世界各地のテロワール:日本酒から世界酒へ

テロワールとは

テロワール(Terroir)は、「土地/土」を意味するフランス語 ”Terre(テール)”から派生した言葉です。もともとはワイン、コーヒー、お茶などの品種における、生育地の地理、地勢、気候による特徴を指すフランス語です。 同じ地域の農地は土壌、気候、地形、農業技術が共通するため、作物にその土地特有の個性をもたらします。

最近では、ワインに関してよく聞かれる言葉ですが、ワインの場合は、ぶどう畑を取り巻く自然環境要因のことになります。フランスのワイン法(原産地統制名称法)のベースとなり、特定地域、特定の地区、固有のぶどう畑からつくられるワインは特有の個性を表すという考え方です。気象条件(日照、気温、降水量)、土壌(地質、水はけ)地形、標高などぶどう畑を取り巻く全ての自然環境を意味します。近年では、つくり手もテロワールの1つの要素として含めて使われている場合もあります。

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There is so much that we love about this photo. New green grass growing. Head-trained Grenache vines going dormant. Moisture in the air. And a big hawk making use of the (empty at this time of year) owl box as a hunting perch. Farming in synch with nature.⁠ ⁠ ⁠ #tablascreek #pasorobles #adelaidadistrict #pasorobleswine #rhonewine #vineyard #vineyards #vineyardviews #vineyardlife #vineyardphotography #vineyardtour #organicvineyard #biodynamicvineyard #terroir #oldvines #biodynamicwine #biodynamicfarming #biodynamicagriculture #biodynamic #demeter #demetercertified #organic #organicfarming #sustainableagriculture #regenerativeagriculture #headtrained #dryfarmed #grenache #owlbox #hawk

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起源

何世紀にもわたり、フランスのワインメーカーは異なる地域のブドウ園、または同じブドウ園の異なる区画のワインの違いを観察し、作る場所の独特の環境を示す用語として、テロワールの概念を形成していきました。

このような考えは古くから存在しており、古代ギリシャでも作られた地域別にアンフォラという陶器のうつわにワインが保存されていました。また、529年に創建されたカトリック教会最古の修道会であるベネディクト会や、1098年に設立されたシトー会の学識と経験を持つ修道士たちは、何世紀にもわたり、ブルゴーニュ地方の多くのブドウを栽培しているそうです。広大な土地を保有する修道士たちは、生産されたワインへのそれぞれの土地が及ぼす影響を、丹念に観察することができました。伝説によれば、修道士は土の味見までして研究したとも言われています。このように長い年月を費やした研究の結果、テロワールの概念が確立されたのです。

 

世界各地のテロワール

日本各地で生産された日本酒が世界酒として世界各地に発信されていると同時に、世界各地でその場所で生産された米、気候、水質などテロワールの個性を生かした酒造りが始められています。

一般的に日本で飲む日本酒といえば、酒そのものの味や香りを楽しむことを目的とし、何かを食べるとしても酒の「あて」として日本酒に合うおつまみを頼む、という飲み方をイメージする方も多いのではないでしょうか。

その一方、欧米ではビールやワインのように食事のお供として飲む「食中酒」として日本酒を気軽に取り入れられています。

日本酒の旨味成分の中には、ビールやワインに比べてグルタミン酸が多く含まれているため、色々な料理や食べ物との相性が良いのです。実は、ワインには難しいと言われている卵料理や生野菜にも合います。今や日本酒は、食事をよりおいしくするための万能食中酒として世界に認められています。日本酒と世界各地の個性豊かな料理とのマリアージュが、日本酒が豊かな食と酒の世界が広げてゆくでしょう。

それでは、世界各地で巻き起こる日本酒ムーブメントを牽引する酒蔵や取り組みについて、そのいくつかをご紹介します。

 

