籠に入ったたくさんのおちょこと徳利

1980年代まで、日本酒は温めて飲むものだった

小さな鍋で徳利に入った日本酒を温める

近年、吟醸酒や無濾過生原酒、スパークリングタイプなどが高い人気を誇る日本酒。いずれも冷やして飲むと美味しいタイプです。

香りを堪能できるということに加え、ワインのようにオシャレ感が演出できるとういうこともあり、ワイングラスで日本酒を楽しむというスタイルも定着しつつあります。

しかし、冷やして飲むスタイルが広まったのは、比較的最近のこと。吟醸酒や生酒が普及し出した1980年代の頃からなのです。

それ以前は、日本酒は、長きにわたってお燗にして飲まれるのが一般的でした。

昔の日本酒は、現代の私たちが飲んでいる日本酒に比べて重く、また酸味も強いものがほとんどだったので、お燗にすると美味しくなりました。

また、今より気候が寒冷で、なおかつ住宅事情も悪かったため、体を温めるためにも、お燗酒が好まれたようです。

お燗酒は人々にとってかけがえのない存在でした。文化人にも、温かいお酒を愛した人が多く、奈良時代の歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)も『万葉集』の「貧窮問答歌」で、「糟湯酒(かすゆざけ)うちすすろひて・・・」と詠んでいます。

糟湯酒とは、お酒の糟をお湯で溶かした飲み物のことです。また、明治時代の文豪・幸田露伴も、お燗酒を好んだ一人。「酒は心を注(つ)げ」という名言を、娘に教えていたそうです。

その昔、多くの料亭や小料理屋などには、「お燗番」と呼ばれるお燗担当者がいました。主にお燗番に就いていたのは、女将を引退したお婆さんたち。

鉄瓶の前に陣取って、お客の様子や料理の流れをうかがいながら、それに合わせて温度を細やかに調整し、ベストなタイミングで提供していたという、まさにおもてなしのエキスパートだったのです。

 

お燗酒には、嬉しい効果がいっぱい

丸くて白いおちょことお惣菜、そして手前に置かれた箸

冷やして飲むスタイルがすっかり定着した感のある日本酒ですが、ここのところ、またお燗酒の魅力を見直す人が増えています。

それは、お燗酒が美味しいのはもちろんですが、他にも嬉しい効果があるからなのです。

~お燗酒は、体に優しい~

ヒンヤリ感が心地良い冷酒ですが、危険なところは、アルコールの吸収の遅さ

摂取したアルコールというのは腸から吸収されて、その後肝臓を通り、脳へと到達して酔いを感じるようになっています。

しかし、冷たいお酒は吸収に時間がかかるため、酔いを感じる前にどんどん量を飲んでしまい、酔っていないつもりで油断していると、急激に酔いがまわってきてしまうのです。

恥ずかしながら、私も幾度となく経験しています。時には突然気持ちが悪くなってしまうことも。喉越しが良いこともあってついつい飲みすぎてしまいがちな冷酒ですが、このポイントだけは要注意ですね。

一方、アルコールが早く吸収されるのが、お燗酒。そのため、飲んだら飲んだ分だけ、早い段階で酔いがまわってきます。

つまり、自分がどれくらい酔っているのかを自分でチェックすることが可能。早めに適量を教えてくれるため、飲み過ぎと悪酔いを防止することができるというわけなのです。

ですから、体に負担をかけない優しい飲み方と言えるでしょう。

また、お燗酒には、その温かさが胃を活性化するという効果もあります。そのため、お料理やおつまみがさらに美味しくいただけるように。消化も良くなるため、胃もたれや二日酔いの予防にも威力を発揮します。

また、料理に含まれる油脂を溶かしてさらりと流してくれ、口の中をサッパリさせてくれるというメリットも。

~お燗酒は、強力なコミュニケーションツール~

お燗酒は、徳利とお猪口でいただくことが多いですよね。お互いに「さしつさされつ」しあいながら飲むため、自然とコミュニケーションの回数が増えていきます

親しい仲間や家族とはもちろんですが、初対面の人とも「まあ、おひとつ」などと注ぎ合うことで、気軽にコミュニケーションをとることができるのが嬉しいところです。

私もちょくちょく日本酒の会に参加しますが、そこでお燗酒が出てきたりすると、初めて会う人とでも、すぐに打ち解けることができます。

人見知りな性格の人や、初めてのデートには、お燗酒がオススメかもしれません(笑)

 

お燗にすると美味しくなるお酒のタイプとは?

