杉玉

校訓は「幸醸心」。酒造り体験もできる「学校蔵プロジェクト」

学校の教室

「学校蔵プロジェクト」とは、「真野鶴」(まのつる)を醸す尾畑酒造(新潟県佐渡市)が、廃校になった小学校を仕込み蔵として再生するという新しい取り組みです。

その学校とは、「日本で一番夕日がきれいな小学校」とうたわれながら、少子化のために2010年に惜しまれつつも歴史に幕を下ろした佐渡市の旧・西三川小学校。尾畑酒造は、その貴重な木造校舎を日本酒酒造りの場として見事復活させ、2014年に稼働を開始しました。

本社で冬の間に仕込みをおこなうため、学校蔵では夏場を中心に酒造りをしています。学校蔵の校訓は、「幸醸心」。未来を醸す酒造りがポリシーだそうです。造る銘柄はと言うと、その名もずばり「学校蔵」。2017年にはタンク4本分のお酒を仕込みました。ただし、清酒製造免許の関係で、今の時点では日本酒ではなくリキュール扱いとなっています。

学校蔵では、酒米はすべて佐渡産にこだわっています。使用するお米は、牡蠣殻農法という特殊な方法で栽培された「越淡麗佐渡の特産品である牡蠣殻をドラム缶に入れて水田に引く水を浄化したり、粉末にして田んぼの土に混ぜたりする農法です。

ここで作られたお米は、朱鷺(とき)が生息しやすい環境に配慮した「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」にも認定されています。学校蔵では、さらに驚いたことに、酒造りに利用するエネルギーも、オール佐渡産にするのが目標だとか。東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)との共同プロジェクトの一環で設置した太陽光パネルを用いて発電し、現在使用している電気の全部が自然再生エネルギーなのだそうです。

この学校蔵のユニークなところは、「酒造り体験」がおこなえること。実は毎年夏に、仕込み体験者を募集しており、タンク1本につき3名前後、1週間の仕込み体験の希望者を受け入れているのです。1~2日という短期間での体験を提供している酒蔵は少なくありませんが、1週間というのはかなり長く、本格的な体験と言えます

長期滞在しながら酒造りを学ぶことによって、ブランド、お酒、そして佐渡のファン作りにつなげることが目的だそうです。国内にとどまらず、海外からの問い合わせも増えており、2018年にはスペインで「絹の雫」という日本酒を造る醸造家、アントニオ・カンピンスさんも参加しました

ご興味のある方は、こちらの公式サイトで募集要項などをチェックしてみてください。

https://www.obata-shuzo.com/home/gakkogura/

 

高校に酒蔵が!?田布施農工高校「酒造蔵部」とは

めがねとノートとペン

学校つながりということもあり、高校生の日本酒造りについてもここでご紹介します。「えっ、未成年の高校生がお酒を造ってもいいの?」と誰もが疑問に思うこの取り組みをおこなっているのは、山口県立田布施農工高校です。

田布施農工高校は全国で唯一、酒米の栽培から精米、麹造り、もろみ造り、搾り、瓶詰めにいたるまでのお酒造りにおけるすべてのプロセスを一貫して、学校内にある酒蔵で学ぶことができる高校なのです。酒造りをおこなっているのは、その名も「酒造蔵部」(しゅぞうくらぶ)。れっきとした「部活動」です。

酒造蔵部の生徒たちは、15歳~18歳。当然のことながらお酒を飲むことは年齢的にできません。そこで、香りや色などをもとにした酒造りをおこなっています。そして、気になる彼らの醸したお酒の出来栄えはというと、高校生が造ったとはとても思えない美味しさだそうです。

そんな本格的な酒造りをみっちり学んだ生徒たちは、即戦力になりうるまさに金の卵。いろいろな酒蔵から引く手あまただそうで、卒業生の中には、あの「獺祭」でおなじみの旭酒造(岩国市)や、「五橋」を醸す酒井酒造(岩国市)といった、山口県内の有名蔵に就職した人もいるのだとか