世界で開催される酒造り講座

アメリカでは、酒造りを教える講座「SAKEプロフェッショナルコース」が人気を集めています。1988年当時の文部省JETプログラムの英語教員として来日したジョン・ゴントナー氏は、電子エンジニアを経て1998年、日本酒を海外へ普及する活動に専念することを決意します。「The Japan Times」に1994年から8年間、日本酒コラムを連載。2003年より「SAKEプロフェッショナルコース」を国内、アメリカ各都市にて開催しています。世界的に有名なDJリッチー・ホーティンをはじめ、これまでの参加者は延べ600人を超えています。

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フランス生まれの本格日本酒「昇涙酒造」

フランス人がつくるフランス生まれの日本酒が、ミシュランで三ツ星を獲得するレストランなどで取り扱われ、国内外で注目を集めています。

フランス発の本格的酒蔵「昇涙酒造(しょうるいしゅぞう)」のオーナー、グレゴワール・ブッフ(GRÉGOIRE BOEUF)氏はランス・アヌシー生まれ。父が製薬会社を経営していたことから、父の会社を手伝っていましたが、2013年に日本を旅行し、日本酒と出会ったことで転機を迎えることとなります。鳥取の梅津酒造で日本酒づくりを学び、2017年にフランスで「昇涙酒造」を立ち上げます。

ブッフ氏の酒蔵の銘柄のひとつ「雷」は、日本にも輸入されるようになりました。現在、「昇涙酒造」が展開するのは「暁」、「風」、「浪」、「雷」、「一心」の5つの銘柄で、そのいくつかは現在フランスの「Troisgros(トロワグロ)」、「Bernard Loiseau(ベルナール・ロワゾ―)」、「La Pyramide(ラ・ピラミッド)」といった名だたるミシュランの星つきレストランでも提供されています。

ブッフ氏が日本酒に興味を持ったのは2013年の夏でした。父や従兄と日本を旅行中に奈良の「風の森」のしぼりたて酒に出会い、たちまち魅了されました。帰国する際には、スーツケースに日本酒を詰め込んだそうです。その後、日本酒の輸入業をしているフランス人と知り合い、日本酒に関するさまざまなことを学びます。そのフランス人の日本酒輸入業者から、当時日本からフランスに来ていた鳥取の梅津酒造の梅津社長を紹介してもらうこととなり、社長から酒蔵での修行の誘いを受け、日本できちんと酒づくりを学ぼうと決心しました。 「梅津酒造」では日本酒づくりを一から学び、発酵の何たるかを突き詰めて考えたといいます。そして、発酵とは、パン、ワイン、味噌、醤油など、人々の生活になくてはならない、人を幸福にするもの、という考えに辿りつくのです。

現在は、初代杜氏である若山健一郎氏の哲学や手法を受け継いだ杜氏の田中光平氏とふたり、フランス、ローヌ・アルプ地方で日本酒づくりを行っています。

米は鳥取の山田錦、五百万石、雄町などをセレクトし、つくりたい味をきちんと考えて酒米を選んでいます。水は、アルプスの雪解け水を源流とするローヌ・アルプの天然水。地下の岩場を流れてくる間にほどよくミネラルが抜け、やわらかになって、いい仕込み水になるといいます。

ブッフ氏によると、「昇涙酒造」の名の由来は、「“昇”は日が昇る国、つまりは日本のこと。“涙”は、パリで日本酒の普及に貢献された故・黒田俊郎さんの著書にある『酒は酵母の最後の涙』という言葉から取りました。」とのことで、いつも日本と繋がっていたいという気持ちの表れでもあるそうです。日本人の酒づくりの手業をフランス人が受け継ぎ、ローヌ・アルプ地方固有のテロワールで独自の発展を遂げていく日本酒、日本とフランスのマリアージュがどのように日本酒づくりに生かされていくのでしょうか。

