二つのおちょこに徳利で日本酒をつぐ

おり引きによる違い

枡に並々とそそがれた日本酒の中に桜の花びらが入っている

~「おり」をあえて混ぜることにより変わる味わい~

・おりがらみ

搾ったばかりの原酒は、液体の中に米粒の細かい破片や酵母、麹などが浮遊しており、うっすらと白く濁った状態になっています。これらの固形物のことを「おり」と呼びます。

このおりを取り除く作業が「おり引き」です。貯蔵タンクの中で、10日間くらいかけてゆっくりとおり部分を沈殿させていきます。

たいていの日本酒では、おり引き後に上澄みの部分のみを抽出したものを使います。しかし、中には、沈殿したおりを少し取り出して、透明な液体にあえて混ぜた「おりがらみ」と呼ばれるお酒も造られているんですよ

おりには、お米のエキス分がたっぷりと含まれており、アミノ酸などが豊富で旨味が詰まっています。そのため、おりを加えることで、通常のおり引きをした透明な日本酒よりも濃醇で、お米のふくよかな旨味をしっかりと感じられる味わいのものに仕上がるのです。

また、おりの中にまだ残っている生きた酵母が炭酸ガスを発生させるのも「おりがらみ」の特徴。ガス感がほど良く感じられる、微発泡のさわやかな飲み口となるのが楽しいところです。

「おりがらみ」は、「ささにごり」「うすにごり」「かすみ酒」などという名称で呼ばれることもあります。

~「おりがらみ」と「にごり酒」の違い~

同じく白濁している日本酒といえば「にごり酒」を思い出す方も多いでしょう。

目の粗い布を使って搾った「にごり酒」に比べると、「おりがらみ」は残る固形物が小さくまた量も少ないため、淡麗な味わいになり、スムーズで飲みやすい喉越しに

一般的に、お酒の中に残る固形物が大きいほど、お米の味わいが強く感じられる酒質になるのです。

 

濾過による違い

日本酒を枡にそそぐ

~濾過の「有無」により変わる味わい~

「濾過」とは、「おり引き」の後に進むプロセスです。タンクで沈殿させるだけでは除き切れずに残った固形物や酵母などを除去するためにおこなわれます。

この濾過をするかしないかで味わいが大きく変わってくるのです。

・「濾過」タイプの特徴

活性炭などを使って濾過したお酒は、細かいおりや、そのお酒が本来持っている香味成分も調整されます。そのため、雑味の感じられないクリアな味わいに仕上がります

また、色も抜けるため、無色透明な外観となるのも濾過されたタイプの特徴です。スッキリとした軽快なお酒が飲みたいときは、濾過したものが良いでしょう。あっさりしたおつまみにベストマッチです。

ちなみに、昨今では、吟醸造りのお酒が増え、お米の持つ雑味を精米の段階から少なくすることができるようになったことから、濾過に使う活性炭の量は少なくなっている傾向にあるそうです。

・「無濾過」タイプの特徴

近年、あえて濾過をおこなわない日本酒が数多く登場しています。「無濾過」と呼ばれ、人気が高まっているジャンルです。

ともすれば味わいが無個性になってしまうこともある濾過タイプと異なり、そのお酒に本来備わっている風味がそのまま生きているのがこのタイプの人気の秘密

旨味やお米感がたっぷり感じられ、ほど良いパンチ力のある濃醇な味わいに仕上がるのです。香気成分、それに色がきちんと残り、山吹色がかった日本酒は、ビジュアル的にも魅力的。

飲みたい気持ちを掻き立ててくれます。ボリューム感を楽しみたいときに飲むなら、「無濾過」がおススメです。

 

火入れによる違い

ピンクのグラスに日本酒をそそぐ

~火入れの「有無」により変わる味わい~

「火入れ」とは、日本酒を低温で殺菌することを言います。温度はだいたい60~65℃くらい。

酵素の働きを止め、劣化の原因となる乳酸菌の一種「火落ち菌」の増殖を止めるのが狙いです。この火入れをおこなうかどうかによって、味わいに大きな差異が生まれます。

・生酒(なまざけ)

火入れを一切おこなわないものを「生酒」と呼びます。火入れをおこなうと、劣化や変質を防ぐことができる一方で、香味成分を損なうという側面もあることから、近年この生酒が人気を博しています

生酒の一番の魅力は、何と言ってもそのみずみずしさでしょう。弾けるようなフレッシュ感を思う存分楽しめます。「本生」(ほんなま)、または「生生」(なまなま)などという名前で呼ばれることもあります。

劣化しやすい生酒ですが、醸造や流通の技術が発達し、温度管理がきちんとできるようになった現代だからこそ、年間を通して気軽に味わえるようになったわけです。

とにもかくにも生酒は鮮度が命なので、買った後も5℃以下できちんと冷蔵管理をしなければいけません。

私は以前一度、生酒を冷蔵するのをうっかり忘れて常温で6か月以上放置していたら、さわやかな香りも抜け、味がまったく別物に変わってしまってショックを受けたことがあります。