テーブルに置かれた徳利とおちょこ

お燗酒にいろいろな嬉しい効果があることはわかったけど、いったいどんなお酒がお燗に向いているのかわからない・・・という人も多いかもしれませんね。

実を言うと、基本的には、どんなタイプの日本酒もお燗は可能なんです。

特にお燗にすると美味しさが増すのは、一般的には2つのタイプが挙げられます。

1つめが、米の旨味がたっぷりとあり、濃醇な味わいで、酸味が豊かなタイプ。生酛系酒母で仕込んだ純米酒や本醸造酒などが、その代表でしょう。

2つめが、淡麗でキリッとした味わいのタイプ。辛口の本醸造酒や普通酒などがこれに当てはまります。

大吟醸酒や無濾過生原酒など、冷やして飲むのが当たり前と考えられているお酒でも、中にはお燗にすると美味しくなるものも。

昨今、画期的なペアリングスタイルが熱い注目を浴びている千葉麻里絵さんが店主を務める、東京・恵比寿の日本酒バー「GEM by moto(ジェムバイモト)」では、お燗で供される生酒も人気です。

製造工程の「火入れ」を参考に、温めた後に急冷してまた温めるという方法でお燗をするのだとか。

こうすることで、生酒は味わいが締まり、美味しさが長く続くのだそうです。次から次へと、日本酒に関するアイディアが泉のように湧く、本当にすごい方です。

日本酒を温めることで一段と風味や旨味が増すことを「燗上がり」と言います。常識にとらわれすぎることなく、自由なフィーリングで、お燗酒を試してみてください。きっと、驚きの発見があるはずですよ。

また、世界で唯一、温めて美味しい日本酒を選ぶコンテストである「全国燗酒コンテスト」も、参考になるかと思います。

審査部門は、720mlで1,100円以下(税別)のお酒を対象にした「お値打ち燗酒 ぬる燗部門(45℃)」「お値打ち燗酒 熱燗部門(55℃)」と、720mlで1,100円超(税別)のものを対象にした「プレミアム燗酒部門(45℃)」、それに、にごり酒・古酒・樽酒・極甘酒などの「特殊ぬる燗部門(45℃)」の4つのカテゴリー。

酒造技術者、酒類流通業者、酒類スクール講師などがブラインドで審査をし、5段階で評価するというものです。

お燗用のお酒は、こちらの入賞酒の中から選ぶと、当たりが見つかる確率がグッと高まるのではないでしょうか。

 

お燗のつけ方いろいろ

お燗のつけ方いろいろと話す居酒屋の女性店員

1. 湯煎燗

お燗の方法はいろいろありますが、一番のオススメは、湯煎燗です。

水は100℃で沸騰しますが、アルコールの沸点は約80℃。

なので、急激に加熱すると、アルコールだけが先に蒸発を始めてしまい、ツンと鼻に来るアルコール臭が際立ち、ビリビリした喉が焼けるようなお燗酒になってしまいます。湯煎燗で、じんわりと温めましょう

それでは、方法をご紹介しますね。

まず、お鍋に水を張り、火にかけお湯を沸かします。お湯の温度は、80℃くらいがベスト目安としては、沸騰して火を止めたお湯に1割くらいの差し水を入れた温度です。

その鍋に、お酒の入った徳利を入れます。徳利の首あたりまで浸けて、じっくりと温めましょう。この時、徳利の注ぎ口にラップをかけておくと、お酒の香り成分が揮発しないので、オススメですよ。

温める時間は、お好みの温度にもよりますが、2~3分くらいが目安です。この方法でお燗をすると、温度が穏やかに上がっていくため、風味が実にまろやかになり、柔らかな美味しさが引き出されます

沸騰した100℃のままのお湯に徳利を入れてから冷ましても同じでは?と思う方もいるかもしれませんが、一度沸点を超えるほど温めすぎたものは、ぬるくなっても、かどが立った味わいは変わりません。

