もみじとおちょこの影

季節ごとの風情を楽しむ、四季折々の日本酒

枡に入った日本酒と桜

日本には「春」「夏」「秋」「冬」の四季があり、季節ごとに気温や気候などが大きく異なります。

四季があることで、桜や紅葉、雪などといった自然による恵みが風景を彩り、私たちを楽しませてくれるのが日本の魅力のひとつです。

そんな中、古来より日本人は季節の移り変わりを五感で感じ取り、それぞれの季節感を大事にしてきました

それゆえ季節ごとに年中行事が多いのも日本ならでは。そして、そういった行事の際には、総じて日本酒が欠かせない存在でした。

現代では、昔に比べると季節の行事として日本酒を飲むという風習は減りつつありますが、日本酒好きとしては、やはり日本文化の大事な要素として是非知っておきたいものです。

ここでは、代表的な季節ごとの行事をまとめてみました。

その季節に寄り添った日本酒の楽しみ方を見出し、今につないできた先人たちに想いを馳せ、日本の良さをあらためて実感していただければ嬉しいです。

~春~

ひな人形

・桃の節句

3月3日は、桃の節句。女の子の健やかな成長を願い、色鮮やかな雛人形を飾ってお祝いをする、とても華やかな行事ですね。

もともとは、人型の紙を水に流し、心身の病や穢れを取り除く「上巳の祓い」(じょうしのはらい)という邪気払いの習わしがあり、それが、その後の桃の節句になったそうです

この桃の節句には、室町時代から、日本酒に桃の花びらを浮かべた「桃花酒」(とうかしゅ)を飲む習慣がありました。

桃は中国では不老長寿の仙木とされており、また、桃は「百歳」(ももとせ)に通じることもあって、健康に長生きできるようにと桃の花を使っていたのだそうです

江戸時代中期以降になると、桃の節句のお祝いには、蒸したもち米や米麹を仕込んだ「白酒」(しろざけ)を飲むという習慣が庶民の間でも定着。

現代でも、この風習は受け継がれていますよね。ちなみに、“白酒イコール甘酒”と思い込んでいる人が多いですが、これは大きな誤解です。

子どもでも飲めるノンアルコールの甘酒と違い、白酒はあくまでもお酒。アルコール度数は10%前後ほどあり、酒税法上ではリキュールに該当します。

この白酒ですが、江戸時代とほとんど変わらない製法で造られたものを、21世紀の今でも飲むことができるんです。

それは、1596年に江戸で誕生した酒蔵・豊島屋(現・豊島屋本店)が醸す「江戸の草分 豊島屋の白酒」

創業者の豊島屋十右衛門が江戸時代に白酒を造ったところ評判を呼び、またたく間に江戸中に広まったのだそうです。

その人気ぶりはすごく、「山なれば富士 白酒なれば豊島屋」と謳われたほどでした。

特に女性たちに大好評だったとか。季節限定の人気商品なので、購入のタイミングを逃さないように気をつけましょう。

・花見酒

日本人ほど桜を愛する国民は、世界中を見渡してもいないのではないでしょうか。

春になると毎日のように桜の開花情報がニュースで報じられることは、我々日本人にとってはごく当たり前のことですが、外国の人からすると驚きを隠せない模様です。

「週末に合わせて満開になりますように」と、開花状況に一喜一憂するのが日本人の春の常。

満開になれば、何をおいてもお花見です。そしてお花見のお約束といえば、酒盛りでしょう。

美しい桜を眺めるのが楽しいのはもちろんですが、友人や知人、家族やご近所さんたちと集まって、桜の下で酌み交わす日本酒の美味しさは格別です。

先ほどの桃花酒ではありませんが、私はときどき桜の花びらを日本酒に入れて飲んだりしています。

透明な日本酒に浮かぶ、可憐な薄いピンク色の花びらはなんとも風流で、実に眼福。自然とお酒も進みます。

日本人の間で、このような宴会スタイルのお花見が広がったのは、1598(慶長3)年に京都の醍醐寺で催された「醍醐の花見」以来なのだそうです

それまでは、お花見といえば文字通り、「花を見ること」。桜の花だけを静かに愛でるというものだったのです。

この、お花見革命を起こすことになる醍醐の花見を主催したのは、かの太閤・豊臣秀吉

歴史に残る豪華絢爛な宴で、招かれた客は総勢1,300人。そのうちのほとんどが女性だったというのが、なんとも女性大好きで知られる秀吉らしいところですね。

この宴では、秀吉は全国から多種多様な銘酒をたっぷりと取り揃えて招待客に振る舞いました。近い未来、もしもタイムマシンが開発されたなら、是非参加させてもらいたいものです。

