haccpについて説明する女性

食品衛生法が改正されたのは2018年6月13日。その日から、製造業の大手や輸出業など特定の事業者だけではなく、食品衛生管理システムのHACCP(ハサップ)認証の取得が全食品業者に義務付けられました。

食品業者とは飲食店や小売店、物流倉庫などのことで、食品を扱うすべての事業者。規模の大・中・小を問いません。

国が義務付ける背景には、海外へ輸出される日本食品が急増していること、東京2020オリンピックが目前に迫っていること、それ以前に、国内ではいまだに食中毒などが発生していて国民の健康が守られていない、ということが挙げられます。

「ウチは田舎の小さな店だから国際水準なんか関係ない」と思っておられるかもしれませんが、今後はHACCP認証のある、なしが、新規の取引の際の前提や免許更新に関係してくる可能性は高い、と言えます。

今回は、これから日本酒業界がグローバル化していく過程で求められることになるであろうHACCPについてご説明します。

HACCPとは

 

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Carmen.BeautyConsultさん(@carmen.renzitti)がシェアした投稿 – 2019年10月月22日午後11時30分PDT

HACCPとは「Hazard Analysis Critical Control Point」の頭文字を取ったもので、日本語では「危害分析重要管理点」、もっとわかりやすい言葉では「食品の危険度分析による衛生管理」と訳されています。

HACCPは、今や国際衛生管理の国際基準です。世界がHACCP認証を持った食品を信じているのです。

HACCPの誕生

 

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Educating Spaceさん(@educatingspace)がシェアした投稿 – 2019年 6月月10日午後7時09分PDT

HACCPのアイデアは、1960年代にアメリカがアポロ計画を推進する過程で生まれました。NASAとアメリカ陸軍等が安全な宇宙食を考え、どのようにすれば宇宙で安全に食べられるのだろうか、との考察を積み重ねた結果です。

宇宙食とまでは行かなくても安心なHACCPの考え方は食の安全を求める世界各国に広がり、1993年には国際食糧農業機関と世界保健機関によってHACCPのガイドラインが設けらるほどに成長。

その後、先進国ではHACCPを義務化する動きが強まり、アメリカやEUではすべての食品にHACCPを基準とする衛生管理が義務になっています。

HACCPを義務化している国では「HACCPを義務化していない国の製品を輸入しない」が常識となりつつあるとのこと。その世界的なうねりが日本にもHACCPを義務付けているのです。

HACCPの必要性が高い日本

 

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gmtb_zzzさん(@gmtb_zzz)がシェアした投稿 – 2019年 9月月7日午前4時05分PDT

今まではHACCPの必要性は知っていても、製造業や輸出に関わる特定の事業者だけのものの、との認識がありました。しかし、現実は飲食店や小売店、物流倉庫など規模の大小を問わず義務付けられるものとなっています。

日本ではO157などの食中毒事故や異物混入も少なからず発生しており、日本の食の衛生管理基準を勘に頼るだけではなく制度化する必要性もやっと認められてきています。

「日本の食品は国がきちんと管理しているから高品質」なんて信頼感を持っている人がいますが、日本はいまだに食中毒の発生率は下げ止まり状態なのです。例えば、

  • O-157
  • ノロウイルス
  • アニサキス
  • カンピロバクター

の発生ニュースはいまだに絶えません。

実際この記事を書いている最中にも「金沢市で鶏レバーの刺身が原因とみられる食中毒が発生」とのテロップが流れました。

カンピロバクター食中毒事例について、厚生労働省の「平成29年食中毒発生状況(概要版)」では、以下のように報告しています。

主な食中毒事案都道府県等の報告に基づき集計したところ、約半数の事例は仕入れ品に加熱用表示があるにもかかわらず、生又は加熱不十分な鶏肉を提供していた。

出典:厚生労働省「平成29年食中毒発生状況(概要版)及び主な食中毒事案」

金沢市はこの店を3日間の営業停止にしたそうですが、これでは何度も繰り返しているレバ刺し食中毒事件の再発を防ぐことは出来ません。

お店を信用して新鮮なレバーだと思って食べただけなのに加熱しなければならないレバーを生で食べさせられて、苦しい目に遭うのはいつも消費者です。それなのに店は3日で復活します。

そんな日本に必要なのは先進国が推進しているHACCPなのですが…。

日本でHACCPの普及が遅れている理由

 

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Collin College pastry arts🎂🍰さん(@collincollegepastry)がシェアした投稿 – 2019年10月月14日午前11時38分PDT

