酒蔵についてその2

酒蔵

日本酒は分業体制で造られる

日本酒は分業体制で作られる

日本酒造りにおいては、江戸時代に確立された責任分業体制が今も受け継がれています。日本酒は実にさまざまな製造工程を経てできるため、ひとりでは決して造ることはできません。それぞれの行程の専門家が経験や知識を駆使して自分の役割を確実にこなし、全員が力を合わせることが、美味しい日本酒を造り上げるための必須条件なのです。

役職の名称や作業の内容は酒蔵ごとに異なる場合もありますが、一般的には作業別にこのような役職名が付けられています。

蔵元(くらもと)

酒蔵のオーナーのことをこう言います。酒蔵のことも蔵元と呼ぶ人も多くいますが、本来は蔵元とは経営者のことを意味する言葉です。

杜氏(とうじ)

酒造りの最高責任者のことを言います。酒蔵で働く人すべてを指す言葉だと勘違いしている人もいますが、杜氏と呼ばれるのは、あくまで総責任者のことを指すので、ひとつの酒蔵に杜氏はただ一人です。複雑な酒造りの全ての工程に目を配り、チームを統率するという大変重要な役回りです。

杜氏という名前の語源は諸説ありますが、古代では女性が酒造りを担っていたことから、主婦を意味する「刀自」(とじ)に由来しているという説が有力とされています。近年では、杜氏数の減少や酒蔵の規模が小さくなっていることもあり、蔵元自らが経営だけでなく杜氏として製造責任者を兼任する「蔵元杜氏」も増えています。

頭(かしら)

もろみの管理や杜氏の補佐を担当する人のことです。杜氏からの指令を実際に蔵人に伝え、蔵人を取りまとめる仕事を担っています

・麹屋(こうじや)

麹造りの責任者です。麹造りは日本酒の味わいを大きく左右する決め手ですから、責任は重大ですね。酒蔵によっては、「相麹」(あいこうじ)と呼ばれる助手が置かれることもあります。

・酛屋(もとや)

酒母造りの責任者です。「酛廻り」とも呼ばれます。

・釜屋(かまや)

お米を洗ってから蒸すまでの作業を担当する人です。

・船頭(せんどう)

出来上がったもろみを搾る作業を担当する人です。ほかの役職の多くが最後に「屋」が付いているので、船頭という呼称はちょっと珍しいですよね。これは、酒を搾るときに、見た目が舟に似ている「槽」(ふね)という道具が使われることから付けられました。

・炭屋(すみや)

活性炭濾過を担当する人のことを言います。

日本酒造りには、このように実にさまざまな役職が存在します。規模の小さな酒蔵では、一人で複数の役職を兼ねることもあるので、さらに大変ですね。

 

どうすれば杜氏になれるのか?

どうすれば杜氏になれるのか?

では、製造責任者である杜氏になるにはどうしたらいいのでしょうか?基本的には、各地で形成されている杜氏集団のどれかに所属して、酒造りについて学び技術を研鑽していくことが多いようです。現在では、日本酒造杜氏組合連合会に所属している杜氏集団は20ほど存在しています

日本最大の杜氏集団といえば、南部杜氏。この南部杜氏という呼称を名乗るためには、年に一度の資格選考試験に合格しなければなりません。主催するのは、一般社団法人南部杜氏協会。全国一の会員数を誇り、2018年5月末の時点で、34都道府県、220の酒蔵から698名の会員が登録されています。

この資格選考試験の受験資格を得るためには、さまざまなプロセスを経る必要がありますが、まずは南部杜氏協会に入会することから始まります。そして、酒造りの現場で実務経験を積み、講習を受けることで、ようやく受験のチャンスを与えられるのです。その試験内容はというと、醸造学や酒税法に関する筆記試験、論文、唎き酒、面接など。

また、この試験成績に加えて、経歴なども得点に加味されるとのことです。合格率は決して高くはなく、2016年は受験者数19人のうち合格したのは10人だったそうです。合格までに数年かかるケースも多いとか。それだけに合格したときの喜びはひとしおでしょうね。

南部杜氏に次いで二番目に大きな規模を誇るのが、越後杜氏です。日本最多の酒蔵を擁する新潟県の杜氏集団です。新潟県では、杜氏などの酒造技能者の後継者不足を先取りして、1984年に新潟県酒造組合がつくった酒造技術の中堅技能者を養成する教育機関があります。その名も「新潟清酒学校」。新潟県内の酒蔵に通年雇用されており、蔵元から推薦派遣された人のみが入ることができる学校です。

