原料その3~微生物

日本酒と微生物

日本酒ができるのは微生物のおかげ

日本酒ができるのは微生物のおかげ

日本酒は、人間の力だけでは造り上げることができない飲み物です。そこには、いろいろな微生物の目に見えないパワーが働いているのです。

ここでは、日本酒造りに欠かせない微生物たちについてご紹介します。

 

麹菌について

麹菌

日本酒を造るうえで、もっとも重要な微生物のひとつが、「麹菌」です。麹菌とは、カビの一種です。「飲み物にカビが使われるの?」と不快に思う方もいるかもしれません。しかし、カツオ節は「カビ付け」という工程を何度も繰り返して作られています。また、チーズにも、白カビを利用したカマンベールチーズや、青カビを利用したブルーチーズなどがありますよね。

良いカビは私たちの食生活を豊かにしてくれる、ありがたい菌なのです。ちなみに、麹菌を使うのは日本だけです。麹菌は適度な温度と湿度がある地域でしか生息できません。温暖で湿度の高い日本の気候風土は、麹菌にピッタリな生息環境なのです。その固有性から、麹菌は2006年に日本の「国菌」に認定されています。

日本酒造りにおいて、「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」という有名な言葉があります。これは、酒造りの工程の重要性を順番に表した、古くからある格言です。酒造りにおいてもっとも大切なのが「麹造り」、次に「酛(酒母)造り」、そして醪(もろみ)を仕込む「造り」という意味で、麹は日本酒の出来栄えに与える影響力がもっとも大きいと考えられています。

麹とは、麹菌の胞子を蒸した米にふりかけ繁殖させたもののことです。では、日本酒を造るうえでどうして麹が必要なのでしょうか。それは、米にはアルコールの発酵に必要な糖分が含まれていないからです。そこで麹菌の持つ糖化酵素(アミラーゼ)を利用し、米のデンプンを酵母が食べられる糖分に変えさせます。これが麹菌のもっとも重要な役割です。

この糖化酵素はとても酵素力が強く、出来上がった麹は、そのまま食べると栗のように甘い味がします。酒蔵では見学の際に食べさせてくれるところもあるので、機会があったら是非食べてみてください。また、麹菌には、酵母の栄養源であるビタミン類や、アミノ酸などの旨味成分を生成するという働きもあります。

代表的な麹菌の種類

日本酒造りに使われる麹菌には、黄麹菌、白麹菌、黒麹菌、紅麹菌などがあります。ここでは、それぞれの特色についてご紹介します。

【黄麹菌】

ほとんどの日本酒に使用されるのが、黄麹菌です。アスペルギルス・オリゼとも呼ばれる、日本古来の麹菌です。先端にできる胞子が黄色や黄緑色、黄土色をしています。数ある麹菌の中でも格段の糖化力を持っているのが特徴です。黄麹菌を使った日本酒は、香りが良くエレガントな旨味に仕上がる傾向にあります

味噌、酢、みりんや甘酒も、すべてこの黄麹菌によって造られています。

【黒麹菌】

主に泡盛に使用されるのが、黒麴菌です。アスペルギルス・アワモリとも呼ばれます。

胞子の色は黒。クエン酸を大量に生成するため酸味が強めになります。糖化力は黄麹菌ほどではありませんが、タンパク質の分解力は黄麹菌より優れています。

かつては、黒麴菌を使うと酒蔵内の壁が黒くなるという理由もあって酒蔵から嫌われていましたが、このところ、黒麴菌を使った日本酒造りに挑戦する酒蔵が登場し始めています。その先陣を切ったのが、福光屋(石川県)です。2005年に日本酒業界初となる黒麹仕込みの純米酒「福正宗 黒麹仕込」シリーズを世に送り出し、注目を浴びました。

黒麹菌を使った日本酒としては、浅舞(あさまい)酒造(秋田県)が、鹿児島の焼酎蔵である大海酒造と共同して造った「天の戸(あまのと) 黒麹仕込 純米原酒 天黒(てんくろ)」や、酒井酒造(山口県)の「五橋 ライドブラック 黒麹仕込み 純米生原酒」などがあります。

【白麹菌】

主に泡盛以外の焼酎に使用されるのが、白麹菌です。黒麹菌の突然変異菌で、1924年に発見されました。発見者の鹿児島県税務監督局鑑定官・河内源一郎にちなんで、アスペルギルス・カワチという名がつけられました。胞子は白、または薄茶色です。黒麹菌と同様、大量のクエン酸を生成し、タンパク質の分解力にも秀でています

