日本酒をグラスで乾杯

日本酒を飲み始めたばかりの頃、誰しもが困惑するのが、純米大吟醸酒、吟醸酒、本醸造酒、特別純米酒などなど、ビギナーにとってはちょっと多すぎる呼称の数々ではないでしょうか。

それに、生酛、山廃、あらばしり、生貯蔵など、もう何が何やらわからない!というフラストレーションを抱える人がたくさんいます。

原材料や製造方法によってさまざまなバリエーションが存在するのが日本酒です。もちろん、呼称の意味やそれぞれの特徴などを知らなくても、美味しければそれで十分楽しめます。

でも、わかるにつれてどんどん楽しくなってくるのが日本酒の奥深き世界。それに、質問されたときにきちんと答えられると、尊敬のまなざしで見られるのは、ちょっと気持ちがいいのも確かです。

せっかくですので、この機会に日本酒の呼び方に関する疑問のあれこれを一挙に解決してしまいましょう!

 

まずはここから!おさえておくべき「特定名称酒」を整理

枡の中のグラスに入った日本酒と横に飾られた桜

何はともあれマスターしておきたいのが、「特定名称酒」。これを知っておくと、遠くに思えていた日本酒の世界が、一気に身近なものに感じられるようになります。

特定名称酒とは、酒類業組合法により、1989(平成元)年に定められた基準のことです。その後、1990(平成2)年から正式に適用がスタートしました。

特定名称酒を名乗るためには、まずは麹米の使用割合(原料の白米の総重量における麹米の重量の割合)が15%以上であること、原料のお米が農産物検査法によって3等以上と認められたものであること(酒造好適米の等級は、特上・特級・1級・2級・3級・等外に分けられます)が要件となります。

そして、醸造アルコールを加えるか否かといった原料や、精米する歩合、製造方法などの違いによって、純米大吟醸酒・純米吟醸酒・大吟醸酒・吟醸酒・特別純米酒・純米酒・特別本醸造酒・本醸造酒の計8種類に分類されます。

特定名称酒は、そのほとんどが該当する名称をラベルに表示しています。ですから、特定名称酒の条件やスペック、特徴についてきちんと理解しておけば、酒屋さんでのお酒選びがぐっとラクに、そして一気に楽しくなりますよ。

 

まずは、基本の3タイプでスッキリ整理

何個かの枡と日本酒の樽とひしゃく

特定名称酒は、似たような単語が出てくるため、一見すると複雑でわかりにくいと感じる人が多いようです。

ですから、まずは、基本となる3タイプに分類して整理するところからスタートしましょう。

① 純米酒系タイプ

お米と米麹のみを原料とするお酒です。醸造用アルコールは添加していません。該当するのは、純米大吟醸酒、純米吟醸酒、特別純米酒、純米酒の4種類です。

このうち、純米酒の精米歩合にかぎっては、2004(平成16)年に要件が撤廃されたため規定されていません。そのため、精米歩合が90%といった純米酒なども登場しています

かつては70%以下と定められていた純米酒の精米歩合の要件が撤廃された主な要因としては、製造技術の発達によって、純米酒を名乗るのにふさわしいだけのクォリティの日本酒が造れるようになったことが挙げられます。

② 本醸造酒系タイプ

お米と米麹に加え、醸造用アルコールを原料とするお酒です。醸造用アルコールの使用量は規定されており、白米総重量の10%以下と決められています。

大吟醸酒、吟醸酒、特別本醸造酒、本醸造酒の4種類がこのタイプに該当します。

③ 吟醸酒系タイプ

よりたくさん磨いたお米と米麹を使って「吟醸造り」で造られたお酒です。

醸造用アルコールを添加していない純米大吟醸酒、純米吟醸酒と、醸造用アルコールを添加した大吟醸酒、吟醸酒の4種類が該当します。

吟醸酒の条件として挙げられている「吟醸造り」には明確な定義はありませんが、精米歩合の低い(つまりたくさん精米した)お米を用いて、低温でじっくりと時間をかけて発酵させ、いわゆる吟醸香を引き出す製法のことを言います。吟味して醸造することから、吟醸造りと呼ばれているわけですね。

 