生酒は個人的に好きな種類のお酒なので、良い状態でたくさん飲みたいと思い、一升瓶が入るワインセラーを愛用しています。寝る前に生酒をいただくのが私の毎晩の楽しみです。

生酒は開栓すると、時間の経過によって味わいが変わっていくので、その変化も比べるのも面白いですよ。

~火入れの「回数」により変わる味わい~

火入れは、通常、貯蔵する前に1回、瓶詰めする前に1回と、合計2回おこなわれます。しかし、中には1回だけしか火入れをおこなわないという製法も存在します

・生貯蔵酒

貯蔵する前に火入れをおこなわずに、瓶詰めの際に1回だけ火入れをおこなうものを、「生貯蔵酒」と言います。

火入れをしない生の状態が貯蔵されている間ずっと続くため、ほど良いフレッシュ感と、加えて多少の熟成感も味わえます

・生詰め酒

貯蔵する前に1回火入れをし、瓶詰めの際には火入れをおこなわないものを「生詰め酒」と言います。

生酒や生貯蔵酒に比べると、もっともフレッシュ感は落ち着いており、ほどよい熟成感があります

~火入れの「方法」により変わる味わい~

・瓶火入れ

火入れは、蛇管(じゃがん)と呼ばれるパイプやプレートにお酒を流し入れ、その蛇管やプレートを温めておこなうのが一般的です。

しかし、近年火入れの方法として注目されているのが、「瓶火入れ」あるいは「瓶燗火入れ」と呼ばれるもの。お酒を詰めた瓶に軽く栓をして、瓶ごと湯煎にかける要領でゆっくりと温めていくというやり方です。

一般的な火入れ方法と比べて手間も時間もかかりますが、瓶の中にお酒の香味成分を閉じ込めることができるという利点があります。

また、日本酒を含む醸造酒というのは急激な温度変化に弱いので、「瓶火入れ」だと火入れの時の急激な温度変化でお酒が本来持っている風味を損なわずにすむのです。

生酒ほどではありませんが、一般的な火入れをおこなったものよりもフレッシュ感が味わえるタイプのお酒に仕上がります

 

貯蔵による違い

貯蔵による違いを話す農家の女性

~貯蔵の「容器」で変わる味わい~

・樽酒

木樽で貯蔵・熟成させたお酒のことです。多くの樽は杉材で作られており、中でも奈良の吉野杉を用いたものが特に有名です。

杉の木の香りがほのかにお酒に移り、独特の爽やかさを楽しむことができるのが樽酒の魅力です。

出荷時も樽に入っているものは、結婚式などお祝いの場で鏡開きに用いられることもあります。私も日本酒イベントで鏡開きを体験したことがありますが、木づちでえいやっとフタを叩くと、樽酒の芳しい香りが辺り一面に立ち上り、とっても気分が上がりました。

余談ですが、「鏡」とは、樽のフタのこと。鏡餅もそうですが、丸くて平らな形であることから、こう呼ばれているのだそうです。

そして、「鏡」は、古くから魂が宿る大切なものだと考えられていたので、「割る」という言い方を避けて、日本酒の樽も鏡餅も「鏡」を「開く」と表現しているのだとか。

・斗瓶囲い

斗瓶と呼ばれる18リットル(=一升瓶10本分)が入る瓶で貯蔵されるお酒のことです。袋吊りなどの手間も時間も惜しまず丁寧な方法で搾ったお酒のことを言います。

「斗瓶囲い」は、主に鑑評会に出品するものや、限定の大吟醸酒などの最高級品。綺麗な味わいが絶品です。「斗瓶取り」とも呼ばれます。

一般的に、瓶で貯蔵すると、タンクでの貯蔵に比べて、空気との接触が減るために酸化のリスクが低くなるというメリットがあります。

 

加水による違い

ひしゃく

~加水の「有無」により変わる味わい~

日本酒は通常、目的とする酒質に合わせてアルコール度数や香味を調整するために、原酒に水を足す「加水」という作業をおこないます。「割水」(わりみず)とも呼ばれる工程です。

多くの場合は、この際に加える水には仕込み水を用います。一般的な日本酒の原酒のアルコール度数はだいたい18~21%程度とかなりの高アルコールです。

たいていの日本酒は、原酒に加水してアルコール度数が15%くらいになるまで希釈してから製品として出荷されます。この加水をおこなうかどうかによって、味わいは変化を見せるのです

・加水したお酒

一般的に、アルコール度数は15%くらいが美味しく味わえる飲み頃だとされています。そのため、加水したお酒は飲みやすくなり、口当たりが優しいスムーズな味わいに仕上がります

・原酒

原酒は、基本的に加水をおこないません。そのため、原酒には、その日本酒にもともと備わっている香りと旨味たっぷりのコクがあり、濃醇で力強い味わいのものが多いのが特徴です。