新政酒造(秋田県)が白麹菌を使った「亜麻猫」を発売して以来、白麹を使った日本酒が次々に造られており、その日本酒とは思えない甘酸っぱさが新たな日本酒ファンを獲得しています

白麹菌を使った日本酒としては、原酒造(新潟県)の「越の誉 純米白麹Circs(サークス)」、秋田清酒(秋田県)の「刈穂 純米酒 white label 白麹仕込み」、酒井酒造(山口県)の「五橋 Zファイブ・イエロー 白糀 純米無濾過生原酒」、富久長(広島県)の「白麹純米酒 海風土(sea food)」などがあります。

【紅麹菌】

モナカス・アンカとも呼ばれます。紅麹菌は、中国や台湾の紅酒(あんちゅう)の醸造や、沖縄の名物料理「豆腐よう」に使われています。

紅麹菌は生育すると綺麗な紅色になることから、使用する酒蔵が出始めています。紅麹菌を使った日本酒としては、喜多酒造(福岡県)の発泡清酒「あいのひめロゼ」、月の井酒造店(茨城県)の発泡清酒「Sakura淡薫泡(サクラアクア)」、八幡川酒造(広島県)の「紅にごり酒」などがあります。

いずれも淡い紅色が見た目にも美しく、特に女性からの支持が高いお酒です。ギフトなどに利用するケースも多いようです。

麹菌の繁殖状態により酒質が変わる

ここまで、麹菌の種類について書いてきましたが、どの麹菌を使うかという選択以外にも出来上がる日本酒の味わいに大きな影響を与えるものがあります。それは、麹菌の繁殖の形態「破精(はぜ)」です。破精とは、蒸し米に麹菌の菌糸が繁殖して白く見えるようになる現象のことを言います。菌糸が米の表面を覆い、内部まで繁殖している状態を「総破精」と呼びます。

総破精の麹を使うと、濃醇でしっかりとした味わいのお酒に仕上がる傾向にあります。

一方、米の表面は菌糸の繁殖がまばらであるけれど、内部ではしっかりと繁殖している状態を「突き破精」と呼びます。突き破精の麹を使うと、淡麗ですっきりとした味わいに仕上がると言われ、吟醸酒や大吟醸酒によく用いられています。

 

■酵母について

酵母

日本酒を造るうえで、麹菌と並んで重要な微生物が、「酵母」です。酵母は、麹が作り出す糖分を分解して、アルコールを生成するという働きをします。つまり、酵母がなければお酒にはならないのです。

酒造りに欠かせない酵母は、用途に応じて、日本酒(清酒)用酵母、ワイン用酵母、ビール用酵母、ウィスキー用酵母に分けられます。日本酒(清酒)用酵母の特徴としては、低温や高アルコールといった厳しい環境においても活動できることが挙げられます。

また、酵母は、香りや味わいを決定づける要因ともなっています。特に、「吟醸香」と言われる香気を生み出すうえで、酵母の果たす役割はきわめて重要です。吟醸酒や大吟醸酒を飲んだときに、リンゴや梨、バナナや桃のようなフルーツの香りがするのに驚いたことがある人は多いと思います。穀物である米にはそんな香りはもともと備わっていないのに、どうしてフルーツのような香りのお酒ができるのか、不思議ですよね。炊いたご飯からは想像もつかないこの香りを作り出しているのが、酵母の存在なのです。

酵母の栄養分は糖分です。しかし、吟醸酒や大吟醸酒に使う麹は、とてもゆっくりとデンプンを糖分に変えていくように作られているので、酵母は常に空腹状態におかれます。また、吟醸酒や大吟醸酒は10℃以下といった極めて低い温度で発酵させることから、酵母に与えるストレスはとても大きいのです。このような過酷な環境におかれた酵母は、代謝に異変が生じます。そしてこの異変こそが、あのフルーツのような香りを生み出しているというわけなのです。

ちなみに、「フルーツのような香り」の成分は、主に2種類に分けられます。ひとつは、「カプロン酸エチル」。リンゴのような香りが特徴です。もうひとつは、「酢酸イソアミル」。これはバナナのような香りをしています。