さらに細かいスペックは、一覧表で俯瞰して理解

日本酒の瓶とその日本酒が入ったおちょこ

基本の3タイプについての整理ができたら、次はさらに詳細なスペックを見ておきましょう。

全8種類の特定名称酒を一覧表にまとめると、このようになります。

【特定名称名 原料 精米歩合 麹米使用割合 香味などの要件】

純米大吟醸酒 米・米麹 50%以下 15%以上 吟醸造り・固有の香味・色沢(しきたく)が特に良好

純米吟醸酒 米・米麹 60%以下 15%以上 吟醸造り・固有の香味・色沢が良好

大吟醸酒 米・米麹・醸造用アルコール 50%以下 15%以上 吟醸造り・固有の香味・色沢が特に良好

吟醸酒 米・米麹・醸造用アルコール 60%以下 15%以上 吟醸造り・固有の香味・色沢が良好

特別純米酒 米・米麹 60%以下または特別な製造方法(要説明表示) 15%以上 香味・色沢が特に良好

純米酒 米・米麹 規定なし 15%以上 香味・色沢が良好

特別本醸造酒 米・米麹・醸造用アルコール 60%以下または特別な製造方法 15%以上 香味・色沢が特に良好

本醸造酒 米・米麹・醸造用アルコール 70%以下 15%以上 香味・色沢が良好

初めのうちは、精米歩合の記憶がこんがらがって、「あれ?吟醸酒の精米歩合って何%だったっけ?」と、とっさにはなかなか思い出せないもの。

そんなときにこの表を活用してください。何度も表で確認するうちに、自然に身に付きますので、すぐには覚えられなくても心配はいりませんよ。

 

特別純米酒と特別本醸造酒の「特別」とは?

特別純米酒と特別本醸造酒の「特別」とは?と話す女性

特定名称酒の中でもとりわけ頭を悩ませるのが、「特別純米酒」と「特別本醸造酒」ではないでしょうか。

条件のひとつである「精米歩合60%以下」というのはシンプルでわかりやすいですよね。でも、「特別な製造方法」と言われても、いったいどこが「特別」なの?という疑問を持つ人は多いようです。

実は、「特別な製造方法」にハッキリとした基準というものはありません。「特別」かどうかは、それぞれの酒蔵の裁量で決めているのが実情です。

一般的に、特別な製造方法として認められるものの中には、まず原料へのこだわりが挙げられます。たとえば、酒造好適米「山田錦」を100%使用しているお酒や、無農薬のお米を使用している場合などは、「特別」と考えられています。

また、造りの方法へのこだわりも挙げられます。たとえば、大吟醸酒並みに低温で長期間発酵させたお酒や、木槽を使って搾ったお酒などは、「特別」とみなされています。

「特別純米酒」や「特別本醸造酒」を名乗るためには、これらの「特別な製造方法」について具体的にラベルに表記することが必要とされています

酒屋さんで見かけたら、是非チェックしてみてください。わかりにくければ、恥ずかしがらずにどんどん店員さんに質問するのも良いでしょう。とても勉強になりますよ。

 

同じスペックのお酒でも、呼び名が変わるときも

2本の日本酒の瓶の上部

表を見て気づいた方もいるかもしれませんが、特定名称酒の精米歩合の基準は、「50~60%」や「60~70%」などではなく、「60%以下」、「70%以下」というように上限のみが定められています

つまり、純米大吟醸酒や純米吟醸酒と特別純米酒は、原料や精米歩合が同じになる場合があるのです。吟醸酒と特別本醸造酒も同様です。

実は、条件さえクリアしていれば、どういう呼称を選ぶかは、酒蔵の自由判断にゆだねられています

たとえば、お米と米麹のみを原料として精米歩合が50%という日本酒を造ったケースを考えてみましょう。このように「純米大吟醸酒」と「特別純米酒」の条件を両方満たしている場合には、どのようにしてどちらの呼称を名乗るかを決めているのでしょうか。

一般には、「大吟醸」の特徴のひとつである華やかで甘い吟醸香をコンセプトに据えて造ったお酒は「純米大吟醸酒」と記載するようです。

これに対して、お米の持つふくよかな旨味感や、「純米」らしいボディのしっかりした味わいをコンセプトにして造ったお酒は、「純米」のイメージで飲んでもらえるようにと「特別純米酒」という呼び方を選ぶ傾向があります。

つまり、原材料や精米歩合が同じでも、どういった「コンセプト」で造っているかの違いによって、記載の違いが生まれるというわけなんですね。

 

あえて特定名称酒の記載をしない日本酒も

日本酒を鮮やかな青のデザインのグラスにそそぐ様子

酒蔵の中には、「特定名称による先入観にとらわれることなく、白紙の状態で日本酒そのものを楽しんで欲しい」という思いから、あえてラベルへの表示をおこなわないところもここ数年増えてきています。