・端午の節句

5月5日の子どもの日は、「端午の節句」。男の子のための節句で、「菖蒲(しょうぶ)の節句」とも呼ばれています。

菖蒲には厄除け効果があると言われており、この日には、「菖蒲酒」を飲み、「菖蒲湯」につかり、「粽」(ちまき)を食べれば、邪気が払われ、疫病が除かれるとされていました

菖蒲湯につかったことがあるという人はたくさんいるかと思いますが、菖蒲酒を実際に飲んだことがあるという人は意外と少ないのではないでしょうか。

そんな菖蒲酒ですが、菖蒲の根の部分を日本酒に入れて作るのが本来のやり方です。とはいうものの、根を手に入れるのはなかなかハードルが高いでしょう。

そこで、手軽に楽しめるのが、菖蒲の葉を日本酒に浸して飲むというスタイル。菖蒲の香りには、リラックス効果が期待できるそうです。

翌年の5月5日には、日本酒に浮かぶ清々しい菖蒲の若葉の香りを楽しみながら、オトナの端午の節句を過ごしてみてはいかがでしょうか。

~夏~

神社

・夏越の祓(なごしのはらえ)

「夏越の祓」とは、毎年6月30日に執りおこなわれる神事です。「夏越」というのは、悪霊や邪神を和(なご)めるという言葉に由来します

この日は、神社の境内につくられたイネ科の草である茅(ちがや)で編んだ大きな輪をくぐらせ、病気や禍を祓い罪や穢れを落とすという「茅の輪(ちのわ)くぐり」が全国各地の神社でおこなわれます。

一般の人々にとっては、この日は「夏越の節句」でした。

田植えが終わる時期でもあるので、人々は温泉や沐浴で疲れを癒やし身を清め、働いてもらった牛や馬を洗いゆっくりと休ませました。

そして、これから訪れる暑い夏を乗り切るために、お酒をたっぷりと飲んで英気を養ったのです

神事である「夏越の祓」にちなんで名づけられた日本酒も毎年造られています。有名なのは、神戸酒心館(兵庫県神戸市)の「福寿 生酛純米生酒 夏越しの酒」

酒処・灘五郷のひとつ御影郷(みかげごう)の老舗蔵で、ノーベル賞の公式行事で振る舞われたお酒も醸しています。

昔ながらの伝統的な生酛造りから生み出される酸味が心地よく、暑い夏を乗りきる暑気払いのお酒としてピッタリです。

・土用の丑の日

毎年夏に1日(年によっては2日)巡ってくる「土用丑の日」。この日に欠かせないのが、うなぎですよね。

1年でもっとも暑いとされるこの土用丑の日にうなぎを食べようというキャンペーンを打ち出したのが、江戸時代の稀代の発明家・平賀源内と言われています。

しかし、そのはるか前から伝統的に、うなぎは夏のスタミナ食として愛されてきました。

万葉集の大伴家持も、夏痩せした友人の吉田石麻呂に、「石麻呂に 我物申す 夏痩せに 良しといふものぞ 鰻(むなぎ)捕り喫(め)せ」と、うなぎを食べることを勧めています

