまであります。
この四段仕込みは、かつては、たくさんの酒蔵でおこなわれていたそうですが、手間もコストもかかるため、次第に辞める酒蔵が増えてきました。
しかし、手間もコストもかかるにもかかわらず、あえて四段仕込みのように回数を増やすのには目的があります。それは、主として、甘い味わいの日本酒に仕上げるためです。
~仕込み回数を増やすと甘くなる理由~
それでは、どうして蒸米の投入を追加すると、甘いお酒ができるのでしょうか?
そもそも日本酒は、麹がお米のデンプンを糖分に変え、酵母がそのデンプンからアルコールを生成するという発酵の仕組みによって造られています。つまり、お米は糖分のもとであり、お米の糖分がアルコールになります。
しかし酵母には、発酵が進んでいくうちに、自分自身が生み出したアルコールによって徐々に弱っていき死滅してしまうという性質があります。酵母がいなければ、麹が作り出した糖分がどんなにあっても、その糖分をアルコールへと変えることはできません。
ということは、酵母が死滅した後に追加された糖分は、そのままアルコール発酵することなく、もろみの中に蓄積されていくことになります。
よって、三段仕込みが終わったタンクの中にいくら糖分のもとである蒸米を投入しても、糖分としてお酒に残るので甘いお酒に仕上がります。
~四段仕込みの蒸米に用いられるお米とは?~
四段仕込みの場合に使われる蒸米は、2種類あります。
ひとつは、「うるち米」です。うるち米とは、私たち日本人が普段主食として食べている普通のお米のことを言います。酒造好適米も、うるち米の一種です。
うるち米による四段仕込みをした日本酒としては、菊水酒造(新潟県新発田市)の「菊水の四段仕込」が有名です。さらっとしたやわらかな甘みを感じる味わいで、日本酒をあまり飲み慣れていない人でも飲みやすく仕上げられています。
もうひとつは、「もち米」です。もち米とは、お餅や赤飯、おこわなどに使うお米で、うるち米に比べて粘り気が強いのが特徴です。もち米を使うとより甘味が増した酒質に仕上がります。
もち米を用いる酒蔵の代名詞とも言えるところとして、筆頭に挙げられるのが花泉酒造(福島県南会津郡)です。花泉酒造は、すべての銘柄で「もち米四段仕込み」をおこなっている、全国でも類を見ない酒蔵です。蒸したもち米を熱いまま投入して仕込む方法をとっており、すっきりとしながらも、ぽっちゃりとした優しい旨みとコクを持つ味わいを生み出しています。
丸世酒造店(長野県中野市)の「もち米熱掛四段仕込 純米酒 旭の出乃勢正宗」も、全国でも珍しい「もち米熱掛四段仕込」というやり方で醸されています。これは、蒸したもち米(約80℃)で丸いおむすびを作り、それを仕込み中のもろみの中で溶かし、もち米の上品な甘さと旨みを引き出すという仕込み方法です。
また、「姫の井」ブランドを醸す石塚酒造(新潟県柏崎市)でも、もち米を用いた四段仕込みで、無濾過生原酒、本醸造酒、生酒など、さまざまな種類の日本酒を造っています。
~蒸米以外に用いられるもの~
ここまでは蒸米を追加投入する方法をご紹介してきましたが、蒸米のほかにも酵素、甘酒、酒粕、酒母、水などを追加するやり方もあります。
酵素を追加する場合は、蒸米に水と酵素を加えて糖化させたのち、もろみに添加します。甘酒を加える場合は、麹と蒸米に熱いお湯を加えて甘酒を作ってからもろみに添加します。
酒粕は、醸造効率を高めたり香味を増強したりするために追加されることが多くあったようです。
ほかにもある、もろみ造りの製法
もろみを造るやり方は、ほかにもさまざまなものが存在します。ここでは、代表的なものについてご紹介します。
① 木桶仕込み
一般的に使われているホーロー製のタンクではなく、木桶を使って仕込む場合もあります。
木桶ならではの独特の香気や深みのある味わいが生み出される、味が複雑化して個性豊かになるなどの点に着目して、木桶を復活させる酒蔵も増えています。
中でも本格的に木桶仕込みにシフトしているのは、「No.6」(ナンバーシックス)」で知られる新政酒造(秋田県秋田市)です。
2013年に木製「六尺桶」の導入を始めて以来、木桶の使用を拡大しています。木桶の専用の蔵を開設し、毎年数台をホーロータンクから切り替え、2020年からは自社で地元産の秋田杉を使った木桶製造にも着手し、将来的には、すべてを木桶にする予定だそうです。
② 液化仕込み
液化仕込みとは、蒸米を用いないもろみの造り方です。白米と水をミキサーのような液化装置に入れて破砕し、温度を上げながら酵素剤による液化をはかります。液化終了後は冷却して、もろみ用タンクで仕込みます。
通常の、蒸米を使う方法では、仕込み直後はもろみが固体状になるため、発酵をコントロールするのは容易ではありません。
しかし、白米を液状にして仕込むと、最初からもろみをまんべんなく撹拌できるため、正確な発酵管理がしやすくなります。
また、少人数での仕込み作業が可能で、設備投資も少なくてすむので、低コストででき、また日数もかからないというメリットもあります。「融米造り」、「姫飯造り」(ひめいいづくり)などとも呼ばれます。
③ 焙炒造り
原料のお米を蒸すかわりに、吸水させた白米を熱風で加熱する方法です。熱風の温度は約290℃。およそ45秒間で一気に加熱処理します。
「松竹梅」ブランドでお馴染みの大手酒造メーカー宝酒造(京都府京都市)が開発した手法です。キレが良く雑味の少ない、軽快な辛口の酒質に仕上げることができるそうです。