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日本人初、パリ郊外に酒蔵を設立

世界の食卓において食中酒といえば、ビールかワインのどちらかが一般的ですが、第3の選択肢として日本酒を浸透させていきたいという目標を掲げ、2016年1月に日本酒スタートアップ会社のWAKAZAが設立されました。最初から海外展開を見据え、「洋食に合う酒」をコンセプトに酒づくりを行っています。

WAKAZEでは現在大きく2つのブランドを展開しています。1つがワイン樽を活用して熟成させた日本酒「ORBIA(オルビア)」、そしてもう1つが植物やスパイスを入れて風味づけをした新感覚の酒「FONIA(フォニア)」。

例えば、フレッシュな酸味と赤ワイン樽由来のフルーティな香りが特徴的な「ORBIA SOL」は、ポークソテーなど油脂分や味の濃い料理とよく合うそうです。また、シトラス・ハーバル系の日本酒らしからぬ爽快な香りが独特な「FONIA SORRA」は白身魚のカルパッチョなど前菜とのマリアージュも楽しめるとのことです。

 

オシャレな飲食店が立ち並び、さらには日本酒ファンが注目する人気店が多いことで話題のエリア・三軒茶屋に、2018年に開設した自社のどぶろく醸造所と併設飲食店「WAKAZE三軒茶屋醸造所」。
30歳前後の同世代のメンバーで結成した日本酒ベンチャー企業が行なった、わずか4.5坪のスペースでこれまでの日本酒とは一線を画す新しいタイプの酒を醸造しています。さらに併設された飲食店では、多国籍料理との「ペアリング」で味わうことができるという珍しい事業展開は、日本酒業界に新たな風を吹き込んだことで大きな話題を呼びました。

醸造の責任者となる杜氏を務めるのは、今井翔也氏。群馬県の180年近く続く「聖酒造」の三男として生まれ、東京大学農学部を卒業後、一般企業へ就職。そこで、外資系コンサルタント会社出身の稲川琢磨氏と出会い、同世代のメンバー5名で「チームWAKAZE」を結成します。「WAKAZE」は「和の風」と、酒蔵の若手職人を意味する「若勢」の2つの意味を込めて命名したそうです。
世界中に日本酒を飲む人の裾野を広げたいとの思いから「日本酒を世界酒に」を合言葉に、2015年、目標に向けて動き出しました。

酒蔵の場所はパリから少し南のフレンヌという街ですが、世界最大といわれる食市場のあるランジスの隣に位置します。ランジスの水は、かつてルイ13世が気に入ってパリまで水路を造って引いたそうで、その同じ水源の水を使用して酒を仕込むことになります。

日本ではきれいな味わいが出せるので軟水で仕込むのが主流ですが、WAKAZEではヨーロッパらしい、ミネラル分の多い硬水で仕込みを行っています。原料の米は、南フランスに位置する塩の産地としても有名なカマルグ産のジャポニカ米を使用し、酵母はフランスのワイン酵母を使用しています。三軒茶屋とは違い、副原料を使用しない「清酒」を醸しますが、どんな土地でもおいしい酒づくりができることを証明するために、完全に地域の原材料を使用し、ローカライズされた日本酒、現地の料理に合う日本酒を目標に、パリでの酒づくりに挑戦しています。

 

パリで自社製造できる仕組みを作り、輸送コストや中間マージンを省き、酒造りそのもの以外の余分なコストを徹底的に削減することで、多くの人々に手に取ってもらいやすい価格帯で販売することは、日本酒をフランス拠点にヨーロッパ各地で広めていく上で、大きなメリットの一つとなります。

例えば、今まで日本酒が30ユーロで販売されていたところを、半分の15ユーロで提供していくようなイメージとなります。フランスでは今なおワインが圧倒的なシェアを誇っているものの、若い世代ではクラフトビールやジンなど新種の酒が人気を集めています。日本酒についてもハイクオリティの商品をミドルレンジの価格帯で提供することができれば、爆発的にシェアを拡大する余地があると、WAKAZEは考えています。