日本でも海外と取引をする大手企業はHACCPを取り入れています。しかし、恥ずかしいことに先進国の中では日本のHACCP導入率はかなり低い状態です。

原因は経営者や事業責任者の無関心とも言えますが、今まで実態を把握しておきながら、インバウンドの増大を目前に慌てて義務化を推し進める国にも何か言いたくもなるものです。

「HACCP認証を取得するように」なんて言われて慌てふためく事業者には寝耳に水も同然です。

2020年までにHACCPを導入しないとどうなる

1年間の猶予期間という文字を提示する男性

HACCP義務化の法令は、2020年の6月に施行することが決定しています。

しかし、経過措置として1年間の猶予期間が設けられています。

従って、2021年6月までにHACCPの衛生管理を導入する必要があります。導入していない事業者は食品衛生法に反しているとみなされます。

HACCP未導入に罰則はあるのか

HACCP義務化は法律で定められてはいますが、明確な罰則は決められていません。しかし、都道府県が定める条例によっては罰則を受ける場合もあります。

例えばHACCP認証を取得しておらず、衛生管理を無視したがために食中毒などを発生させ、食品衛生法違反になった場合は「3年以下の懲役または300万円以下(法人は1億円以下)の罰金」となっています。かなり厳しいです。

それ以前に、HACCP未導入の店は食品の衛生管理がなっていない、との認識が広まり、客足も少なくなってしまうことも考えられます。

また、営業許可の更新時にHACCPの未導入をチェックされれば更新できなくなる可能性もあるので、早めに導入した方が賢明と言えます。

HACCPは難しくない

HACCPとは、

最終製品を無作為抽出(抜き取り検査)して検査する方法を改め、原材料から最終製品までを衛生管理すること。

問題のある製品の出荷をなくし、食中毒など未然に防ぐための管理です。

HACCPの基本

  • 原材料、仕入れ、調理工程などの、どの部分に問題が発生する可能性があるかを事前に想定
  • 実際の調理や製造時に想定された問題点をクリアしているかを確認
  • 一回だけではなく連続的に監視していく

以上を行うことがHACCPです。

このようにご説明すると難しそうで尻込みしますが、飲食店の例では具体的に以下のことをルーティンワークとして行います。

  • すべてのレシピで加熱、冷却、殺菌、納品、温度計記録などのチェック項目を設け、調理するたびに記録する
  • 調理以外では、開封済みの食品の開封日を記録、定期的な保存状態の確認を行う

何やら面倒そうなので、「HACCPを私の店に導入するにはお金がかかるのでは」とか、「専門家を雇わなきゃいけないかも」とか、「書類を揃えて役所に申請してHACCP認証を取るのにも時間も手間もかかるのでは」、と心配される方も多いかと思います。

そこで、HACCP認証取得の流れをご紹介します。

HACCP認証を取得する流れと期間

まず、厚生労働省がまとめた動画「食品製造におけるHACCP導入の手引き(約33分)」をご覧ください。

 

一般的にはHACCP認証協会のコンサルティングを受けることが多いようですので(もちろんコンサルなしでもできますが)、その中からスケジュールをご紹介します。

以下は、HACCPを基礎から勉強したい事業所のスケジュール例です。

1か月目 HACCPの歴史、HACCP導入の利点、衛生の基礎などの勉強会
2か月目
3か月目 洗浄方法を学び、衛生標準作業手順書を作成
4か月目
5か月目 HACCPプラン作成、記録を文書化
6か月目
7か月目 クレーム処理対応とリコールの手順書、検査マニュアル
8か月目 HACCPマニュアル作成
9か月目 品質目標をたて、HACCP導入宣言を行う
10か月目 製品安全データシート作成
11か月目 コンサルティング会社による事前審査
12か月目 HACCP認証協会からの本審査が入る

かなりの手順と期間にため息が出そうですね。

とは言え、経営トップが衛生管理の向上のために強い意志を持ち、過去に「ISO2200」などを取得した経験がある事業所などの場合は、最速2〜4か月で認証申請できる場合もあるようです。

※ISO2200とは「食品安全マネジメントシステム-フードチェーンの組織に対する要求事項」のことで、食品に関するすべての過程において、食品危害を防ぐための仕組みを作るための国際標準規格です。

認証申請に必要な書類

書類 ファイル

事業所でHACCP認証協会からの審査受け入れの準備ができたら(上記の表では12か月目)認定の申請をします。申請時に必要な書類は業界や業種ごとに違いますが、一般的には下記の書類が必要になります。

