畳の上に置かれた複数のおちょこ

日本に現存する最古の酒壺は、“縄文時代中期”に作られた大型土器

緑の中にたたずむはにわ

お酒を飲むときに欠かせないのが、酒器。

日本では、縄文時代中期(B.C. 4000~3000年頃)にはすでにお酒が飲まれていたと言われています。

その証拠となるのが、高さ51cmにもなる大型の酒壺土器の「半人半蛙文有孔鍔付土器」(はんじんはんあもんゆうこうふちつきどき)。

長野県の八ケ岳山麓にある藤内遺跡で発見されたもので、国の重要文化財に指定されています。

お酒が誕生して以来、私たちの先祖は、知恵や工夫を凝らして、さまざまな酒器でお酒を楽しんでいました。はるか昔には、動物の骨や貝殻なども使われていたようです。

余談ですが、骨と言えば、織田信長は、討ち取った敵将・浅井長政の頭蓋骨をコップがわりにしてお酒を飲んでいたという話は有名ですよね。

真偽のほどは定かではありませんが、「第六天魔王」というニックネームまでついていた、あの信長ならば、実際にやっていても不思議とは思えないエピソードです。

ちなみに信長は、世間一般のイメージとは異なり、金平糖をこよなく愛する甘党だったとか。意外と可愛らしいですね(笑)

現代は、木など自然の素材のものから、陶磁器、ガラス、金属製など、素材のバリエーションがとっても豊富

どんなものをチョイスするかで、お酒の味わいがガラッと変わったり、季節感を演出したり、場の雰囲気や気分を盛り上げたりしてくれるのが酒器の持つ奥深さ。

酒器について知っておくと、お酒ライフの楽しみがさらに広がりますよ。

 

酒器の素材は、こんなにたくさん

テーブルの上に置かれた透明の2つのグラス

~陶磁器~

陶器の徳利と積まれたおちょこ

日本酒に用いる酒器と言えば、陶磁器を思い浮かべる人がもっとも多いのではないでしょうか。

意外と知られていないようなのですが、実は、陶磁器とは、「陶器」と「磁器」の総称

「陶器」と「磁器」は、使われる原料や焼き方が異なっており、そのために、それぞれの性質が違ってくるのです。

(1)陶器

陶器の主原料は、粘土。そのため「土もの」とも呼ばれています。

空気を多くして青っぽい炎で焼く“酸化焼成”という方法が用いられ、その焼成温度は800℃~1250℃くらいです

人々に長く愛され続けている陶器の魅力は、素朴な風合いや暖かみが感じられること

淡い色合いのものが多く、質感も柔らかで、ほっこりした気分にさせてくれます。

代表的なものは、日本では、中世から現在まで生産が続く代表的な6つの窯である“中世六古窯(ろっこよう)”のひとつ、岡山県の「備前焼」(びぜんやき)や、栃木県の「益子焼」(ましこやき)、京都府の「清水焼」(きよみずやき)など。

あとは、備前焼と同じく中世六古窯に名を連ねる、滋賀県の「信楽焼」(しがらきやき)も忘れてはなりません。

ぽってりとした姿が愛嬌たっぷりのタヌキの置物でも知られている陶器です。

タヌキが徳利を持っているところが、呑兵衛としてはとっても親近感。一緒に宴会ができたら楽しそう、などとついつい妄想してしまいます(笑)。

海外では、オランダのデルフトで16世紀ごろからつくられている「デルフト焼」が、陶器にあたります。

陶器には、水の浸透を防ぎ、表面を滑らかにするために、釉薬(ゆうやく、別名:うわぐすり)を使用するものと、しないものがあります。

ちなみに、表面がザラザラしたタイプの陶器は、お酒に振動を与え、味を開かせる効果もあるそうです。

(2)磁器

磁器の主原料は、陶石を粉砕した石の粉。それゆえに、「石もの」とも称されています。

用いる焼き方はというと、先ほど紹介した“酸化焼成”とは反対の、空気を少なくして赤黒い炎で焼く“還元焼成”という手法。

陶器より高い、1200℃~1400℃くらいの温度で焼かれます

磁器は、その透き通るような純白の色や、ガラスのようにつるりとした滑らかさ、硬い質感、凛として涼し気な印象、それに艶やかさなど、さまざまな魅力がたっぷりです。

鮮やかな色彩の華やかな絵柄がデザインされているものも多く、絵付職人の高い技術がいかんなく発揮されています。

上絵を施さず、素地の色そのものの美しさを楽しむタイプのものも人気。

白い素地に透明の釉薬をかけて焼き上げたものは「白磁器」(はくじき)、素地や釉薬に含まれた少量の鉄分のために、青みがかった水色に仕上がったものは「青白磁器」(せいはくじき)と呼ばれています