新潟県醸造試験場の研究員や、県内で第一線に立っている経営者、酒造技術者及び技能者といった豪華な講師陣の元で年間100時間ほど学び、3年間かけて卒業します。卒業生の数は2018年までに400名以上。その中には、すでに杜氏の職に就いている人も多いそうです。このような類いの学校が継続して置かれているのは、世界中で新潟県だけだとか。さすがは日本有数の酒どころですね。

また、新潟県酒造組合及び新潟酒造技術研究会では、新潟県出身杜氏の技能を競う「越後流酒造技術選手権」という大会を毎年開催しています。高級酒造りの技術向上を図ることを目的に、各酒蔵が自社醸造の吟醸酒を持ち寄り、その酒質を競うものなのだとか。なんだか、審査員がちょっと羨ましいですね。

杜氏集団に属さなくても、所属する酒蔵で杜氏の役職を名乗ることはできます。杜氏というのは、酒蔵における酒造りの総責任者のポストのことですからね。杜氏になるための基準は、酒蔵によってさまざまです。少なくとも10年程度は酒造りの実務経験を経ていないとダメなところもあれば、東京農業大学などの醸造系の学校を卒業していれば実務経験を積めば足りるとするところもあるそうです。

もっとも、蔵人からの信頼がなければ杜氏を務めることは難しいですよね。酒造りの高い技術と豊富な知識はもちろん、蔵人を束ねる統率力も必要とされるため、杜氏とはつくづく大変なお仕事です。

ちなみに、実は、杜氏を置かない酒蔵も出てきているのです。その代表格が、「獺祭」でおなじみの旭酒造(山口県岩国市)。酒造りのすべての行程で詳細なデータを取り、検査室のパソコンに蓄積して分析するという、ITを駆使した醸造方法で日本酒を造っているのです。このIT化にシフトした原因は、1999年に新規事業に失敗した際に、杜氏が去ってしまったことだとか。

多くの酒蔵と同様に、旭酒造でも酒造りのノウハウはすべて杜氏の頭の中に集約されていました。このブラックボックス化にかねてより疑問を抱いていた社長が、これを機会に大胆な改革に踏み切ったというわけです。杜氏の勘に頼った酒造りでは品質に多少ばらつきが出ることもありますが、データで徹底管理された「獺祭」はばらつきがないことで知られています。

 

増える女性の杜氏・蔵人

増える女性の蔵人

かつて、酒蔵は「女人禁制」だったことをご存知でしょうか。女人禁制という言葉を聞いて真っ先に思い出すのは、「大相撲」という人が多いかもしれません。

2018年4月にも、大相撲春巡業のあいさつ中に倒れた京都府舞鶴市長の救命のために、土俵に上がった看護師の女性が、日本相撲協会関係者から、女人禁制を理由に土俵から降りるように促されたことが大きな批判を浴びたという出来事がありましたね。

また、その昔、日本の多くの山は女人禁制とされていました。山の神は女神なので、女性が山に入ると嫉妬して、その結果山が荒れてしまうから、などとも言われています。しかし、時代の流れを受けて、明治以降、高野山など多くの山が、女人禁制を徐々に撤廃していきました

ここで、酒造りの女人禁制の話に戻ります。先ほども杜氏の説明のところで書いたように、古代では、日本酒造りは主として女性の仕事でした。はるか昔、お酒は生米を噛んで造る、いわゆる「口噛み酒」という方法で仕込まれていました。この際にお米を噛む役目は、巫女などの女性が主に担っていたと言われています。

では、いったいどうして酒造りの中心であった女性が、現場から排除されてしまったのでしょうか。理由はいろいろなものが挙げられています。

ひとつは、女性の生理。月経による出血は穢れたものとして嫌われていました。また、昔は地方から単身で出てきた男性達が、集団で生活しながら酒造りをおこなっていたので、たくさんの男性が寝泊まりする場に女性がいることで、風紀が乱れかねないから、それを未然に防ぐためという話も聞いたことがあります。ほかにも、酒造りの神は女性だから女性が酒蔵に入ると神様の機嫌が悪くなるとか、女性はお化粧をしたり香水をつけたりするのでその匂いがお酒に移るからダメだとか、実にさまざまですね。