今や日本では、ビール、ワインをはじめとする世界各地の多種多様の酒を楽しむことができます。世界中で日本では味わうことのできないその土地の特徴を色濃く表現するローカライズされた日本酒を楽しむことができる、日本人が新しいタイプの日本酒を求めて海外の郊外にある醸造所を訪れる、世界各地の料理とのマリアージュを楽しむ、そんな日が来ることも遠い未来ではないかもしれません。

世界的巨匠 ドンペリ元最高醸造責任者が富山へ

世界有数のシャンパン製造会社で、ドン ペリニヨンの醸造最高責任者を務めたリシャール・ジェフロワ氏が、富山県立山町を拠点に日本酒の世界展開に乗り出しました。富山県の中山間地に醸造所を設け、立山町産の酒米を使った新ブランドをスタートします。

醸造所の設計は、中国美術学院民芸博物館、ヴィクトリア&アルバート博物館ダンディー分館、東京オリンピック2020スタジアムなど世界各地で数々の著名な建築物を設計し、国内外で活躍する、建築家の隈研吾氏が手掛けます。隈氏は阪神大震災以降、コンクリートなどの人工物で自然に立ち向かおうとする20世紀の思想が破綻したと感じたといいます。森林を手入れして生み出す木材は、人間と地球をつなぎ合わせる存在であると位置づけ、隈氏の設計する建築物には木材を多用するなど、「和」をイメージとしたデザインを得意とするため、「和の大家」とも称されています。

ジェフロワ氏が設立する新会社は、休業中の県内の日本酒メーカーから酒造免許を引き継ぎ、社名を「白岩」としました。ブランドイメージは、流線型や円形を多用したフューチャリスティックな形状と、カラフルでポップな色使いが特徴的な、オーストラリア出身の世界的プロダクトデザイナー、マーク・ニューソン氏が担当します。Apple Watchや味の素マークの瓶などが代表的なニューソン氏の作品のいくつかは、ニューヨーク近代美術館やロンドンのデザインミュージアムに収蔵されており、現代を代表するデザイナーの一人として時代を牽引しています。

ジェフロワ氏は日本酒が持つ可能性を切り開き、世界を魅了する酒造りに挑戦します。これからはコメ文化の重要性が増すとみており、日本酒を高く評価しています。国内で酒造りに取り組むための土地を探す中、棚田など心安らぐ日本の原風景が広がる場所として富山県立山町の白岩・芦見地区を拠点とすることとなりました。

ジェフロワ氏はもともと日本酒をつくりたいという思いがあり、さらには海外のVIPを招くような酒蔵にしたいという方向性から、水と米の質がたいことに加え、景色が良い場所を探していたようです。2016年夏、縁あってリシャール氏が立山町を訪れることになり、町の職員が町内の白岩地区にある棚田に案内されました。高台にあり、富山湾も見渡せるこのエリアを気に入り、この大規模な酒造りのプロジェクトが動き始めたそうです。

世界中のセレブリティやカリスマシェフらと親交がある同氏は、そのコネクションを生かして国内外から多くのインフルエンサーを招き、美しい日本と日本酒をアピールしたいと考えています。

また、醸造所の隣接地には、立山町が地元ブランドの海外展開戦略拠点施設を整備することにしています。こちらも2019年11月中旬ごろに建設工事が始まり、延床面積1100平方メートルで、白岩のつくった日本酒をおよそ30万本保管できる倉庫や展示できるスペース、それに商談室、研修室を備えていて、2020年3月に完成の予定です。

まとめ

各分野で時代を牽引する超一流のスペシャリストが集結したこの大規模プロジェクトは、日本の山村から世界にテロワール日本酒を発信する壮大な試みとなるでしょう。世界における日本酒の認知度が一気に高まり、日本酒が世界酒へと飛躍するきっかけとなるのではないでしょうか。