酒蔵についてその3

酒蔵が挑戦する酒米づくり

酒造りは米作りから!酒蔵が挑戦する酒米づくり

酒蔵が挑戦する酒米づくり

多くの酒蔵では、日本酒造りに使う酒米は、地域のJAや農業組合から購入するのが一般です。しかし、近年では、組合などを通すことなく、直接契約を結んだ農家から酒米を仕入れている酒蔵も増えてきました。直接契約は、酒蔵・農家双方にとって大きなメリットがあります。酒蔵としては、自分のところで使いたい品種や希望する栽培方法を指定して農家に作ってもらうことが可能です。

また、農家にとっても、収穫した分を必ず買い取ってもらえるため栽培計画が立てやすくなります。どんな種類の酒米をどういった方法で造ったら、どういう酒質に仕上がり、そして消費者からはどういう反応があったかを酒蔵と農家で共有することは、双方の協力体制を強固なものにし、米作り・酒造りに対するモチベーションのアップに資するものといえるでしょう。

さらに、近年では、もう一歩進んだ動きも見られるようになりました。酒蔵自身が、米作りにも積極的に取り組むところが現れてきたのです。その代表格の酒蔵をいくつかご紹介しますね。

まずは、大阪最北部に位置する秋鹿酒造(大阪府豊能郡能勢町)。創業以来120年近く続けてきた米作りと酒造りの兼業経験を生かし、現在も奥裕明社長自らが、米作りをおこない、かつ杜氏として酒造りの総指揮もとっている「農醸一貫」の酒蔵です。さらなる安全で良質な酒米を作ろうと、1995年からは山田錦の無農薬栽培にチャレンジ。

そして、2012年には「循環型無農薬有機栽培」を実践しました。これは、自社田11ヘクタールすべての肥料に、籾・米ぬか・酒粕のみを使用するという取り組みです。ここまでお米にこだわり抜く秋鹿酒造が醸す日本酒は、もちろん全量が純米酒。すぐれたお米づくりに対する姿勢は、酒質にも大きく反映されています。

続いては、泉橋酒造(神奈川県海老名市)。「酒造りは米作りから」という信念のもと、酒米作りから精米・醸造まで一貫して責任を持っておこなうという、全国的にも珍しい「栽培醸造蔵※」として知られています。

泉橋酒造は、地元の酒米生産者、JA、神奈川県の農業技術センターなどの協力を仰ぎ、「さがみ酒米研究会」という研究・栽培会を組織。海老名市、座間市、相模原市で酒米の栽培に取り組んでいます。栽培面積は2017年の段階で、合計約44ヘクタールまで広がりました。泉橋酒造で使う酒米の90%以上は地元産で、泉橋酒造自身も、約7ヘクタールの田んぼでお米を自社栽培しています

泉橋酒造のシンボルマークといえば、赤とんぼ。酒蔵でも、赤とんぼのオブジェが訪れる人をほんわかと迎え入れてくれます。赤とんぼは、お米が育つ田んぼでお米と一緒に育ちます。健やかに成長し、子孫を残していくためには、安全な田んぼが欠かせません。泉橋酒造では、秋の空にたくさんの赤とんぼが飛び交う、そんな故郷をつくり、そして安心して味わうことができる日本酒を造り続けたいという想いを赤とんぼに込め、減農薬栽培や無農薬栽培にも積極的に取り組んでいます

橋場友一社長は、こうおっしゃっています。「田んぼは私たちの子孫からの預かり物。未来から預かっている田んぼだから、できるかぎり良い状態で守っていきたい。」と。この真摯な姿勢と熱い想いで、安全で美味しい日本酒ができているんですね。

※栽培醸造蔵は、泉橋酒造の登録商標です

 

オーガニックに取り組む酒蔵も増加

オーガニックに取り組む酒蔵も増加

近年、有機(オーガニック)に対するニーズが高まりを見せています。この流れを受けて、農薬や化学肥料を一切使用しない有機栽培米の使用を積極的に推進している酒蔵は、年を追うごとに増加傾向に。そして、国内外での有機認証を取得している酒蔵も現れてきました

そのひとつが、天鷹酒造(栃木県大田原市)。日本、アメリカ、欧州連合(EU)において有機認証を得ている数少ない酒蔵です。有機認証とは、生産者が有機の基準に沿って生産したものであることを、第三者の認証機関が証明するもの。中立で信頼できるシステムとして、世界各地で実施されています。日本では、国際基準に合わせて1999年にJAS法に基づいた有機食品の検査認証制度(有機JAS制度)が創設され、統一基準が決められました。

天鷹酒造が有機米を使って醸した有機日本酒「天鷹」は、私もいただいたことがあります。以前、酒蔵に行った際に尾﨑宗範社長からお聞きしましたが、有機米で造った日本酒は、お米本来の甘みと旨味から来る優しい味わいに仕上がるのだそうです。中でも大吟醸酒は、ベルベットを思わせるような、なめらかな舌触りに。なんとも官能的なテクスチャーでした。