それでは、現代の酒蔵の現場はどうかというと、実は女性がどんどん進出して酒造りに励んでいます。蔵人にとどまらず、酒造りの総責任者である杜氏に就く女性も増えています。女性杜氏の数は、現在では30人以上いるそうです

女性杜氏の先駆け的存在のひとりが、丹山酒造(京都府亀岡市)の蔵元の次女・長谷川渚さん。酒蔵の娘として生まれたとはいえ、男性がほとんどという杜氏の世界へ足を踏み入れたパイオニアのひとりです。長谷川渚さんは、日本発酵機構余呉研究所で小泉武夫先生に師事し発酵学を学んだ後、10年の杜氏見習い期間を経て5年間杜氏を務めました。

余談ですが、小泉武夫先生といえば、発酵学の権威中の権威。現在は東京農業大学名誉教授で、発酵学や食に関するご著書もたくさんあります。中でも、「食(く)あれば楽あり」は、読んでいると必ずお腹が空いてしまうという、恐ろしくも楽しいエッセイ集なのでオススメです。

また、最近とても話題になっている女性杜氏が、新澤醸造店(宮城県大崎市)の渡部七海さん。短大の醸造を卒業した2015年に入社し、たった3年足らずで2018年1月に社長から杜氏に指名されたのです。なんとまだ22歳という驚きの若さで、最年少の杜氏ではないかと言われています。社長をして、「別格で、次元が違う」とまで言わしめた逸材で、利き酒の能力はもちろん、冷静な判断力や危機対応力といったリーダーとしての素質ありと見込まれての異例の大抜擢です。

そして、社長の目に狂いはありませんでした。この渡部七海さんが醸した日本酒が、いきなりの大快挙を達成。なんと、国際的なワインコンクール「ブリュッセル国際コンクール(CMB)」が2018年に新設した日本酒部門「SAKE selection」の「本醸造酒部門」で最優秀賞を受賞したのです。受賞したお酒は、「あたごのまつ鮮烈辛口」。「究極の食中酒」をコンセプトに掲げる新澤醸造店のこの逸品、見つけたら、是非飲んでみて下さい!

女性杜氏は、もろみの管理や麹の細かい変化を感じ取ることができる能力が高い傾向があるとも言われています。今後も優秀な女性杜氏がどんどん増えて、女性ならではの感性を生かしたバラエティに富んだ美酒をどんどん誕生させて欲しいですね。

 

酒蔵の1日のスケジュール

酒蔵の1日のスケジュール

酒蔵では、どういったスケジュールで日々の仕事をこなしているのでしょうか。ここでは、酒造りをおこなっているシーズンの、一般的な酒蔵の1日をご紹介します。

~午前~

酒蔵の朝はとても早いです。酒造りの仕事は、夜も明けきらない早朝5:30頃からスタートするのです。そのため、杜氏や蔵人たちは、眠い目をこすりながら、この時間までに酒蔵へと集まってきます。

現在は四季醸造をおこなっている酒蔵も増えていますが、なんといっても日本酒の基本は冬の寒造り。そのため、酒蔵の中には人を温めるための暖房設備はありません。したがって、酒蔵の中は凍えるほどの寒さですが、皆さんのいでたちは、いたって軽装です。なぜかというと、酒造りは力仕事が中心なため。お米を甑に運ぶだけでもひと苦労です。

まずは、5:30から7:00の間に、蒸米の準備をおこないます。お米を蒸し上げている間も、ゆっくり休んでいられるわけではありません。麹を麹蓋などに盛ったり、仕込みの準備をしたり、午後におこなう酒質検査のためにもろみを専用の容器に入れたりなどなど、やっておかなければならないことがたくさんあります。7:00から8:00の間が、朝ごはんタイム。力仕事の多いお酒造りは体力勝負ですから、エネルギー摂取も大事な仕事のひとつですね。

そして、8:00頃にお米が蒸し上がると、10:00までの間に、蒸米を仕込む作業をおこないます。その後30分間くらいの休憩をはさんで、10:30から12:00まで出麹や上槽の準備などに取り掛かります。

~午後~

お昼ごはんと休憩をとったのち、14:00頃からまた仕事に戻ります。まずは、翌日の蒸米に備えての洗米作業。お酒造りにおける洗米は、普段私たちがおこなっている米とぎよりずっと神経を使います。壊れやすくてもろい米粒だけに、とても繊細に洗わなくてはなりません。

