日本酒ができるまでその3

日本酒ができるまで

麹が出来上がったら、続いては「酒母造り」という工程に移ります。酒母とは読んで字のごとく、「お酒のお母さん」とも言える存在です。「酛」(もと)とも呼ばれます。

この酒母の段階で、日本酒の味わいの骨格がだいたい決まってくるので、とても重要なプロセスと言えます。

 

酒母を造る目的とは

酒母を作る目的

では、この「酒母」とはいったいどのようなものなのでしょうか?

酒母とは、具体的に言うと、「日本酒を発酵するための優良な酵母を純粋に大量培養したもの」です。日本酒造りの邪魔となる野生酵母や雑菌などが繁殖しないように、大量の乳酸を含んでいるのが特徴です。

酵母とは、麹菌と同様に、微生物の一種です。酵母は、麹菌がお米に含まれるデンプンから変えた糖分を分解して、アルコールを生成するという働きをします。つまり、酵母という存在なくしては、日本酒はできないのです。

日本酒造りにおいては、膨大な量のお米を発酵させる必要があります。そのためには、何百億から何千億という天文学的とも言えるほどの数の優良な酵母の存在が欠かせません。

その準備として、少量の醪の中で、選び抜かれた酵母を大量に培養した酒母を造ることが必要なわけです。ちなみに、一般的に、1グラムの酒母の中に存在する酵母の数は、2億以上にものぼると言われています。

酒母造りに限らず、日本酒造りはタンクをフタなどで密閉することなくおこなうため、常に野生酵母や雑菌などが侵入してくる危険にさらされています。

しかし、酵母が期待されるとおりの活躍をするためには、これらの微生物の存在は障害となります。目標とする味わいや香りを損なうリスクが高いからです。そこで必要になるのが、乳酸の存在です。

一般的な微生物は、酸性に弱いという性質を持っています。いっぽう、酵母は、微生物の中では弱い存在で、ほかの微生物と一緒にいると淘汰されてしまうのですが、ただ、酸性の環境でも生きていけるという強みがあるのです。

乳酸のパワーで酸性になった酒母の中では、余計な微生物たちは次々と死滅していきます。その後に酵母が添加され、我が世の春とばかりに分裂し増殖を続けていくのです。

 

酒母の造り方は、大きく分けて2種類ある

酒母の作り方

酒母造りは、酒母用タンクの中に水、麹、蒸米を入れることからスタートします。酒母用タンクは、一般的に、200キログラム程度の容量のものがよく使われています。

酒母造りの方法としては、まず大きく分けて「生酛系酒母」「速醸系酒母」の2つがあります。これらの根本的な違いは、酒母を酸性にするために必要な乳酸を取得するやり方にあります。

前者の生酛系酒母は、酒蔵の中に住みついている自然界の乳酸菌を取り込み、乳酸菌が生成する乳酸を取得するというやり方で造られます。

古くから用いられている伝統的な方法です。明治時代の終わり近くまで、酒母造りにはもっぱらこの製法が用いられていました。

後者の速醸系酒母はというと、自然界の乳酸菌には頼りません。酒母造りの最初の段階で、醸造用乳酸と呼ばれる液体状の乳酸を、水、麹、蒸米のほかにタンクに加えるというやり方です。

乳酸は、酒母における濃度がだいたい0.5%くらいになる量が添加されます。生酛系酒母に比べて、素早くタンクの中を酸性にでき、また短期間で造ることができるので、「速醸系」酒母と呼ばれます。

この方法は、1910(明治43)年に国立醸造試験所で開発されました。コスト面で優れていることもあり、現在の日本酒の90%近くが、この速醸系酒母で造られています。

ちなみに、言葉は似ていますが、乳酸菌と乳酸は、そもそもの種類が異なるまったくの別物です。乳酸菌は微生物、つまり生き物であるのに対し、乳酸はあくまで物質です。混乱してしまう人がけっこう多いようですので、ご注意くださいね。

 

酒母その1~生酛系酒母

生酛系酒母は、速醸系酒母より、労力もコストも時間もかかる製法です。一般的に、速醸系酒母は2週間程度で完成するのに対し、生酛系酒母の完成には4週間程度の日数がかかります。