実際、うなぎには疲労回復に効くビタミンB1が豊富に含まれており、その量はなんと牛乳の25倍、ほうれん草の10倍。夏バテ解消にはピッタリの食べ物ですね。

さて、うなぎと日本酒についてここで触れておきましょう。ちょっと珍しいですが、うなぎを使った「うなぎ酒」というお酒の飲み方もあるんですよ。

それは、うなぎの蒲焼をどんぶりに入れて熱燗を注いで作るというシンプルなもの。これは、精がつくこと間違いなしですね。

また、うなぎを美味しく食べるための“うなぎ専用酒”なるものも造られています。

その名も、「石鎚(いしづち)純米 土用酒(どようざけ)」。石鎚酒造(愛媛県西条市)が醸すお酒です

味のある辛口で、鰻の力強い味にもピッタリ。うなぎの油分をスッキリと流してくれます。

うなぎは、近年では稚魚の不漁により希少化が進み、値段がかなり高騰していますよね。

すっかり高嶺の花の高級食材になってしまった感がありますが、1年に一度、土用の丑の日くらいは奮発して自分にごほうびをあげたいものです。

・花火

夏の一大イベントといえば、何をおいても花火大会でしょう。日本三大花火大会のひとつに数えられる、新潟県長岡市の「長岡まつり大花火大会」は圧巻。

大迫力の名物・正三尺玉や音楽花火など、バラエティ豊かな花火を楽しむことができます。東京でもっとも人気を誇る花火大会といえば、「隅田川花火大会」でしょう。

江戸時代に「大川の川開き」としてスタートした、長い歴史を誇るイベントです

花火を見ながら、キリッと冷やした日本酒を飲むのは夏の醍醐味。混雑は避けて、ゆったりとお酒を楽しみたいのなら、屋形船が最高です。

臨場感抜群の見晴らしで、頬に当たる風が心地良さを運んでくれます。

~秋~

秋と話す女性の横顔

・月見酒

秋の風物詩の筆頭といえば、「お月見」ですよね。15個のお団子とススキの穂、里芋などの芋類、旬の野菜や果物、そして新米で醸したお酒を月に供える行事です。

中秋の名月にお月見をするようになったのは、平安時代。中国から伝わってきたのだそうです。

平安時代にお月見を楽しんでいたのは、主として貴族たち。ゆったりとお酒を酌み交わしながら、優雅に詩歌管弦や舞、歌合わせなどを楽しんでいました。

ちなみに、彼らはただ夜空に浮かぶ月を直接見るだけでは飽き足らず、お酒の入った盃や池に月を映して鑑賞していたとも言われています。実に雅で風流な、洗練された楽しみ方ですね。

・重陽の菊酒

9月9日は、五節句のひとつである「重陽の節句」の日です。

古来中国では、奇数は縁起の良い「陽数」と考えられ、もっとも大きな陽数である9が重なることから、9月9日は、「重陽」とされました

旧暦では菊の咲く時期にあたることから、「菊の節句」とも呼ばれています。

この日に飲まれるのが、「菊酒」。菊の花びらには、邪気を払い延命長寿の効果があるとも言われています。この菊の花びらを浮かべて飲むのが、菊酒です。

この風習の発祥は、中国。病弱な王様が菊を浸した酒を飲んだところ健康を取り戻し、その後長寿を全うしたことから広まったそうです。

平安時代に日本にも伝えられました。「菊」の字を冠した日本酒が多いのは、こういった歴史に由来しているのだとか。

ちなみに、「重陽の節句」から翌年の「桃の節句」までの間は、日本酒はお燗をして飲むのが正式なスタイルだと言われています。

・日本酒の日

10月1日は、「日本酒の日」だということをご存知でしょうか?

その昔、10月1日は、新米を収穫し、各酒蔵が一斉に酒造りを始めた“酒造元旦”でした。

現在の酒造年度(BY)は、7月1日から翌年の6月30日までですが、1965(昭和40)年以前は、酒造年度は、10月1日から翌年の9月30日と定められていました

これにちなみ、日本酒造組合中央会が1978(昭和53)年に10月1日を「日本酒の日」と制定したのです。

毎年、この「日本酒の日」には、全国各地でいろいろな日本酒イベントが開かれています。

年々人気が高まっているのは、国内10以上の都市で同時開催される、はしご酒イベント「日本酒ゴーアラウンド」

また、とっても手軽に参加できるのが、日本酒造組合中央会が主催する「日本酒で一斉に乾杯しよう!」という企画。

これは名前の通り、みんなで日本酒で一斉に乾杯するというものです。各地の会場やイベント参加飲食店に行ったりするほか、家でまったり飲みながらイベントの公式サイトやSNSに写真を投稿するなどして、マイペースでゆるく企画に参加することができます。

海外からの参加者も多く、日本酒を通じて世界中の人たちの心が一つに結ばれるなんて、スケールの大きなロマンを感じます。

~冬~

とそき

・元日のお屠蘇(とそ)