洗米とその後の浸漬時間は秒単位で決められています。お米の品種によって洗米時間は変わります。また、たとえ同じ品種であっても精米歩合によってお米の吸水率は変化します。吸水率が狂ってしまうと、この後のプロセスに与える影響が大きいため、洗米・浸漬作業は細心の注意を払っておこなわなければなりません。

洗米・浸漬作業の間、杜氏は別の重要な仕事に取り掛かります。それは、検査室での酒質検査です。この検査では、数時間かけて濾過されたもろみのアミノ酸度や日本酒度などを計測します。もろみの現在の状態を正確に把握することで、もろみを搾るタイミングを見極めます。上槽のタイミングの決定は、杜氏の腕の見せ所。そのために、杜氏は毎日きっちりと酒質検査をおこなう必要があるのです。

15:00から30分ほど休息をとり、15:30から17:00までは、釜の中のお湯を捨てて、新しい水を張り、甑をセットします。また、酒母ともろみに櫂入れをおこないます。酒母やもろみが均等になるように混ぜる作業で、ゆっくりした動作を見ると一見簡単そうですが、実はたいへんな重労働。特に、初期段階のもろみをかき混ぜるのは、かなりキツイそうです。

17:00から18:00の間に、晩ごはんを食べます。しかし、これでその日の仕事が終わるわけではなく、18:00以降も蔵の人々は働き続けます。朝に麹蓋に盛った麹をほぐす切り返しや、発熱により上がった麹の温度を下げるために麹を広げる仲仕事など、まだまだやることはたくさんあるのです。麹蓋の積み替えも数回おこなわなければなりませんし、酒蔵によっては、もろみの発酵の様子を見回りしたりすることもあります。日本酒造りがおこなわれるシーズンの間、酒蔵は24時間休むことなく動いているのです

 

酒蔵の1年

酒蔵の1年

では、酒蔵では、酒造りの期間も含めて、どのような1年を過ごしているのでしょうか。

酒造りのスタートは晩秋の時期。蔵人と杜氏が酒蔵に集まってきます。これを「蔵入り」と言います。多くの酒蔵では、蔵入りの際に神主さんを招いて、醸造安全祈願をおこなっているのだとか。

そして、いよいよ酒造りの一番初めのプロセスである「初洗い」に着手します。お米を洗う作業のことなのですが、洗米時の吸水率は酒造りにおける非常に重要なポイントなので、その年の酒米の吸水具合を見極めるにはとても神経を使います。

酒造りが本格化する中、1~2月は特に気合が入ります。なぜかというと、寒さがピークを迎えるこの時期は、大吟醸酒の仕込み期間だからです。50%以上磨かれた酒米はとてもデリケート。コストもたくさんかかっています。そのため、失敗は許されないという緊張感が酒蔵ではより一層高まります。

そして数か月が過ぎた春先、杜氏や蔵人が待ち望んだ「甑倒し」の日を迎えます。お米を蒸す道具である甑を倒すということは、つまりはもう蒸米をつくらなくてもいいということ。最後のもろみの仕込みが終わる、酒造りのいわば最終コーナーです。

この甑倒しの日はもちろん宴会。蔵人全員でお酒を酌み交わし、仕込みが無事に終了したことを祝い、苦労をねぎらい合います。1年でもっともお酒が美味しく感じられる日かもしれませんね。この甑倒しから約1か月経つ頃にはもろみの上槽はすべて完了し、そのシーズンの日本酒造りが完全に終了します。これを「皆造」(かいぞう)と言います。皆造の日も、もちろん宴会です。事務方で働く人たちも参加して、喜びを分かち合う祝宴は、さぞ盛り上がることでしょうね。

酒造りが終わっても、蔵元杜氏の場合は、まだまだやることが盛りだくさんです。日本各地で開かれる日本酒イベントに参加したり、はたまた海外へトップセールスや視察に出向くこともあるため、一年中休む暇がありません。酒造りの総責任者と経営者を兼ねるということは、本当に激務なんですね。日本酒イベントなどで、蔵元杜氏さんに会う機会があれば、是非優しくねぎらってあげてください。もしかしたら、試飲のお酒を多めに注いでくれるかもしれませんよ。