加えて、速醸系酒母に比べてさまざまな微生物が関与するため、目指す酒質に仕上げるためには、高いレベルのテクニックが要求されます。そのため、造っている酒蔵は決して多くはありません。

しかし、速醸系酒母に比べて、生酛系酒母で造った日本酒には力強く濃醇な旨味と味わいの深さがあります。

天然の乳酸菌を用いることで乳酸の含有量も多くなるため、酸味も高めでコクがあり奥行きの深さも感じられます。お燗にすると美味しさが増すのも特徴です。そのため、生酛系酒母の良さが近年見直されてきており、復活させる酒蔵も増えています。

~生酛系酒母の具体的な製造方法~

生酛系酒母は、製造プロセスの違いにより、さらに2つに分かれます。「生酛」「山廃酛」です。それぞれの具体的な造り方について紹介していきます。

① 生酛

まず、「生酛」を造る際には、蒸米と麹と水を小分けして、「半切り桶」と呼ばれる口が広く底が浅い桶に投入します。それを、手を使って全体を混ぜ合わせます。蒸米が水をしっかり吸収したら、木のへらで混ぜます。

その後、櫂(かい)と呼ばれる棒を使って、水を吸って膨張した蒸米と麹を摺り潰し、乳酸菌が発生しやすい環境を作ります。この摺り潰す作業を「山卸」(やまおろし)と言います。「酛摺り」とも呼ばれます。

「山卸」は、だいたい2人一組になっておこないます。数回にわたって繰り返される地道な作業で、粘り強い根気が要求されます。

摺り潰されたお米は、酒母用タンクに投入されます。数日間かけて冷やされたのち、今度は少しずつ温度を上げていきます。

温めると、麹の働きによって糖化が進み、乳酸菌も活発に働くようになります。この時の状態は、ヨーグルトのようで、甘酸っぱい味がします。

酒母造りを開始してからだいたい2週間くらい経った頃に、酵母を添加します。そして、酵母の繁殖を促進するために、酒母をかき混ぜたり、必要に応じて温めたり冷やしたりするなどの温度調節をおこないます。約4週間で、ようやく完成です。

ちなみに、温度調節には「暖気樽」(だきだる)という道具が用いられます。湯たんぽのようなものをイメージすると近いかもしれません。

酒母を温めたいときにはお湯を、冷やしたいときには水を中に入れて、栓をしてタンクに入れます。暖気樽は、タンクの中で回したり、沈めたりなどいろいろなやり方で操作します。

ちなみに、暖気樽は、昔は木製でしたが、今ではアルミニウムやステンレスなどの金属製のものを使うほうが一般的です。

② 山廃酛

「山廃」という言葉自体は聞いたことがあっても、意味をきちんと知っている人は意外と多くないようです。

山廃とは山卸という作業を廃止して(省略して)造ることから、山卸廃止→山廃と呼ばれるようになった製法です。こうして造った酒母のことを「山廃酛」と言います。

先ほど述べたように、山卸はたいへんな労力を要する作業であり、造り手に多大な負担を強いるものです。そこで、明治時代に設立された国立醸造試験所では、さまざまな検証を繰り返しました。

その結果、山卸のようなキツい工程を経なくても、生酛と遜色ないものが造れるということが判明しました。

近代化とともに、さまざまな分野で科学的なアプローチが導入されましたが、日本酒造りも例外ではなかったわけですね。

山廃酛の製造方法は、まず酒母用タンクに水と麹を入れ、水の中で麹の酵素を溶かしておきます。これを「水麹」と呼びます。その後、出来上がった水麹に蒸米を投入します。

つまりは、原料を投入する順番を変えるだけで、生酛造りのように山卸をおこなわなくても十分に美味しい日本酒ができるわけですから、多くの酒蔵がこの製法にシフトしていきました。

~生酛と山廃酛の味わいの違いは?~

生酛と山廃酛という製造方法の違いが、味わいの違いに与える影響については、科学的にははっきりしておらず、見解もさまざまです。

しかし、山卸をおこなうことで微生物が活動する環境が少なからず変わるのは事実でしょう。

そのため、生酛の方がスッキリと雑味がなく味切れが良く仕上がり、山廃の方は最初から最後まで濃い感じで余韻も長くなりやすいという意見もしばしば聞かれます。

とは言うものの、味わいの感じ方は人によって異なります。また、生酛、山廃酛と一口に言っても、酒蔵や銘柄によって1本ずつ違います。

是非、飲み比べてみて、自分の感覚で味わいの違いを見つけ、楽しんでみてください。

 

