原料その2~水

日本酒に欠かせない水

日本酒造りに不可欠の「水」

日本酒に欠かせない水

日本酒の成分のうち、80%は水が占めています。また、水は酒造りに使用するお米の総重量の30~50倍もの量が必要とされています。水は、お米と並ぶ日本酒のもっとも重要な原料なのです。

日本酒造りに使われる水のことを、「酒造用水」と呼びます。多くの酒蔵では、自家の敷地内の地下から汲み上げた井戸水や、近くを流れる河川の水、湧き水などを使っています。もっとも多く使われているのが井戸水です。年間を通じて水温の変化が少なく、その土地の年間平均気温と同じか、1~2℃高い温度に保たれているという特徴があります。

昔から、「良い水あるところに良い酒あり」と言われています。お米は購入することができますが、井戸を動かすことは不可能です。全国各地の酒蔵が、良質の水を得られる水源や川の近くに位置しているのはそのためです。

これらの水は、公的機関で水質や成分を分析し、徹底的な検査と管理を経たのちに使用されます。酒造用水として使うためには、水道水より厳しい基準をクリアする必要があるのです

酒造用水は、主として製造中に使用する「醸造用水」と、瓶詰めなどに使用する「瓶詰め用水」の2つに大別されます。醸造用水と瓶詰め用水は、それぞれの用途に応じてさらに細かく分類されます。

【醸造用水】

  • 洗米、浸漬用水=米の表層に付着した糠などの汚れを洗い流したり、米に吸水させるための水
  • 仕込み水=酒母や醪を仕込むときに、蒸し米や麹とともに使用する水
  • 雑用用水=タンクやバケツの洗浄や、ボイラーに使用する水

【瓶詰め用水】

  • 洗瓶用水=瓶を洗うための水
  • 加水調整用水=醸造後、アルコール度数や香味を調整するために原酒に加える水
  • 雑用用水=タンクやバケツの洗浄や、ボイラーに使用する水

加水調整用水は、アルコール度数の調整をするために加えられると書きましたが、現行の酒税法では、「日本酒のアルコール度数は22度未満とする」と決められているので、その規定に則るために使用されることがあるのです。

酒造用水のこれらの6つの用途の中でも、とりわけ重要なのは、醸造用水の仕込み水です。酒母や醪を仕込むときに直接使用するので、日本酒の味わいを左右するきわめて大きなファクターと言えます。

ちなみに、最近ではそのお酒に使った仕込み水を出してくれる飲み屋さんや、ボトルで販売している日本酒専門店なども増えています。もし見かけたら是非、仕込み水とその仕込み水で造った日本酒を一緒に味わって飲み比べてみてください。そのお酒の新たな表情が見えてくるでしょう。

 

日本酒造りに適した水の条件

日本酒造りの水の条件

それでは、日本酒造りに向く水とは、いったいどんな水なのでしょうか。

・必要とされる成分

酒造用水に必要な主な成分は、「カリウム」「マグネシウム」「リン」「クロール」などのミネラル分です。

これらは、麹菌や酵母といった酒造りに欠かせない微生物の栄養源となり、増殖を促進するという重要な役割を果たします。これらの成分が足りないと、アルコール発酵が正常に行われない場合も起きるほど、きわめて大切な成分なのです。

・不要とされる成分

酒造用水にもっとも有害とされる主な成分は、「鉄」と「マンガン」です。鉄は見た目の色を赤くして劣化させ、酸化を促進し、不快な香味を発生させる要因となります。鉄分がほとんど含まれていないのが酒造用水の理想です。

一方、マンガンは紫外線による着色を促進してしまう原因となります。この他には、重金属類も人体に有害であるとして敬遠される成分です。

・アルカリ性と酸性はどちらが良い?

食品が酸性であるか、アルカリ性であるかを決めるのはpH値(酸性・アルカリ性の度合いを表す数値)です。

pHは酸性からアルカリ性の間に0~14の目盛りをつけて、酸性・アルカリ性の度合いをその目盛りの数字で表します。中間となる数値は pH7であり、これが中性となります。

pH7よりも値が小さければ小さいほど酸性の性質が強く、反対に値が大きければ大きいほどアルカリ性の性質が強いということになります。醸造用水に適した水のpH値は、6~8までが適当と言われています。

しかし、仕込みの段階でpH8の弱アルカリ性の水を用いたとしても、日本酒は発酵すると酸性へと変化するので、酸性食品にカテゴライズされています。なお、日本酒の平均的なpH値は、4.2~4.7だと言われています。

 