日本における代表的な磁器と言えば、石川県の「九谷焼」(くたにやき)や、佐賀県の「有田焼」(ありたやき)などが挙げられるでしょう。

有田焼は、海外に輸出する際、伊万里港から積み出されたために、「伊万里焼」(いまりやき)とも呼ばれるようになりました。

江戸時代に作られたものは、特に「古伊万里焼」(こいまりやき)と称され、価値の高い骨董品として、多くの人々を魅了し続けています。

古伊万里焼はヨーロッパの王侯貴族を中心に、宮殿を飾る“インテリア”として愛用されていました。

とりわけ古伊万里焼にご執心だったのが、ドイツのアウグスト強王(1670~1733)です。

古伊万里焼のコレクションを譲ってもらうために、なんと自分の兵士数百人を差し出したというエピソードも残っているほど、超がつくほどのマニアでした。

西洋の代表的な磁器と言えば、イタリアの「リチャード・ジノリ」や、フランスの「リモージュ」など。

中でもヨーロッパ磁器の最高峰と謳われるのは、ドイツの「マイセン」でしょう。

実は、このマイセンが誕生するきっかけになったのが、先ほども触れたアウグスト強王。

自国でもなんとかして古伊万里焼のような美しい磁器を作りたいと、錬金術師を城に監禁して研究を強要。

試行錯誤を経てようやく磁器の製造方法を解明することができ、それがマイセンの歴史の始まりとなりました。

強大な権力は恐ろしいけれど、文化や芸術の発展には役立つという好事例(?)ですね。

ところで、磁器は、英語では「チャイナ」と呼ばれています。その由来は、中国。はるか昔の大航海時代、中国は磁器の一大産地でした。

中国製の磁器は海外へとどんどん輸出され、その品質の高さから絶大な人気を博しました。

そのため、「磁器と言えば中国」ということで、いつしか中国の国名が「磁器」のことも意味するようになったのだそうです。

ちなみに、国名は“China”と書かれ最初の文字が大文字ですが、磁器の場合は小文字で“china”と表記するという違いがあります。

~ガラス~

ガラスと話すエプロンをつけた女性

清涼感を感じさせてくれるのが、ガラスの魅力。

日本酒以外にも、ビールジョッキやワイングラス、カクテルグラスなど、さまざまな酒類ごとに合わせた酒器が作られています。

その涼し気な印象から、暑い夏に冷酒を飲むときに特に重宝されているのがガラス製の酒器。

もっとも季節感を演出しやすい素材だと言えると思います。

数あるガラス製酒器の中でも、特に高い人気を誇っているのが、切子(きりこ)細工を施したもの。もっとも有名なのは、「江戸切子」でしょう。

1834(天保5)年に、ビードロ屋の加賀屋久兵衛が、金剛砂(こんごうしゃ)を用いてガラスの表面に彫刻したのをきっかけに誕生したと伝えられています。

無色透明なガラスに、ダイヤモンドホイールなどを使って文様を入れる江戸切子は、カットが深く、はっきりとして華やかに仕上がるのが特徴です。

また、鹿児島県の「薩摩切子」もご存知の方は多いでしょう。

薩摩藩が幕末の頃に集成館事業(洋式産業事業)の一環として生産していたガラス細工が、薩摩切子。

当時の最先端の技術を駆使したクォリティで隆盛を極め、大河ドラマにも取り上げられた、あの篤姫(あつひめ)が徳川将軍家に御輿入れした際に持参したとも言われている工芸品です。

しかしほどなく、藩主の急逝や薩英戦争を経て急速に衰退。その後、1985(昭和60)年に、現代の技術を用いて再び薩摩切子の復刻が始まり現在に至ります。

透明なガラスに色ガラスをかぶせカットを施して作ることで生まれる、「ぼかし」と呼ばれるグラデーションの美しさが魅力です。

素朴な風情が持ち味の「和ガラス」も、酒器にぴったり。

ガラスが完全に透き通ってはおらず、あえて気泡を混入したり、形状を少しいびつに仕上げたりしているところが、何とも言えない温かみを感じさせてくれる、まさに“和み”の器です。

~木~

昔ながらの温もりを感じられるのが木製素材の良さ。杉やヒノキ、竹を使ったものなど、いろいろなバリエーションがあります。

質感が柔らかく軽いというのが、木製酒器の特徴です。木の持つ香りを感じられるものもあり、癒しのひととき満喫することもできるのが嬉しいところ。

木の自然な香りがほんのり移った日本酒は、風情もたっぷりですよね。

竹の酒器は、少し高級なお店などに行くと出されることも多いのではないでしょうか。

とりわけ夏場は、見た目にもひんやりし、清々しい爽快感に包んでくれるのが魅力です。

竹と言うと、なんとなくお手入れが難しそうなイメージがありますが、実はそんなことはありません。

軽く水洗いし、水気を切って冷凍庫に入れて使うのがポイントです。

また、木に漆を塗り重ねた「漆器」(しっき)も、日本ならではの美が詰まっており、上品な高級感を醸し出してくれる酒器です。

漆の盃は、古くは貴族など身分の高い限られた人々が使うものだったそうです。現代では、お正月や婚礼のときなど、お祝いの席で用いられることも多いですよね。

代表的なのは、「花塗り」(はなぬり)や「金虫喰塗り」(きんむしくいぬり)などの技術が光る福島県の会津漆器や、「根来塗」(ねごろぬり)で知られる素朴で温かみのある和歌山県の紀州漆器