酒母その2~速醸系酒母

速醸系酒母では、酒母造りの最初の段階で醸造用乳酸を添加することにより、タンクの中がすばやく必要な酸性レベルに達します

そのため、雑菌が繁殖したり、野生酵母により発酵が早く始まってしまうといったリスクを回避できるので、安全に酒母造りができるという大きなメリットがあります。

一般的に、速醸系酒母で造られる日本酒は、軽快で穏やかでソフトな酒質になる傾向があります。

~生酛系酒母の具体的な製造方法~

速醸系酒母の造り方には、製造プロセスの違いにより、さまざまな方法があります。それぞれの具体的な造り方について紹介していきます。

① 普通速醸酒母

速醸系酒母の中で、もっともオーソドックスなものが、この「普通速醸酒母」です。

まず、酒母用タンクに、水、麹、醸造用乳酸、酵母を入れて水麹を造り、その後に蒸米を投入します。蒸米が軟らかくなったら、酵母の繁殖を促進するために、酒母をかき混ぜたり、状況に応じて温度を上げたり下げたりなどの調節をおこないます。

その後、仕込み直後はおよそ20℃程度だった酒母を、1~2日程度、10℃以下という低温状態におきます。こういった過程を経て、だいたい2週間くらいの育成期間で出来上がりです。

② 中温速醸酒母

「中温速醸酒母」は、普通速醸酒母よりさらに早く完成します。育成にかかる期間は、だいたい1週間くらいです。

普通速醸酒母との違いは、酒母を仕込んだ後に「温度を下げるかどうか」という点です。

先ほどもご紹介したように、速醸系酒母の製法では、仕込まれた直後の酒母の温度は、だいたい20℃くらいです。しかし、この中温速醸酒母では、仕込み後に温度を下げずに、20℃のまま保温するのが特徴です。

普通速醸酒母ほど一般的ではありませんが、仕込みの時期の気候や、目標としている酒質により、この製法を用いることがあります。

③ 高温糖化酒母

中温の次は、高温です。この「高温糖化酒母」は、1940(昭和15)年ころに広島県で開発された手法です。

この製法の一番の特徴は、仕込みに使う水の温度の高さです。その温度は、だいたい55℃くらい。水と言うよりは、お湯ですね。

この高い温度を保つことで、蒸米が溶けやすく糖化しやすくなるだけでなく、雑菌などの不要な微生物も殺菌することが可能となります。

その後、40℃程度まで急速に温度を下げて、まず乳酸を加えます。そして、さらに25℃程度まで冷まし、酵母を投入して培養するというやり方です。

完成までにかかる日数は、中温速醸酒母と同じくらいで、1週間程度で出来上がります。

九州地方など、気候が温暖な南日本エリアでは、この高温糖化酒母を用いる酒蔵が多いようです。

④ ウルトラセブン酒母

「え?そんな冗談みたいな名前の酒母が本当にあるの?」というのが、ほとんどの人が初めて耳にしたときに抱く感想でしょう。

「ウルトラセブン」という商品名の酒母製造機を用いて造られるために、このような名前がついたそうです。

55℃くらいの温度で糖化した後、急速に温度を下げ、乳酸、酵母を添加する高温糖化酒母をベースとする製法です。

育成にかかる時間は、なんとたったの2日!あっという間に酒母に「変身!」するというわけですね。

このウルトラセブン酒母を用いて造られた日本酒としては、「自然郷 七(セブン)」というものがあります。大木代吉本店(福島県西白河郡矢吹町)という酒蔵が手掛けたお酒です。

余談ですが、あの『ウルトラセブン』とコラボして生まれた日本酒もあります。その名も、「祝 純米大吟醸 A MAN of ULTRA(ウルトラな男)」

2017年に放送開始50周年を迎えた『ウルトラセブン』の初回放送日は1967(昭和42)年10月1日。日本酒ファン以外にはあまり知られていませんが、10月1日は「日本酒の日」です。