「湯煎のベストは80℃」という基本をしっかり覚えておきましょう。

ちなみに、温度をきちんと測りたいという人には、温度計の購入をオススメします。

「おかんメーター」などアナログなタイプから、好みの温度を設定し、徳利の中に差しておけば、設定した温度になるとアラームで知らせてくれるデジタルタイプのものまであるので、1つ持っておくととても便利ですよ。

2. 電子レンジ燗

電子レンジでチンしてお燗をするのは、湯煎燗に比べて手っ取り早く簡単ではありますが、実はあまりオススメの方法とは言えません。

主な理由は2つ。

1つめは、電子レンジを使うと、急激に加熱されるので、過加熱状態になりやすいという点です。

2つめは、電磁波は細い部分や角張った部分に集中するという特性があるため、徳利の首の部分にばかり電磁波が集まってしまい、徳利内の上下で温度ムラが起こりやすいという点が挙げられます。

もしも電子レンジを使う場合には、徳利全体をアルミホイルで覆って加熱するなど工夫が必要です。

ただし、電子レンジの機種によっては、アルミホイルが使えないものもあるので注意してください

また、徳利ではなく、片口(かたくち)と呼ばれる、お椀のような形状で一方にだけ注ぎ口のある酒器を使えば、電子レンジでも温度ムラの少ないお燗酒ができますよ。

3. 蒸し燗

最近、日本酒ファンの間でちょっとしたブームになっているのが、この蒸し燗。日本酒を入れた徳利を蒸籠(せいろ)や蒸し器に入れ、蒸気でまるごと蒸してお燗をするという方法です。

このスタイルを提唱し始めたのは、静岡県沼津市で銘酒「白隠正宗」(はくいんまさむね)を醸す高嶋酒造の蔵元杜氏・高嶋一孝(かずたか)さんです。

高嶋さんは、「蒸し燗」ではなく、「蒸シ燗」という呼称を使用。自らを「スチームボーイ」と名乗り、ちまたでは「蒸シ燗先生」と呼ばれるほど、この燗のつけ方に惚れ込んでいます。

蒸すことで、日本酒の味わいはグッとまろやかになり、なめらかで、おかわりが止まらないくらい飲みやすくなるのだとか。

全国各地のイベントやセミナーへの出演依頼が引きを切らないくらい、高嶋さんの蒸シ燗は、注目を集めています。

4. 直火燗

ヤカンや鍋などにお酒を入れ、そのまま加熱するやり方です。

味わいは極めて辛口になりアルコール感が突出しますが、早く目的の温度まで温めることが可能です。

とは言うものの、日本酒が直接ヤカンなどに触れるので、美味しいお燗酒にはなりません。

5. いろり燗

酒器をいろりや火鉢の灰の中に斜めに差して温める方法です。鳩徳利あるいはハトカンと呼ばれる専用の徳利を用います。名前の由来は、その名のごとく、鳩のような形状をしているから。

炭火の遠赤外線と輻射熱でじっくり温められるので、お酒の風味を損なうことなく、まろやかな味のお燗酒ができあがります

現代の一般家庭に、いろりや火鉢を置いているところはあまりないとは思いますが、近年人気の高まっている古民家をリノベーションしたお店などに行くことがあったら、是非このいろり燗を試してみてください。

 

カンタン便利!一家に一つはお燗グッズを

日本酒を温める

湯煎燗はちょっと面倒、でも温度ムラのある電子レンジはあんまり使いたくない・・・そんな、ラクして美味しいお燗酒を自宅で気軽に楽しみたい、というズボラ、いえ合理的な人のために、便利なグッズがいろいろあるんです。

代表的なものをいくつかご紹介しますね。

・卓上型ミニかんすけ

家庭用お燗セットの定番といえば、やはりこれ。錫(すず)製のチロリ・陶器・木枠がセットになった卓上型のお燗酒セットです。

使い方はいたってカンタン。陶器の中にお湯を張り、お酒を入れたチロリをそのお湯に入れるだけ。電気もガスもいりません。

1合のお酒なら、だいたい90秒で50℃の熱燗にすることができます。お酒の温度は、陶器の中のお湯の量で調節が可能

また、チロリは蓋付きなので、香りもしっかり閉じ込めておくことができます。

・至福の徳利&盃

こちらはなんと、電子レンジ用お燗セット!