天鷹酒造は、オーガニックにさらなる意欲を見せ、2018年1月には、有機原料米を生産する子会社、天鷹オーガニックファーム(株)を設立しています。今後の動きから目が離せませんね。

また、「オーガニック竹林」を醸す丸本酒造(岡山県浅口市)も忘れてはいけません。1987年より原料米栽培を開始した丸本酒造は、酒米のさらなる向上を求めて、有機栽培に熱心に取り組んでいる酒蔵です。

丸本酒造も、日本、アメリカ、欧州連合(EU)において有機認証を取得しています。農薬も化学肥料も一切使わず、自然の力だけを利用した栽培方法による有機米は生命力が強く、味わいも豊かです。新酒が素晴らしいのはもちろんですが、長期間貯蔵して熟成させたときの口当たりのまろやかさや風味は絶品です。ちなみに「竹林」という名前の由来は、近くの竹林寺山から流れる伏流水を仕込み水として使用していることから来ているそうです。爽やかな緑を感じさせる、涼やかな名前ですね。

 

こんなにある!貯蔵方法のバリエーション

貯蔵方法のバリエーション

日本酒は、一般的には、蔵の中のタンクで貯蔵されます。しかし中には、たいへんユニークな貯蔵方法を採用しているところも。ここでは、ちょっとビックリするような個性豊かな方法についてご紹介していきます。

・隧道(ずいどう)貯蔵

隧道とは、トンネルのこと。この一風変わった貯蔵をおこなっているのが、喜久水(きくすい)酒造(秋田県能代市)

旧国鉄のトンネルの跡地を日本酒の貯蔵庫として使用しているのです。その名も「地下貯蔵研究所」。国の登録有形文化財にも指定されているこの貯蔵庫は、歴史のロマンあふれるレンガ造りで、全長約100メートル、高さ4.6メートル、幅3.7メートル約100坪もの広さを誇ります。明治時代に竣工した旧奥羽本線の第一鶴形隧道として使用されていたものを、喜久水酒造が1996年にJRから購入しました。地下貯蔵研究所は無料での見学会を実施しているので、興味のある方は是非行ってみてください(要予約)。

宗玄酒造(石川県珠洲市) も、トンネルを活用していることで有名です。3つある蔵のうちのひとつが、2013年からスタートした「隧道蔵」2005年に惜しまれつつも廃線となってしまった「のと鉄道能登線」の跡地と隧道の一部を修復して、貯蔵蔵として活用しているのです。

ちなみに、宗玄酒造では、「隧道蔵オーナー倶楽部」なるシステムを導入しています。好きなお酒を6本購入し、年間維持管理費(2018年現在で1,080円)を支払うと、オーナー名の入った専用棚で貯蔵・熟成してもらえるのです。かく言う私も、酒蔵を訪問した記念にオーナーになってきました。隧道蔵は、日頃はなかなか見学できませんが、年に一度の蔵開きでは一般公開され、社員の方が詳しく説明してくれますよ。

・洞窟貯蔵

全国でもかなり珍しい洞窟を貯蔵に利用する酒蔵が、島崎酒造(栃木県那須烏山市)です。戦後忘れ去られていた約600メートルにも及ぶこの洞窟は、もともとは第二次世界大戦末期に戦車を製造するために建造された地下工場。結局、戦車を製造することはないままに終戦を迎えました。

戦後、長らく忘れ去られていたこの洞窟を、島崎酒造が1970年から地主から借り受けたのです。それ以来、大吟醸の熟成古酒「熟露枯」(うろこ)の貯蔵などに使用しています。洞窟は2012年には土木学会選奨土木遺産に選出され、「東京動力機械株式会社地下工場跡」の名前で登録されました。

4月~11月の間は、土日祝日・ゴールデンウィーク・お盆の期間に一般開放されているので、見学が可能です。ちなみに、島崎酒造の代表銘柄のひとつは「東力士」(あずまりきし)。創業者が、相撲好きが高じて名付けたものだとか。お酒の名前に自分の好きなものを盛り込むと、お酒造りが楽しくなりそうですね。

・海底坑道貯蔵

日で本唯一稼働している海底炭鉱を貯蔵に利用するという、これまた変わった酒蔵も。そのチャレンジャーとは、福司(ふくつかさ)酒造(北海道釧路市)「海底力(そこぢから) 純米吟醸」という日本酒を、海底よりさらに下に掘られている炭鉱の坑道で貯蔵・熟成しています。

人気がとっても高く、発売するとあっという間に売り切れてしまうのだそう。私もいつか飲んでみたいお酒のひとつです。

・鉱山貯蔵

廃坑になった鉱山を貯蔵に使うのは、山陽盃(さんようはい)酒造(兵庫県宍粟市)

銅や銀、それに日本国内でも数少ない錫(すず)を産出していた明延鉱山(あけのべこうざん)の坑道に、「明壽蔵」(めいじゅぐら)を作りました。冬に出来上がったお酒を坑道内でじっくり穏やかに熟成すると、味に何とも言えない深みとまろやかさが出てくるのだそうです。