一年の始まりである1月1日。この日に飲むお酒といえば、「お屠蘇」ですよね。お屠蘇とは、日本酒やみりんに数種類の生薬を浸けこんだ薬草酒の一種です。

「屠蘇」という言葉には、「邪気を屠(ほふ)り、魂を蘇らせる」という意味があります。

そのため、年頭にお屠蘇を飲むことで、一年の邪気を取り除き、無病息災と長寿を祈るというわけなんですね。

ちなみに、正月三が日の間は、来客には初献(しょこん)にお屠蘇を振る舞うのが礼儀とされているそうです。

・雪見酒

雪景色を見ながら飲む「雪見酒」。実に風情を感じさせる、冬の楽しみのひとつです。

雪見酒の歴史は古く、平安時代には、世界最古の長編小説『源氏物語』の作者である、かの紫式部もおこなっていたと言われています

ただし、暖かい室内ではなく、寒い屋外でしんしんと降り積もる雪を眺めながら飲んでいたのだそう。

「雪見酒」遊びのために、雪の中、わざわざ牛車を用意して野山に繰り出すこともあったのだとか。想像しただけで寒くなるような行事ですね。

楽しんでいるご本人たちはともかく、駆り出された従者の皆さんがなんともお気の毒です。

さて、雪見酒の際にオススメしたいのが、「雪割り酒」降り積もった雪をグラスや升にギュッと詰め込んで、その上から日本酒を注ぎます。紫式部も楽しんだ飲み方だそうですよ。

 

儀式に欠かせない日本酒

三々九度をする花嫁

神聖な儀式の場でも、日本酒はさまざまなシーンで登場します。

~御神酒(おみき)~

初詣や御祈祷の際に神社で振る舞われることもある「御神酒」。飲んだことはあるけれど、御神酒がどんなお酒なのか具体的に知っている人は少ないのではないでしょうか。

御神酒とは、「神様にお供えして御神霊が宿ったお酒」のことを言います。

酒屋や土産物店などで御神酒と銘打ったお酒を見かけることもありますが、本物の御神酒ではないものも多いようです。

神様にお上げしていないお酒は、御神酒ではなく、ただの日本酒なのです。

もともと、日本酒とは、神事の際に供えられるものでした「御神酒の上がらぬ神はなし」と言われるほど、日本酒は神社の祭祀に必須の存在なのです。

日本神話では、お米は天照大御神(あまてらすおおみかみ)から授けられた神聖なものとされています。

このお米を使って手間をかけて造られたお酒は、人間が神様に捧げる最高のおもてなしであり、ご馳走だったのです。

ところで、大きな神社に行くと、境内に高く積み上げられた日本酒の樽を目にしますよね。これは「奉献酒」と呼ばれるもので、酒蔵が御神恩への感謝の気持ちを込めて納めたものです。

神社の中には、これら奉献酒を御神酒として、祭礼時に参拝者に振る舞うところもあります。

~結婚式~

神前結婚式でおこなわれる儀式のひとつ、「三三九度」では日本酒を用います。この際のお酒は、本物の御神酒であることが一般的

御神酒を神前で頂くことで、夫婦となる二人へのご加護を願うのです。

新郎新婦は、大・中・小の3つの同じ盃を使って御神酒を頂きます。同じ盃を使う理由は、「一生苦楽を共にする」という覚悟を込めてのこと

大・中・小の盃には、それぞれ、「子孫繁栄」・「二人の誓い」・「先祖への感謝」の意味があるそうです。

~鏡開き~

結婚式や祝賀会などのおめでたい場でおこなわれる「鏡開き」。日本酒が入った樽のフタを木づちで叩いて開ける儀式ですね。

樽のフタのことを「鏡」と言います。鏡餅もそうですが、丸くて平らな形であることから、こう呼ばれているのだそうです。

そして、「鏡」は、古来より魂が宿る大事なものだと考えられていたので、「割る」という言い方を避けて、日本酒の樽も鏡餅も、「鏡」を「開く」と表現します

~上棟式(じょうとうしき)~

「上棟式」とは、家屋を新築する際、基礎工事が無事に済んだ棟上げのタイミングでおこなわれる神道の祭祀工事の安全と、住宅の無事な完成を願うことがその目的です。

昔に比べて、最近はおこなわないケースも増えてきましたが、いまだにその風習は残っています。

上棟式では、建物の四方に、日本酒・塩・米をまきます。日本酒は、飲むためだけではなく、“お清め”のためにも使われるのですね。