・酵母の種類その1~きょうかい酵母

日本酒造りに使われる酵母の多くは、「きょうかい酵母」と呼ばれるものです。日本醸造協会が、アンプルと呼ばれる小さなガラス容器に入れて酒蔵に頒布しています。

酵母は、自然界にも存在する単細胞生物です。かつて酒蔵では、自分の蔵に住みついている自然の酵母、いわゆる「蔵付き酵母」を利用して日本酒を造っていました。しかし、蔵付き酵母では安定して良質のお酒を造ることは非常に困難でした。そこで、国立醸造試験所(現・独立法人酒類総合研究所)が、1911(明治44)年から開催された「全国新酒鑑評会」で優秀であると評価した酵母を採取し、分離や培養を行い、協会酵母として頒布を開始しました。これが「きょうかい酵母」の始まりです。

ちなみに、この施策には、全国の酒蔵に優秀な酵母を頒布して安定した酒造りをさせ、ひいては酒税を増やしたいという思惑もあったようです。酒税は室町時代からあった税ですが、明治30年代のころは、なんと酒税が国税の税収の約3分の1を占め、トップだったのです。日露戦争の戦費は酒で賄われていたとも言われています。ちなみに、2016(平成28)年度の酒税が国税収入に占める割合は、2.2%です。

きょうかい酵母は、誕生した順番にナンバリングされ、「きょうかい〇号」と呼ばれます。以下、代表的なものをご紹介していきます。

・6号:「新政」で知られる新政酒造(秋田県)より1935(昭和10)年に分離。発酵力が強く、香りは穏やか。淡麗で軽快な味わいになります。新政酒造で使用するのは6号酵母のみ。代表銘柄の「No.6(ナンバーシックス)」の名前はこの6号酵母に由来しています。現在頒布されているものの中で最古のきょうかい酵母です。

・7号:「真澄」で知られる宮坂醸造(長野県)より1946(昭和21)年に分離。上品かつ華やかな香りで、吟醸酒から普通酒まで幅広く使われています。現在もっとも多く使用されているきょうかい酵母です。

・9号:「香露」で知られる熊本県酒造研究所より1953(昭和28)年に分離。非常に華やかな吟醸香が特徴です。吟醸酒用酵母の代表格的存在で、かつては全国新酒鑑評会(出品酒の大多数が大吟醸)で入賞するには欠かせない酵母とも言われていました。

・10号:低温で長い期間をかけて醪を生成します。酸は穏やかで、吟醸香が高いのが特徴。

・11号:7号の変異株で、7号よりリンゴ酸を多く生成します。醪の発酵が長期間になっても切れが良く、アミノ酸が少なめです。辛口のお酒に向いています。

・14号:金沢の酒蔵から1991(平成3)年に分離。酸は少なめで、吟醸香が高いのが特徴です。スッキリとした淡麗な吟醸酒などの特定名称清酒に適しているとされています。

実は、日本酒用の酵母は2種類のタイプがあります。ひとつが、泡が高く立つ「泡あり酵母」と呼ばれているものです。ここまで紹介した酵母はすべて泡あり酵母です。もうひとうが、泡の立つ量が少ない「泡なし酵母」です。

泡なし酵母は泡あり酵母の突然変異で、もともとの性質は泡あり酵母と一緒です。しかし、発酵中の泡の層が高くならないため、泡がタンクから溢れることがなく清掃や管理が楽であることや、タンクの容量ギリギリまで仕込むことができるので効率が良いこと、また泡には雑菌が入りやすいことからも、泡なし酵母を使う酒蔵が増えています

6号、7号、9号、10号、14号の泡なし酵母として、601号、701号、901号、1001号、1401号があります。

そして、ますます高まる吟醸酒へのニーズを受け、より多くの吟醸香を生成する泡なし酵母の開発が進められました。1601号、1701号といった新しい酵母が次々と頒布されていきましたが、近年もっとも人気の高いのが、2006(平成18)年に分離された1801号です。全国新酒鑑評会に出品される大吟醸酒の多くが、この1801号を使って醸されています。また、その1801号から2014(平成26)年に分離した1901号も、芳醇な吟醸香が魅力を放っています。1801号よりも濃醇な味わいの酒質に仕上がる傾向にあります。

さらに、珍しい酵母のひとつに、赤色酵母が挙げられます。その名の通り、赤色の色素を醪の中で生成する酵母です。桃色のにごり酒用として開発されました。甘口なソフトタイプに仕上がるとされています。赤色酵母を使って造られた日本酒は、「豊明」でおなじみの石井酒造(埼玉県)の「花あかり 桃色にごり発泡純米酒」があります。女心を刺激するやわらかなピンク色が美しい、お花見にもピッタリな日本酒です。