硬い水と軟らかい水の違い

硬水と軟水の違い

日本酒の味わいに大きな影響を与えるもののひとつに、水の「硬度」が挙げられます。硬度とは、水に含まれるカルシウムとマグネシウムの合計含有量を表す指標です。

カルシウムとマグネシウムの含有が多いものを硬水、少ないものを軟水と呼んでいます。

軟水、硬水の分類には、主に世界保健機関(WHO)基準(アメリカ基準)が用いられています。

その基準によれば、

軟水:0~60mg/L未満

中硬水:60~120mg/L未満

硬水:120~180mg/L未満

非常な硬水:180mg/L以上

とされています。

ヨーロッパやアメリカで採取される水はほとんどが硬水ですが、日本の水は世界的に見て軟水傾向にあり、ほとんどが軟水から中硬水で、平均硬度はだいたい50~60です。

日本の水がミネラル成分を含有しにくい理由としては、国土が狭いために川が短く、さらに地下で滞留する時間が短いことが挙げられています。また、降雨量が多いこと(日本の降雨量は世界平均の2倍近くもあります)や、火山灰土壌であることも要因とされています。

日本酒を造る際に硬水を用いるか、軟水を用いるかで、味わいに大きな影響が出ます

硬水を用いた場合は、酵母の栄養源であるミネラルの含有量が多いために、アルコールの発酵が活発化します。そのため、高いアルコール度数を得やすくなるのです。また、力強くコクのある辛口タイプのお酒に仕上がりやすいというのも特徴です。くわえて、長期間の熟成にも耐えられる酒質になりやすいともされています。

対して、軟水を用いた場合は、ミネラルの含有量が少ないために、アルコールの発酵が緩やかになります。そのため、アルコール度数が低くなりやすいのです。また、優しい甘みとまろやかな旨味のある、淡麗なタイプのお酒に仕上がる傾向にあります。

 

灘の「宮水(みやみず)」

六甲山

灘地方は、日本酒の生産量で全国一位を誇っているエリアです。灘地方とは、酒類業界では、神戸市の東部から西宮市の今津あたりまでの大阪湾に面した約12kmの沿岸地帯のことを指します。

灘地方が日本最大の酒どころになった一番の理由として、「宮水」の存在が挙げられます。「宮水」とは、「西宮の水」の略称です。宮水は、六甲山を水源とするいくつかの河川の伏流水で、リンやマグネシウムを豊富に含んでいます。軟水の多い日本では珍しく硬度が高く、硬水のレベルに近いのが特徴です。

これは、宮水の湧き出るエリアが花崗岩質で、貝殻類の濾過効果により不純物が取り除かれることや、海に近いことからカリウムを適度に含んでいることなどから、日本酒造りにふさわしい水とされ、酒造業が盛んになっていったのです。

この宮水の効果が立証されたのは、江戸時代の天保11年(1840年)にまでさかのぼります。宮水を発見したのは、「櫻正宗」という酒蔵の六代目当主、山邑太左衛門(やまむらたざえもん)です。当時、山邑家は西宮郷と魚崎郷で酒を造っていましたが、常に西宮郷の酒の方が品質が高いことに気づいていました。使うお米を同じにしても、杜氏を入れ替えてみても、西宮郷の優位はまったく変わらなかったのです。

そこで、原因は仕込み水にあるのではないかと考えた太左衛門は、西宮郷の梅の木蔵の井戸水を魚崎郷に運んで用いたところ、西宮の酒と同様の良酒ができあがったのです。このお酒は、船に積んで江戸まで輸送しても弱らない酒質であったことから、「下り酒」として江戸でも大好評となり、灘だけでなく他のエリアの酒蔵も競って西宮の水を使うようになりました。

キリっと辛口なこのお酒は、その味わいの印象から「灘の男酒」と称されました

 

京の「伏見の水」

伏見の水

京都市の伏見区も、地下水が豊富に採取できるエリアであり、江戸時代の頃から酒造りが盛んになっていきました。

「伏見」はかつて「伏水」と記されていたことからも、古くから良質の地下水に恵まれていたことがわかります。

この伏見の水は、宮水に比べて硬度が低いことから、まろやかで優しく、きめ細やかで飲み心地の柔らかい味のお酒に仕上がる傾向にあります。その味わいの印象から、「灘の男酒」に対して、「伏見の女酒」と呼ばれました。

 

広島の軟水醸造法

広島

広島は日本の中でも軟水傾向が強いエリアで、その硬度はだいたい30前後です。現在は酒造技術が大幅に向上し、発酵が進みにくい軟水でも安全に良質の日本酒造りができますが、昔は軟水で仕込むと甘口で日持ちも良くない悪い酒になりやすかったのです。