アルコール度数が高いことから、飲む人によってはアタックが強すぎると感じることもあるかもしれませんが、ガツンと来る飲み口がクセになるという人も。パンチのあるしっかりとした味わいが体感できるお酒です。

 

出荷による違い

徳利と日本酒が入った青いグラス

~出荷の「シーズン」で変わる味わい~

・新酒

貯蔵の期間を設けることなく、すぐに出荷されるものを「新酒」または「しぼりたて」と呼びます。ただし、「新酒」という言い方にはハッキリとした定義はなく、それぞれの酒蔵の解釈に委ねられているのが現状です。

一般的には、12~3月頃に出荷された上槽したてのもののことを「新酒」と呼ぶことが多いように感じます。貯蔵期間が短いことから、搾ったばかりのフレッシュな若々しさが味わえるのが「新酒」の魅力です。

・「元旦朝搾り」、「立春朝搾り」

この新酒のシーズンに出荷される風物詩的なお酒も存在します。その名も「元旦朝搾り」と「立春朝搾り」

読んで字のごとく、「元旦朝搾り」は1月1日の元旦の朝に搾られるお酒で、「立春朝搾り」は2月初旬の立春(旧暦のお正月)の朝に搾られるお酒のことを言います。おめでたい日にふさわしい祝い酒というわけですね。

いずれも搾り上がりの日が明確に決まっているので、できあがりは早すぎてもダメ、遅くなるのももちろんアウトです。

そのため、もろみの発酵の進み具合には細心の注意を払わなくてはならず、完璧な管理や調整が必要となります。杜氏さんの腕の見せ所ですが、杜氏さん泣かせのお酒だとも言えそうですね。

そして、搾り上がったお酒はすぐさま瓶詰めして出荷しなければならないので、酒蔵では必死の作業が繰り広げられます。ときには徹夜になることもあるとか。

近くの酒屋さんも早朝から酒蔵に行き、瓶詰めや出荷の作業をお手伝いすることもあるようです。

朝にできたばかりのお酒なので、味わいはフレッシュそのもの。この上なく新鮮でフルーティな香り、それにあふれんばかりの躍動感が楽しめます。杜氏さんの卓越した技に感謝しながらいただきたいですね。

・夏酒

「夏酒」というカテゴリーは、まだあまりなじみがない方も多いかもしれません。それもそのはず、誕生は比較的新しく、2007年頃から始まったのではと言われている新ジャンルです。

「夏酒」が生まれたきっかけのひとつが、毎年夏に起きる日本酒の消費量の急激な落ち込みでした。日本酒は寒い季節に飲むものというイメージが定着しており、暑い季節には、やはりビールなどが好まれる傾向が圧倒的に強かったのです。

そのような状況を打破し、夏でも日本酒は美味しく飲めるのだということを広く知ってもらうために誕生したというわけなんですね。

ひとくちに「夏酒」と言っても、実は「夏酒」に明確な定義はなく、各酒蔵では知恵を絞って、夏に美味しく飲めるようさまざまなタイプのものを造っています

酸味のしっかりしたスッキリ系から、若々しい味わいの生酒、オンザロックが美味しい濃い目の原酒など、実に多種多様。そんなさまざまなバリエーションの中から、自分の好みやその時の気分に合ったタイプを選ぶのも楽しいですよ。

私が毎年夏になると決まって飲むのは、木下酒造(京都府京丹後市)の「玉川Ice Breaker(アイスブレーカー)純米吟醸無濾過生原酒」。ペンギンのイラストをあしらった涼やかなブルーのラベルが印象的なお酒です。

氷をたっぷり入れた大きめのグラスに注いで飲むと、もうたまりません。「夏が来た」という気分を強く味わわせてくれる、私にとっての夏の必須アイテムです。

・ひやおろし

「ひやおろし」とは、冬に造り、春先に搾ったお酒を夏の間貯蔵し熟成させ、秋に出荷するもののことです。秋が到来する頃、居酒屋の前に「ひやおろし」と書いたのぼりが立っているのをよく見かけますよね。「秋上がり」「秋晴れ」とも呼ばれています。

火入れは貯蔵前の1回のみという、いわゆる「生詰め酒」半年ほど熟成させることによって、フレッシュ感は残しつつも、まろやかで深みが増し、バランスの取れた味わいが楽しめます

「ひやおろし」という名前の語源は、2回目の火入れをおこなわない「ひや=生」のまま、「おろし=出荷する」だとされています。

江戸時代からあった技法ですが、今のように知名度が上がり人気が高まったのは、1975年に卸売業を手掛ける株式会社岡永(名門酒会)が秋の限定酒として売り出したことがきっかけだとか。

秋は、食材が旨味を増し食卓が豊かになる季節。ひと夏を酒蔵で過ごし味わいが深まった「ひやおろし」を。これらの美食とともにいただくと、得も言われぬハーモニーを奏でてくれます。