たとえば、若駒酒造(栃木県小山市)では、「若駒」シリーズのお酒はすべて「五百万石80」「美山錦70」「雄町50」など、「使用しているお米+精米歩合」という記載をしています。特定名称酒の呼称はラベルには一切見られません

また、「仙禽」(せんきん)ブランドでお馴染みの銘醸・せんきん(栃木県さくら市)は、特定名称を名乗らないだけでなく、精米歩合を前面に押し出すこともしていません。

実は、せんきんが造るお酒は、ほとんどのものが精米歩合50%以下。つまり、どの特定名称を名乗っても大丈夫なスペックなのです。それでもあえて特定名称をうたわないのは、お酒の持つ価値は、消費者自身に原料米や造り方から総合的に判断して欲しいと考えているからだそうです。

確かに、「純米大吟醸酒」や「大吟醸酒」といった特定名称酒は、日本酒選びをする上で便利な目安のひとつです。高級な印象が強いため、ひとにプレゼントするときも、「純米大吟醸酒」もしくは「大吟醸酒」を選ぶというケースは多いでしょう。

でも、特定名称の呼称にとらわれすぎると、どうしても思い込みやイメージばかりに頼りがちになってしまうのもまた事実。

選択の幅を広げ、より多くの日本酒の魅力に触れるためにも、柔軟で自由な感性が大切になってきます。

気になったお酒があれば、知らないものでもどんどん自分の舌で実際に試してみてください。そうすれば、きっとそのたびに新たな発見が得られると思いますよ。

 

特定名称酒以外は、「普通酒」

徳利と二つの花びらが入ったおちょこ

日本酒は、これらのような特定名称酒と呼ばれるものばかりではありません。特定名称酒の基準に該当しない日本酒のことは、「普通酒」と言います。

とはいっても、普通酒というのはあくまでも通称。ラベルに普通酒と記載されることは基本的にありません。ちなみに、酒蔵では、「レギュラー酒」「一般酒」などと呼ばれることも多いようです。

具体的には、下記の条件にひとつでも当てはまれば、「普通酒」という扱いになります。

・麹米の使用割合が15%未満のもの
・規定以上の量の醸造用アルコールを添加したもの
・醸造用アルコールの添加があり、かつ精米歩合が71%以上のもの
・甘味料、酸味料、アミノ酸類などを原料に使用したもの

近年は、日本酒の総生産量に占める特定名称酒の割合が年々高くなる傾向にあります

とはいうものの、普通酒の割合の方がいまだにずっと上で、2016(平成28)年時点においても、その割合は約67%を占めているのです。

酒蔵の中には、東京など都会の大消費圏マーケット向けには特定名称酒を造っていても、地元用には普通酒をメインに造っているところも多いようです。

地元の人たちの間では普通酒は、日常の晩酌用のお酒として、長年にわたって日々の生活に寄り添っているのです。

普通酒はその地元でしか巡り合えないケースが多いもの。旅に出ることがあれば、地元民御用達の普通酒を、その土地ならではの食事やおつまみと一緒に味わってみてはいかがでしょうか。

地元の人たちと差しつ差されつしながら酌み交わす機会があればなお楽しいですよ。観光地巡り以上に心に残る特別な思い出になるかもしれません。

 

ときどき見かける「特撰・上撰・佳撰」とは

日本酒の瓶2本と枡

特定名称酒以外にも、「特撰」「上撰」「佳撰」という呼称を用いる酒蔵もあります。昔ながらのデザインのラベルなどに、これらの表記を見たこともある方も多いのではないでしょうか。

かつて日本酒は、特級、一級、二級という三段階の「級別制度」が採用されていました。しかし、「特定名称酒」の誕生に伴って段階的に廃止が進み、1989(平成元)年に特級が、そして1992(平成4)年に一級及び二級が廃止。50年以上にわたって続いた制度は、その長い歴史の幕を閉じることとなりました。

この級別制度による特級、一級、二級のランク付けを引き継いだものが、「特撰」「上撰」「佳撰」です。

級別制度に慣れ親しんだ人たちがお酒を選ぶときの目安になるようにと、各酒蔵がランク付けした呼称と言えるでしょう。

一般的には、旧・特級クラスのお酒を「特撰」、旧・一級クラスのお酒を「上撰」、旧・二級クラスのお酒を「佳撰」と呼ぶことが多いようです。