そんな高校生が醸した貴重なお酒、私もかねがね飲んでみたいと思っているのですが、残念ながら私たちは購入することができません。田布施農工高校は、お酒を一般に販売しても良い免許を持っていないのです。ですから、今のところ買えるのは、この学校の教職員だけなのだとか。話題性もあるし絶対に売れると思うので、もったいない話ですよね。なんとか一般への販売ができるように活動中だそうなので、一日も早く実現することを願ってやみません。

酒造蔵部の最近の活動ですが、2018年には、「原田」を醸す酒蔵はつもみぢ(周南市)とコラボ。酒造りを通じて集めたさまざまなデータを分析できる機会を求めていたところ、はつもみぢが協力してくれることになったそうです。完成したお酒は、「清春」(せいしゅん)と名付けられました。高校生が「清酒」に「青春」をかけた熱い情熱がたっぷりこもったこのお酒は1,000本の限定生産。

田布施農工高校では販売していませんので、お問い合わせは、はつもみぢまでお願いしますとのことです。

 

若き蔵元たちが、次々にユニットを結成!

酒樽と醸造

近年、酒蔵では世代交代が進み、若い蔵元が数多く誕生しています。そんな彼らが、同じエリアで日本酒を醸す者同士でチームを結成し、地元のお酒をみんなで盛り上げていこうとする動きが、ここ数年間で活発化しているんです。ここでは、その代表的なユニットをいくつかご紹介しますね。

・秋田県「NEXT5」(ネクストファイブ)

日本酒業界でいちばん有名な酒蔵ユニットといえば、秋田県の「NEXT5」を挙げる人が多いでしょう。「山本」を醸す山本合名会社(山本郡八峰町)、「一白水成」の福禄寿酒造(南秋田郡五城目町)、「新政」の新政酒造(秋田市)、「春霞」の栗林酒造(美郷町)、「ゆきの美人」の秋田醸造(秋田市)の5社の若手蔵元からなるグループです。

これらの酒蔵はいずれも経営的に苦しい環境にありました。しかし、そんな現状を打破し、「秋田の日本酒業界の未来は俺達が牽引するんだ!」という熱く強い想いと高い志を抱く若手が集結したのです。そして彼らが考えついたのが、みんなで技術や情報を出し合ってひとつの酒を共同醸造するというアイディアでした。

実は、杜氏の持つ酒造りの技術というものは、それぞれの酒蔵が秘匿しており、外部にオープンにすることはありませんでした。そういった業界の古い因習やしがらみにとらわれることなく始まった彼らの試みは、実に画期的かつ奇想天外なものだったと言えるでしょう。

NEXT5は、年に一度、ひとつの日本酒を共同で醸造しています。まず、製造場所である当番の酒蔵を決め、そこにほかの4蔵がそれぞれ原材料や仕込み水、酒母、麹を持ち込んで一緒にお酒造りをするというのが彼らのルール。担当蔵は持ち回り制なので、毎年変わります。彼らが知恵を出し合って醸す、個性的でありテーマ性に富んだお酒は、もちろんクォリティもすばらしいものばかり。毎年発売されるたびに日本酒ファンの間で大きな話題となっています。

2010年にスタートしたこの共同醸造酒プロジェクトは、当初は秋田県の素材をテーマに押し出した日本酒を醸していました。2015年に担当蔵が一巡すると、今度は国内外の他ジャンルで活躍する第一人者とのコラボレーションへのチャレンジを開始。世界的なDJであり現代最高峰のテクノアーティストと言われるリッチー・ホウティン氏や、現代美術家の村上隆氏、建築家の田根剛氏といった、次々に繰り広げられる異能の感性とのコラボは化学反応を起こすには充分。

そして2018年には、モーニング(講談社)で連載された山田芳裕氏のマンガ『へうげもの』とのコラボが実現しています。『へうげもの』は、戦国時代に織田信長や豊臣秀吉に仕えた武将・古田織部が主人公の歴史漫画で、アニメ化もされた人気作品ですから、知っている方も多いのではないでしょうか。このプロジェクトで製造する共同醸造酒は、四号瓶(720ミリリットル)で8,000本程度。ほぼ予約段階で完売してしまうそうなので、早い者勝ちですね!