その軟水のデメリットの払拭に成功したのが、広島県安芸津の醸造家・三浦仙三郎が、明治20年代に開発した「軟水醸造法」です。

広島の水に合ったこの醸造法は、良質の麹をしっかり造ることで、米の糖化を促進していきます。時間をたっぷりかけてゆっくりと発酵させることで、きめが細やかで香りの高い、高品質の日本酒を造り上げることができるようになったのです。

この技術により、明治後期から開催された全国新酒鑑評会で、広島県のお酒が灘や伏見のお酒より高い評価を受け、なんと最高賞を獲得するという快挙を成し遂げました。全国にその存在を知らしめることになったのです。こうして、広島県は灘や伏見と並ぶ銘醸地域としての地位が確立されました。

 

新潟の淡麗辛口は軟水の賜物

新潟

兵庫県、京都府に次ぐ全国第3位の生産量を誇るのが新潟県です。新潟県の日本酒の特徴を表すキーワードといえば、「淡麗辛口」

淡麗辛口が大ブームとなった時代がありましたが、そのムーブメントの火付け役を担ったのが新潟県の日本酒なのです。

新潟県の日本酒が淡麗辛口傾向が強いのには、いろいろ理由がありますが、そのひとつは水にあります。

新潟県の水は、越後の高い山々に降り積もった雪解け水が湧き水として流れ出たものであり、そのほとんどはミネラル分の少ない軟水です。

日本の水の平均硬度はだいたい50~60ですが、新潟県の醸造用水の平均値は40程度と言われています。軟水で仕込むとアルコールの発酵が緩やかになりますが、冬の寒さがとりわけ厳しい新潟県では、発酵はさらに緩やかになります。

そのため、クリアですっきりとした、きめ細やかな味わいの日本酒が出来上がるというわけなのです。

酒蔵の数は約90と全国第1位、個人の消費量も全国第1位を誇る屈指の酒どころ新潟県は、日本三大杜氏である越後杜氏の発祥地でもあります。

 

硬水仕込みの酒、軟水仕込みの酒の代表銘柄

軟水や硬水の代表的な銘柄

日本で採取される水のほとんどが軟水から中硬水だと書きましたが、その中でも、数少ない硬水を酒造りに用いている酒蔵があります。

その代表格とも言うべき酒蔵が、「油長(ゆうちょう)酒造」(奈良県御所市)です。油長酒造の仕込み水は、金剛葛城山系の深層地下水です。

酒蔵の敷地内にある2本の井戸で地下100mより汲み上げたこの水は、硬度214mg/L 以上という「超」硬水。しかも鉄分・マンガンをほとんど含まないとあって酒造りに最適な水質とされています。

この水こそが油長酒造の日本酒の骨格を形成し、凛とした酒質の日本酒に仕上がるのです。代表銘柄は、「風の森」「ALPFA風の森」「鷹長(たかちょう)」です。

また、「泉橋酒造」(神奈川県海老名市)も硬水で醸す蔵として有名です。泉橋酒造の仕込み水は、酒蔵の敷地内で地下100mから汲み上げた丹沢山系の伏流水です。

硬度は130~140mg/L。日本でもおなじみのミネラルウォーター「ボルビック」(約62mg/L)より硬い値なのです。

この硬水で醸されたお酒は、甘味を抑えた、キリッと引き締まった硬質な味わいで、飲んだ後も舌に重みが残るような感覚を覚えます。代表銘柄は、「いづみ橋」や「とんぼラベル」です。

「水戸部酒造」(山形県天童市)も泉橋酒造に近い硬さの水を使っています。この水戸部酒造では、奥羽山系の伏流水を仕込み水として使用しています。その水の硬度は約120mg/L

この水で醸されたお酒は、「銘刀の切れ味」とまで表現される、シャープかつ硬質なフィニッシュを特徴とするキリリとした味わいに仕上がります。代表銘柄は、「山形正宗」です。

これらの硬水で仕込んだ日本酒は、ヨーロッパのワインを飲みなれている人に好まれる傾向が強いように思われます。後味がスッキリして美味しいのだそうです。これは、ヨーロッパの水は硬水が多いことと無関係ではないのではないでしょうか。

一方、軟水の多い日本の中でも特に軟らかい水を仕込み水に用いている酒蔵もあります。その代表格が、諸橋酒造(新潟県長岡市)です。

諸橋酒造では、2種類の水を使用しているのですが、そのひとつは、環境庁から全国名水百選にも指定されている「杜々の森の清水(とどのもりゆうすい)」

もうひとつは、酒蔵の敷地内の井戸からくみ上げている全国でも稀な、なんと硬度0.47という超軟水なのです。軟水が圧倒的に多いことで知られる新潟県の中でもとりわけミネラルの含有量が少ない超軟水で造られたお酒は、口当たりが柔らかく、上品でまろやかな味わいに仕上がります