面倒に思われがちなお燗酒を、電子レンジで手軽に楽しんでもらえたらと、酒造メーカー・酒の専門家・有田焼の職人の三者が総力を結集して生み出した、まさに“至福の”お燗グッズなのです。

この至福の徳利は、構造上の工夫が満載。通常の徳利にある首の部分をなくし、底の突起が対流を促進することで、電子レンジでもお酒の温度が均等になるように作られています

また、盃は大中小の3サイズが付属。有田焼の白磁なので、高級感やスタイリッシュさも堪能できます。

・電子レンジ対応徳利

京都・伏見の大手酒造メーカー、月桂冠でも、電子レンジ対応の徳利を開発。

さまざまな徳利のお燗テストや、電子レンジの加熱様式の研究を経て、加熱ムラをなくす最適な構造を追求しました

首の部分を太く短くし、全体が丸みを帯びている形状を採用。そして底が加熱されやすいよう、上げ底様式になっています。

こちらはお値段も1,000円以下と、グッとリーズナブル。手間がかからないのはもちろん、お財布にも優しく、さらにお燗酒のハードルを下げてくれるグッズです。

 

アツくてクール!燗酒の魅力を伝道する“熱燗DJ”

昨今、日本酒ファンの間で話題の人物「熱燗DJつけたろう」さん。毎年1,000種類もの日本酒を飲む”熱燗マスター”として、「熱燗イベント」の普及に精力的に取り組んでいる方です。

つけたろうさんは、もともとはIT企業の管理職。友人に誘われて行ったバーで出された熱燗との出会いに衝撃を受けたことで人生が大きく変わりました。

会社員としての仕事をこなしながら、熱燗の研究という沼にどっぷりはまり込み、一升瓶や熱燗の道具は増える一方。

都心の狭いマンションには収まりきらなくなったことから、山梨県の広い一軒家に転居するという決断に至りました。

その後、会社と熱燗の二足のワラジはスッパリ辞め、熱燗一本で生きていくことに

全国各地で、熱燗イベントに引っ張りだこの、つけたろうさん。

日本酒に対する愛情を熱燗で表現するという、おそらく日本唯一の熱燗DJが織りなす、アツすぎるディープな熱燗の世界を是非一度体験してみてください。

 

燗酒がウリのお店に行こう!

夜の明かりがともる飲み屋街

確かな技術を持ったプロフェッショナルがお燗をしてくれた日本酒を楽しみたいなら、お燗酒に力を入れている飲み屋さんもオススメです。

私が時々訪れるのは、「ぬる燗佐藤」。雪冷え、花冷え、人肌燗、ぬる燗、熱燗など、0℃から55℃まで11段階にわたる温度帯で、日本酒の「温度飲み」が楽しめるお店です。

六本木、銀座、丸の内、渋谷ヒカリエ、品川駅構内エキュート品川など東京都内を中心に、横浜や大阪でも店舗を展開しています。

ネットで「燗酒 バー」などと検索して、自分の住んでいるエリアの名店を探してみてはいかがでしょうか。

 

まるっと学びたいなら、お燗講座を受けてみよう!

二つのおちょこに徳利で日本酒をつぐ

本やネットには、お燗のつけ方などについての情報はあふれていますが、直接正しいやり方を手取り足取り教えて欲しい、という熱心な人には、講座の受講がオススメです。

カルチャースクールなどでも講座はありますが、中には酒蔵自身が開講しているところもあるんです。

それは、末廣酒造(福島県会津若松市)。2005年より「お燗名人」認定制度を設け、「お燗名人育成講座」を全国各地で不定期に開催しています。

内容は、代表取締役社長である新城猪之吉さんや、ベテランの蔵人などがインストラクターとなり、講義と実技を指導してくれるというもの

まずは「燗酒の歴史と日本酒の現状」「燗酒の種類、方法、料理との相性」などの座学を受けた後、4タイプのお燗酒を実際に利き酒します。

そして、最後に修了テストを実施。見事合格すると、栄えある「お燗名人」の認定書が進呈されます。

私もお燗についてちゃんと学びたいと、何年か前にこの講座を受けたことがあります。それほど難しいものではないと言え、テストの時はやっぱり緊張しました。

それだけに、無事合格し、授与式で認定書を頂いた時はとっても嬉しかったのを今でも覚えています。