・宮城県「DATE SEVEN」(ダテセブン)

秋田県のNEXT5に負けじとばかりに、宮城県の若手・中堅の7蔵が結集したユニットが、その名も「DATE SEVEN」。

集まったメンバーはというと、伊達政宗公を藩祖とする伊達家の御用蔵で「勝山」を醸す仙台伊達家勝山酒造(仙台市)、「墨廼江」(すみのえ)の墨廼江酒造(石巻市)、「伯楽星」の新澤醸造店(大崎市)、「山和」(やまわ)の山和酒造店(加美郡加美町)、「萩の鶴」の萩野酒造(栗原市)、「宮寒梅」の寒梅酒造(大崎市)、「黄金澤」(こがねさわ)の川敬(かわけい)商店(遠田郡美里町)。宮城県といえば仙台、仙台と言えば「七夕」と「伊達政宗」でしょう!ということから名前が決まったのだそうです。

DATE SEVEN は2015年から、各蔵が、精米、洗米、麹造り、酒母、もろみ管理、搾り、それと全体統制を分担して、共同醸造酒を醸しています

第1弾は、山和酒造店がリーダー蔵となり純米大吟醸酒、第2弾は新澤醸造店でスパークリング、第3弾は萩野酒造で生酛に挑戦、第4弾は川敬商店がメインに、宮城県産の飯米「ひとめぼれ」を使った純米大吟醸酒を完成させました。そして第5弾のリーダー蔵を務めるのは、墨廼江酒造。より宮城らしく、より革新的な日本酒を目指しているそうです。

ちなみに、出来上がったお酒は、毎年7月7日の七夕の日に解禁。7にこだわり抜いていて、実に粋な感じがします。さすがは、お洒落の代名詞「伊達者」の語源になっている武将・伊達政宗公のお膝元だけのことはありますね。こちらもNEXT5に劣らぬ人気で、毎年完売しています。

・山形県「山川光男」(やまかわみつお)

「山川光男?人の名前でしょ?」と初めて見たとき私も驚いた独特のセンスのネーミングは、山形県の若手4蔵によるユニットの名前です。

水戸部酒造(天童市)が醸す「山形正宗」の「山」、楯の川酒造(酒田市)の「楯野川」の「川」、小嶋総本店(米沢市)の「東光」(とうこう)の「光」、男山酒造(山形市)の「羽陽男山」(うようおとこやま)の「男」というように、それぞれの代表銘柄から一文字ずつ取って名付けられました。

「山川光男」の共同醸造酒造りは2016年にスタート。小嶋総本店から発売されたのを皮切りに、4蔵が交代をしながら毎年3本ペースで新商品をリリースしています

実は、山川光男は、擬人化されています。ラベルには、なんとも形容しがたいユル~いタッチで描かれたおじさんのキャラクターが毎回登場。天童の特産品・将棋を指したり、山形のソウルフード・芋煮をパクついたり、などなど郷土・山形県への愛情と愛嬌たっぷりの姿が実に味わい深く、一度見たら忘れられない存在感を放っています。

ちなみに、山川光男はなんとLINEスタンプにもなっているんですよ。腰の低い謙虚な姿勢のイラストとメッセージは、酒飲みゴコロのツボに刺さります。

山形県は、他県に比べて蔵元同士の関係が親密なのが特徴だそうですが、その中でも、特に志を同じくする若い世代が集結して始まった、この新たなプロジェクト。これから色々な面白いことをやって、山形県の魅力を国内外に向けてどんどん発信していって欲しいですね。毎回変わる、山川光男さんの新たなラベルデザインも楽しみです。

・名古屋市「ナゴヤクラウド」

こちらは、県単位ではなく、名古屋市限定のユニットです。さすが大都会かつ地元愛が濃いことで知られる名古屋ですね。「東龍」(あずまりゅう)を醸す東春(とうしゅん)酒造、「金虎」(きんとら)「虎変」(こへん)の金虎酒造、「神の井」の神の井酒造、「鷹の夢」の山盛(やまもり)酒造の4蔵の若手後継者と社員が結集して、2014年に立ち上げられました

この「ナゴヤクラウド」という名前は、酒造りをおこなう「蔵人」(くろうど)」、「群れ」を意味する英語「crowd」(クラウド)、「それを活かす仕組み」(IT用語のクラウドシステム)などの意味を込めて付けられました。既存の枠組みにとらわれることなく、若いパワーで名古屋の日本酒を盛り上げるべく日々精力的に活動をおこなっています。