代表銘柄は、この土地にゆかりの深い戦国武将で「越後の虎」とも呼び称された上杉謙信の元服名である長尾景虎にちなんで命名された「越乃景虎」、それに「名水仕込」です。

また、信州銘醸(長野県上田市)も日本有数の超軟水で仕込む酒蔵として有名です。信州銘醸が使用している水の硬度は、0.95です。この水は、この地域が黒耀石の産地であることにちなんで「黒耀(こくよう)の水」と呼ばれています。

殺菌作用や美味しい水を作り出す力がある黒耀石の岩盤で濾過されたこの黒耀の水は、昔から現在に至るまで遠方からも求めに来る人が多いそうです。超軟水ではアルコール発酵を行う酵母の育成が難しいため、元来酒造りには向かないとされてきました。

しかし、信州銘醸であえて仕込み水として使用したのには理由があります。それは、黒耀の水には素材の香りや味を最大限に引き出す力があるからです。

ミネラル分の含有量がきわめて少なく旨味を引き出す効果があるこの水を使うことで、米と米麹が持つ本来の特徴が生き、旨味あふれる日本酒を醸すことができるのです。代表銘柄は、「瀧澤」「秀峰喜久盛」「明峰喜久盛」です。

 

酒造りの水脈の代表的な例

酒造りの水脈の代表的な例

「名水のあるところ、美酒あり」。良質なお酒を造る酒蔵は同じ地域に集まっていますが、その大きな理由のひとつが名水です。

山は天然の浄化槽の働きをし、巨大な水のタンクでもあります。特に海抜1000mを超えるような大きな山は、すそ野も大きく広がり、その周りでは清冽な湧き水が豊富に採取されます。このような水は、圧力が強くかかっているため、きめ細やかです。また多種多彩な鉱物性のミネラル成分がイオンの形で溶け込んでいるため、酒造りに使うのに適しているのです。

以下、酒造りの水脈の代表的なものをいくつかご紹介します。

・旭岳(2291m)

北海道中央部にある、2000m級の山々からなる大雪山連邦の最高峰が旭岳です。

雪が解け、その水が大地にしみ込み、何十年、何百年という長い時間をかけて味が磨かれて、地下から湧き出す水はまさに清冽そのものです。「大雪旭岳源水」は「平成の名水百選」にも選ばれています。

・八海山(1778m)

新潟県の中越地方にある八海山は、中ノ岳、越後駒ケ岳とともに越後三山と称される名峰です。はるか昔より霊峰として知られ、山岳信仰の対象とされてきました。

現在でも白衣を身にまとった信者が登拝する姿が多く見られます。「雷電様の水(らいでんさまのみず)」や「大崎滝谷の清水(おおさきたきやのしみず)」「金剛霊泉(こんごうれいせん)」など、多くの名水が湧き出ることでも有名です。

人気銘柄「八海山」を醸している新潟県の銘醸「八海醸造」は、この「雷電様の水」を酒造りのすべての作業に使っています。この一帯は、名だたる豪雪地帯として知られています。

厳しく長い冬の間に八海山に降り積もった雪が解けて地下深くまでしみ込み、長い時を経て岩の間から湧き出すこの水は、まさに甘露。その口当たりの柔らかさは抜群です。1986年に新潟県の名水にも指定されました。

・大山(1709m)

島根県にそびえる大山(だいせん)は中国地方最高峰の高さを誇ります。大山の水が素晴らしいのは、ブナ林の存在と大きく関係しています。

森の涵養(かんよう)性という言葉をご存知でしょうか。ブナの木は20万から30万もの葉をつけると言われています。その葉が地面に落ちて、腐葉土となるのですが、天然のスポンジとも言えるその保水力の高さによって、雪解け水や雨水をたっぷりと蓄えます

何十年という時を経て、再び地表に湧き出してくる水は、抜群の栄養分を含んでいるのです。大手飲料メーカーのミネラルウォーターのペットボトルの天然水もこの大山山麓で採取されています。

・白山(2702m)

石川県白山市と岐阜県白川村とにまたがる白山(はくさん)は、富士山などとともに日本三名山(日本三霊峰)のひとつと称されています。

山頂から流れる大量の雪解け水は、森林の土の中にしみ込み、地下をゆっくりと通ってミネラル分を豊富に蓄えながら、少しずつ流れ出ていきます。手取川(石川県)、九頭竜川(福井県)、長良川(岐阜県)、庄川(富山県)の4水系の水源でもあります。