山陽盃酒造の代表銘柄は「播州一献」(ばんしゅういっこん)。「播州」とは、兵庫県南西部の地域のこと。「一献」とは、「一杯のお酒」を表します。よくドラマの時代劇などで、「ささ、一献。」なんて言っているのを耳にしますよね。つまりは、「播州産の米と水を使った播州のお酒を、一献どうぞ」の意味。その土地の自然、お米、お水に対する強い愛情と深い自信がうかがわれる名前ですね。

・甕(かめ)貯蔵

「月の桂」(つきのかつら)を醸す増田德兵衞商店(京都府京都市)が取り入れている貯蔵方法です。増田德兵衞商店は「にごり酒」の元祖として名高いところですが、実は「古酒」の元祖とも言える酒蔵でもあります。先代の社長が醸造学の権威である故・坂口謹一郎東京大名誉教授からのアドバイスを得て、1960年代から造り始めたそうです。

江戸時代に著された、庶民の日常的な食物全般について解説した『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん)に、磁器の甕でお酒を寝かせ、何年経つとどんな味になるのかについて細かく書いてあったことを参考にし、特製の磁器甕を採用したのだとか。古酒が入った磁器甕が奥までずらっとたくさん積み重ねられた様は、壮観そのものです。

・水中貯蔵

実は、水の中に沈めて貯蔵する方法というものも存在するんですよ。

そのひとつが、海中での貯蔵熟成。まだまだ数が少ないことから、なかなか出会えないレアなお酒とされています。この海中貯蔵に挑むのは、「海中熟成酒プロジェクト」。2013年より始まった新しい試みです。毎年秋に南伊豆中木沖の水深約15メートルの海底に沈め、およそ7か月かけて、ゆっくりと熟成させていくというもの

海の中では、波によりとても細かく振動するため、蔵の中で貯蔵するのに比べて、ずっと味わいがまろやかになると言われています。「達磨正宗」(だるままさむね)を醸す白木恒助 (しらきつねすけ) 商店(岐阜県岐阜市)などが、このプロジェクトに参加しています。

また、ダムの湖底に沈めるというこれまた珍しい方法に挑戦するプロジェクトも登場。大阪府営滝畑ダム(大阪府河内長野市)の湖底で地酒を熟成させようという取り組みで、河内長野市や地元の酒蔵である西條などが官民一体となって2017年12月に始めた企画です。水深25メートルの湖底に日本酒を沈め、2018年5月まで寝かせた後に引き上げ、その大半は、ふるさと納税の返礼品として活用されました。この地域の新たな特産品として根付いていくと面白いですね。

ちなみに、このプロジェクトに使われたお酒は、西條が醸す「天野酒」(あまのさけ)。その昔、かの豊臣秀吉が好んで飲んでいたと言われるお酒を復活させたものです。秀吉も、もしかしたら草葉の陰で、このダムの湖底で熟成させたお酒を飲みたがっているかもしれませんね。

・雪中貯蔵

新潟県などの豪雪地帯では、長く厳しい冬が数か月間にわたって続きます。暮らしていく上で厄介な存在にもなる雪ですが、そこに住む人たちは、昔から、この天敵とも言える雪を、知恵と創意工夫で有効利用することに長けています。そのひとつが「雪室」(ゆきむろ)。雪の中で食べ物などを貯蔵する、いわば「天然の冷蔵庫」です。この雪室は、日本酒の貯蔵にも用いられています。

全国的に有名な「八海山」を醸す八海醸造(新潟県南魚沼市)も、雪室での雪中貯蔵を積極的に活用しています。冬の間に降り積もった約1,000トンもの雪を蓄えた日本最大級の雪室は、2013年に完成。この巨大な雪室というものに興味を惹かれて私も見に行きましたが、圧倒的なボリュームと圧巻の大迫力でした。この雪室には、日本酒を2,000石(36万リットル、一升瓶で20万本分)貯蔵できるタンクを設置。

ここで貯蔵・熟成させたお酒「純米吟醸 八海山 雪室貯蔵三年」は、穏やかな香りと、ほど良くスッキリとした旨味が特徴です。3年間雪の力だけで低温熟成されたため、熟成香はほぼ感じられず、まろやかさを増したお酒に仕上がっています。熟成酒特有の独特の強い香りを味が苦手という方にオススメです。

これまで挙げた方法はどれも個性的ですが、実は大きな意味を持つ共通点があります。それは、いずれも、年間を通じて温度が一定で、紫外線が入らないということ。日本酒は急激な温度変化や直射日光にはとても敏感なデリケートな飲み物です。どんなに丹精を込めて丁寧に造った美味しい日本酒でも、貯蔵方法が悪ければ台無しになってしまいます

もしもチャンスがあれば、ここでご紹介した日本酒を是非試してみてください。トンネルや洞窟、海中などで貯蔵されていた様子に想いを馳せながら、貯蔵熟成方法違いによる飲み比べをするのも楽しいかもしれませんよ。日本酒は味そのものもさることながら、裏に秘められたストーリーも味わいのひとつを構成する大事な要素ではないかな、と私はいつも思っています。