中でも力を入れているのがイベントへの出展。用意した4蔵の日本酒を飲み比べてもらうなど、特に若い世代に向けたPR活動に積極的に取り組んでいます。今後は4蔵による共同商品の開発も企画しているそうなので、どんな個性を持った共作が誕生するのか、今からワクワクです。

 

20代の蔵元&杜氏がつなぐ、酒造りのバトン

カフェでくつろぎながら「20代の蔵元&杜氏がつなぐ、酒造りのバトン」と話す若い女性

20代の若者だけで造るという、画期的な日本酒の銘柄をご存知でしょうか。その名も「二才(にさい)の醸(かもし)」。2014年に石井酒造(埼玉県幸手市)で産声を上げました。

26歳という若さで8代目蔵元を継いだ石井誠社長が、日本酒になじみの少ない同世代でも、同じ20代が醸したものなら関心を持ってもらえるのではないか、という考えから、20代の杜氏とともに造りをスタートした試みです。「二才の醸」という銘柄の名前は、青二才から「青」を取り名付けられました。100以上の候補の中から話し合いを繰り返して決めたそうです。異色の若手酒蔵によるチャレンジとして、当初からさまざまなメディアで取り上げられ、大きな反響を呼びました。

この「二才の醸」は、あくまでも”20代だけのブランド”がコンセプト。 2016年に、杜氏が30歳になるにあたって、石井酒造はなんとこの銘柄を、20代の次期蔵元兼杜氏の渡辺桂太さんが活躍している宝山(たからやま)酒造(新潟県新潟市)に譲渡したのです。銘柄の引継ぎとは、まさに前代未聞。日本酒ファンを驚かせるには充分な出来事でした。徹底的に“若手の挑戦”にこだわり抜いているというわけですね。

このとき、宝山酒蔵では、次期蔵元以外にも、営業兼販売担当、酒ラベルデザイン担当、原料米生産農家までオール20代だったそうで、あらためてその若さに驚きました。

そして、2018年には、宝山酒造の渡辺さんが30歳を迎えたため、青木酒造(茨城県古河市)が「二才の醸」の3代目を継承しました。青木酒造の専務・青木知佐さんは社長の次女で、看護師として大学病院に勤めていた経歴の持ち主。はじける笑顔がとてもキュートな女性です。若い感性と女性ならではの視点で、きっと「二才の醸」に新風を吹き込んでくれることでしょう。

3代目への引継ぎ式は、7月に東京・原宿で開催されました。私も参加しましたが、石井酒造・宝山酒造・青木酒造の3蔵をはじめとする関係者や日本酒ファン約50人が集まり、各蔵のお酒を楽しみながらその門出を祝いました。

ところで、石井酒造の石井社長は、「二才の醸」以外にも、革新的な活動を日々展開しています。そのひとつが、クラウドファンディングを使ったアプローチ。特殊な蓄熱技術を持つシャープとのコラボレーションで実現した純米吟醸酒「雪どけ酒 冬単衣(ふゆひとえ)」を造るにあたり、クラウドファンディングサイト「Makuake」を活用したのです。

シャープの液晶技術から生まれた蓄冷材料を応用した保冷バッグで、なんとマイナス2℃まで冷やして味わうお酒は、これまでになかった全く新しい「氷点下」の日本酒体験。口に含んだ瞬間はキリッとした氷点下の冷たさが心地よく、そのあとだんだん雪が解けていくかのように、香りがふわっと立ち上がり、甘みの花がやさしく開く逸品です。

また、石井社長は日本酒業界ではおそらく初めてのYouTuberデビューも果たしています。アカウント名は、「並行複発酵_日本酒YouTuber」。日本酒の発酵システムを名前にするとは、本当に型にはまらない独創的な発想の持ち主です。酒米の王様「山田錦」で卵かけご飯を作って食べてみたり、ここでしか聞けない本音トークがさく裂していたりして、なかなか面白いですよ。

ご興味のある方は、良かったらこちらのアカウントをチェックしてみてください。

https://www.youtube.com/channel/UCXAiDz7Qt5fVBN7f0hpBUTQ