また、宮下酒造(岡山県)の「岡山白桃酵母使用 純米桃にごり」もテレビで紹介されるなど注目を集めています。赤色酵母に加えて、白桃の木から発見された「岡山白桃酵母」(岡山工業技術センター特許)の2つの酵母を使用しているという、かなりレアなお酒です。

・酵母の種類その2~自治体が開発した酵母

先ほど、岡山工業技術センターの「岡山白桃酵母」について触れましたが、近年、各都道府県の試験研究機関でおこなっている独自の酵母の開発が隆盛を極めています。その口火を切ったのが静岡県です。独自の吟醸酵母・静岡酵母を造り、それが鑑評会などでとても高い評価を得たのです。それ以来、開発に取り組んでいないところを探すのが難しいと言われているほど、活況を呈しています。

これらの独自酵母は、基本的にその各都道府県の中でのみ使用されていますが、中には「きょうかい酵母」として登録され、全国各地に頒布されているものもあります。秋田県が開発した、「秋田流・花酵母(AK-1)」がその例です。「きょうかい1501号」として頒布されており、酸が少なく、吟醸香が高い特定名称酒に向いていると言われています。

・酵母の種類その3~花から分離した、花酵母

近年注目を浴びている酵母に、「花酵母」というものがあります。東京農業大学短期大学部醸造科の中田久保教授が、花の蜜に集まってくる酵母を分離することでできた酵母です。

ナデシコ、ベゴニア、ツルバラ、アベリア、シャクナゲ、日々草、カーネーション、ヒマワリ、コスモス、ツツジ、イチゴ、月下美人、カトレア、マリーゴールドと、現在14種類もの花酵母が開発されています。

・酵母の種類その4~自家酵母

また、自社で採取・培養した「蔵付き酵母」を使った日本酒を造っている酒蔵もあります。中でも注目したいのは、山本合名会社(秋田県)です。

この蔵元は、アメリカの大学を卒業し、音楽事務所勤務の経験もあるという、ユニークなバックグラウンドを持っていることでも知られています。そのためもあってか、酵母に付ける名前のセンスも秀逸。「ゴージャス山本酵母」「セクスィー山本酵母」など、一度聞いたら永遠に忘れられない、大胆かつ個性的なネーミングですね。

・ワイン用酵母

このところ、日本酒用の酵母ではなく、ワイン用酵母を使って新しいタイプの日本酒を造る酒蔵も増えています

ワイン用酵母は日本酒用の酵母に比べて低温に弱く、逆に温度が上がると急に活動的になるなど、思い通りの日本酒を造るにはコントロールが難しいとされています。しかし、ワイン用酵母の最大の魅力は、多彩な酸を生成できるということ。ワイン用酵母を使って作られた日本酒は、酸味と甘味のバランスが絶妙な、ワインのような甘酸っぱい味わいに仕上がります。その多くのアルコール度数は、ワインに近い12~13度と低めなので、お酒を飲み始めたばかりの人たちでも飲みやすいと思います。

かつて、日本酒では邪道だとして嫌われてきた「甘酸っぱさ」は、今や日本酒業界における一大トレンドです。そのきっかけを作った酒蔵のひとつが、せんきん(栃木県)です。元ソムリエだったという異色の経歴を持つ蔵元が、大胆にもそのタブーを打ち破ったのです。せんきんがワイン用酵母で醸した「仙禽 Dolce Bouquet(ドルチェ・ブーケ)」は、ボディがしっかりした甘酸っぱい味わいで、まるでドイツの白ワインのようだと人気を集めています。

ほかにワイン用酵母を使って作った日本酒としては、小江戸鏡山酒造(埼玉県)の「鏡山 ワイン酵母仕込み」や、「福千歳」で有名な田嶋酒造(福井県)の「PURE RICE WINE(純米ワイン)」、越後鶴亀(新潟県)の「越後鶴亀 ワイン酵母仕込み 純米吟醸」、鳳凰美田(栃木県)の「鳳凰美田WINECELL 純米吟醸」なども挙げられます。

 

乳酸菌について

乳酸菌

最後に、「乳酸菌」についても少しご紹介します。乳酸菌は麹菌や酵母ほど目立った存在ではない、言わば陰の立役者的な存在です。

しかし、乳酸菌が作り出す乳酸は、雑菌や野生酵母のような不要な微生物の繁殖を防ぎ、日本酒用の酵母が活動しやすい環境を作るという、きわめて重要な働きを担っているのです。