それに、「呂色」(ろいろ)や「蒔絵」(まきえ)、「沈金」(ちんきん)などの装飾を施し、優美にして堅牢な石川県の輪島漆器も長きにわたり高い人気を誇っています。

ところで、漆器は英語で「ジャパン」と呼ばれていることをご存知でしょうか。

日本は古くから漆器の名産地。そのため、「漆器と言えば日本」ということから、日本の国名が「漆器」をも意味するようになったのだとか。

ちなみに、磁器を表す“china”と同様、“Japan”ではなく“japan”と小文字で始まります。

~金属~

金属製のおちょこ

日本酒の酒器には、錫(すず)、チタン、ステンレス、純銀、銅など、さまざまな金属素材が使用されています。

金属の持つ最大の特性のひとつが、熱伝導性の高さ

注がれたお酒の温度をしっかりキープしてくれるため、最後まで自分好みの温度で楽しむことができるのが、酒飲みにとって実にありがたい魅力です。

とりわけ日本酒好きが愛してやまないのが、錫の酒器。かくいう私も、そして私の日本酒仲間の多くも、「錫のお猪口」を愛用しています。

中には、飲み会に「マイ錫お猪口」を持参してくるツワモノもいるほどです。

私は、酔っぱらってお店に置き忘れてしまうのが恐ろしくて、自宅からは決して持ち出しませんが(笑)。

錫は、金属の中でも特に熱伝導性が優秀。また、その高いイオン効果は抜群の殺菌力を持ち、鮮度をキープする役割も果たしてくれるのです。

昔から「水を錫の器に入れると腐らない」と言われています。

また、「お酒の雑味が抜けて、味がまろやかに美味しくなる」効用もあることから、酒器や茶器などに使用されてきたのです。

錫製品で、ここのところ大注目を集めているのが、富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」(のうさく)です。

創業は1916(大正5)年。「より能(よ)い鋳物を、より能(よ)く作る」という想いのもと、その地に伝わる伝統と技術を活かし、職人の手によって1つ1つ丁寧に作られています。

この「能作」を一躍世界的に有名にしたのが、錫100%製の曲がるカゴ「KAGO」シリーズ

錫は柔らかすぎるため、通常は銅と混ぜるなど合金として使用される素材です。

しかし、その柔らかさを逆に利用し、世界で初めて錫100%の製品作りに成功。

金属とは思えないほど柔軟性に優れているため、引っ張ったり曲げたりすることで、自由に変形することができる、大ヒット商品です。

海外のレストランなどからも引っ張りだこだとか。もちろん、錫製の酒器のラインナップも充実しています。

内側に金箔を施したものもあり、その金色の輝きがさらに日本酒を引き立ててくれます。

ちなみに、「能作」では積極的に工場見学を実施。

職人さんたちが働いている現場を、ガラス越しではなく間近で見られる貴重な機会とあって、高岡市きっての観光スポットとなっています。

そして、金属酒器と言えば、やはり思い出すのは新潟県燕(つばめ)市。その高い金属加工技術で、日本のみならず海外にもその名を馳せている町です。

燕市で作られる金属酒器は、主にステンレス、チタン、銅を使ったもの。年々人気が高まり、現在では燕市の主要産業のひとつにまで上りつめました。

最近では、市内で製造された金属製のぐい呑み、カップなどの金属カップによる乾杯の習慣を普及する「燕市金属酒器乾杯運動」という取り組みがおこなわれています。

また、このエリアには、2003(平成15)年に金属研磨のスペシャリスト集団「磨き屋シンジケート」が誕生。

「磨き屋」と名乗るだけあって、金属製品の研磨技術にかけては、世界トップクラス。アメリカのアップル社から、モバイル機器の研磨の仕事を依頼されたこともあるそうです。

金属酒器は、落としても割れないため長く使用できるのも嬉しいポイント。

他の素材に比べ価格が高いものも多いため購入をためらう人もいますが、その抜群の耐久性を考えると、十分モトはとれるはずですよ。

~アクリル~

昨今、女性を中心に人気が高まっているのが、アクリル製の酒器。

軽くて、割れにくく、ガラスよりも透明度が高いのが特徴です。

無色透明で香りもないため、日本酒そのものが持つ色調や香りを邪魔することもありません。

私のお気に入りは、「mas/mas(マスマス)」(東京都世田谷区)の作るアクリル枡

表面には、「青海波」(せいがいは)、「七宝」(しっぽう)、「桜」、「市松」などの日本の伝統文様を施したものから、モダンなデザインのものまでバリエーションがとても豊富です。

従来の木枡は厚さが10mm前後あるのに対し、「mas/mas」のアクリル枡は、女性の口でも飲みやすいようにと、わずか3mmという薄さ

飲みこぼしで服を汚すなどという心配もないため、上品に日本酒を楽しむことができます。