酒という字の元は「酉」ですが、この「酉」は酒壺を表す象形文字からできています。そして、十二支で「酉」は10番目、つまりは10月のことで、日本酒造りがスタートする時期でもあることから、10月1日が「日本酒の日」になったと言われています。

「祝 純米大吟醸 A MAN of ULTRA(ウルトラな男)」は、この偶然を記念して2017年10月1日に販売されました。造ったのは、300年以上の歴史を持つ老舗酒造『山本本家』(京都府京都市伏見区)。

放送開始「50周年」にちなみ、酒造好適米「祝」(いわい)を「50%」まで磨いた純米大吟醸酒です。「祝」は京都府産のお米で、独特の旨みのある味わいが特徴です。名前もおめでたい感じがして、このコラボにはピッタリですね。

速醸系酒母には、ここまで挙げたもののほか、「希薄酒母」「高温短期速醸酒母」などといった方法も開発されています。

 

ほかにもある、個性的な酒母造り法

個性的な酒母造りの方法

① 菩提酛

「菩提酛」(ぼだいもと)は、生酛よりさらに歴史が古い製法です。室町時代にはすでに確立されていました。

室町時代に記された『御酒之日記』(ごしゅのにっき)や『多門院日記』(たもんいんにっき)にも、この菩提酛について述べられている箇所があります。

菩提酛の大きな特徴は、製造工程で「生米」を使用する点が挙げられます。

具体的な造り方としては、まず、生米の10%程度を炊き(これを「おたい」と言います)、このおたいを木綿袋に入れて、残りの90%の生米と水が入った容器の中に入れて、上下に動かします。すると、おたいから溶け出した成分の力で、乳酸菌が繁殖を始めます。

この乳酸菌の働きによって、次第に水は酸性になっていきます。この状態の水のことを「そやし水」と呼びます。こうして出来たそやし水は、酒母の仕込み水として用いるのです。

自然の乳酸菌を取り込んで育成させるという点では、生酛系仕込みの原型となった方法と言えるでしょう。

この菩提酛という名前の所以は、奈良県奈良市の菩提山正暦寺で造られたことに起因します。「菩提泉」(ぼだいせん) と呼ばれ、当時数多くあった僧坊酒の中でもとりわけ評価の高かったお酒です。

その後この製法は衰退し、長きにわたって製造が途絶えていましたが、1996(平成8)年に、菩提泉を現代に復活させようとするプロジェクト「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が立ち上げられました。菩提泉発祥の菩提山正暦寺や、奈良県の酒蔵の有志、奈良県工業技術センターなどが主要メンバーです。

先ほども挙げた室町時代の『御酒之日記』や『多門院日記』などの文献や資料を参考にして、試行錯誤を地道に繰り返しました。

その結果、製造のメカニズムを解明し、このプロジェクトは見事成功。スタートしてわずか2年後の1998(平成10)年に、数百年ぶりに復活させることができたのです。「菩提酛清酒」として商品化され、全国から大きな注目を浴びました。

正暦寺はその後、酒母の製造免許を交付され、1999(平成11)年1月に初の酒母造りを始めました。

それ以来、毎年1月に境内で酒母造りをおこない、醸造を祈願する「菩提酛清酒祭」として定着しています。ここで仕込まれた酒母は、「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」のメンバーである酒蔵が持ち帰り、菩提酛仕込みの日本酒造りに使われています

このお祭りの会場では、菩提酛で醸した日本酒の試飲・販売や、菩提酛汁のふるまいなどもありますので、興味があれば是非足を運んでみてください。

② 水酛

「水酛」(みずもと)は、菩提酛を進化させたものです。江戸時代に記された文献『童蒙酒造記』(どうもうしゅぞうき)に、この製法についての記述を見ることができます。

主として、温暖な季節の酒造りに適した製法とされています。

水酛仕込みを謳っている日本酒として有名なものに、美吉野醸造(奈良県吉野郡吉野町)が造る「花巴」(はなともえ)という製品があります。

私は一度飲んだことがあるのですが、ヨーグルトやチーズを思わせる乳酸系の香りと、しっかりとした酸味の味わいが実に印象的でした。