製品説明書、製造工程図、施設平面図、危害要因分析表、管理基準、モニタリングの設定、改善措置、検証、モニタリング記録、改善措置記録、HACCP総括表など

表などの具体例は、厚生労働省「食品製造におけるHACCP入門のための手引書」が参考になります。

事業所としては大掛かりな取り組みになりそうですが、HACCPを取り入れることで、以下のようなメリットが生まれます。

HACCPを取り入れることのメリット

HACCPの実際は、一般的な衛生管理で「5S=整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」と「7S=5Sに洗浄・殺菌を加えたもの」を監視すること。

5Sに取り組んでいるだけでも企業にとってメリットは大きい、とされています。それは、

  • 食中毒が予防される
  • コンプライアンスが徹底される
  • 日常的な品質管理による不良在庫が減る
  • 整理整頓が上手になり、片付けがはかどる
  • 業務効率が向上する

という結果も得られるからです。

HACCP認証取得に関する資金援助もある

 

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twincomet_onlineshopさん(@twincomet_onlineshop)がシェアした投稿 – 2019年 6月月5日午後6時02分PDT

日本政策金融公庫が「食品産業品質管理高度化促進(HACCP)資金」を取り扱っています。このHACCP資金は、

  1. 建物の整備
  2. 衛生管理設備の設置
  3. 監視制御システムのための機械・設備の装置
  4. 1~3と併せて、一体的に導入する生産施設

が対象となりますが、HACCP導入のための、

  • コンサルティング費用
  • システム開発費
  •  研究費等
  •  HACCP導入施設の円滑な立ち上げに必要な費用

についても対象になります。

つまり、手洗い設備からバーコードリーダーまでも対象になっているので、気軽にご相談されてみてはいかがでしょうか。

『HACCP支援法の融資イメージ』についてはこちら

 

『食品産業品質管理高度化促進(HACCP)資金』についてはこちら

HACCP認証取得は日本酒業界でも必要?

以下の国では、輸入食品にHACCP認証が求められています。

アメリカ 水産物、水産加工品、牛肉
EU 水産物、水産加工品、牛肉
カナダ、香港、シンガポール、メキシコ 牛肉
ニュージランド 二枚貝

日本酒は以上の国ではHACCP認証の提示は求められていないし、もともと日本酒はアルコール飲料なので食中毒が起こることはまれ、との意識を持っておられる酒造が多いと思われます。

HACCP認証なしでは海外との取引に不利な場合も

昨今の海外での日本酒ブームを受けて海外への輸出に本腰を入れる酒造も増大しています。

ジェトロの海外ビジネス情報によると、

オーストラリアはHACCPにも準拠しています。アルコールの販売や消費について、地域的制限を定めている州もあるため注意が必要です。

出典:ジェトロ「海外ビジネス情報・アルコール飲料の現地輸入規則および留意点:オーストラリア向け輸出」

とのこと。オーストラリアへ進出する酒造や事業者はHACCP認証を手に入れておく方が無難なようです。

もし、その酒造がHACCPを導入していない場合は、その酒造の日本酒がHACCPの基準にのっとった管理をされていない、つまり「食中毒を起こしたり、異物混入の可能性があるので危険」とみなされ、持ち込みを拒否される可能性もあります。

日本酒のHACCPモデルはある?

厚生労働省ではHACCPモデル例として、9種類の製品の事例を示してHACCP導入手順を説明しています。

しかし、これらの事例の中には日本酒は含まれておらず、各酒造も何を手本にして始めたら良いのか戸惑うばかりではないでしょうか。

ざっとネットで調べたところ、参考になりそうなものは厚生労働省の「HACCPモデル例-発酵食品・米味噌」と、前述した「HACCP入門のための手引書」あたり。後者はイラストが豊富でわかりやすいかと思います。

各自治体でもHACCP導入を推進するためのセミナーを開催したり保健所による個別相談会を開いたりしています。どのように取り組めばいいのかさっぱりわからない方は、自治体に連絡してどんどん利用しましょう。

事例:海外からHACCP認証の有無の確認が!『福井県 黒龍酒造』

 

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KaZuYoShi(@kzys.ponsupreme)がシェアした投稿 – 2019年 5月月20日午前3時42分PDT

吟醸蔵として高い評価を得ている黒龍酒造がHACCPに取り組むようになったのは、海外の業者から「HACCP認証は取得しているか」との質問があったことが始まりです。

そこで黒龍酒造では2017年11月からHACCPプロジェクトチームを発足し、2019年1月にHACCP認証を無事取得しました。

今後はマレーシアやシンガポールなどへの輸出も検討しており、他社の酒と競合した際に売り込みの決め手の一つになると期待している。

出典:日本経済新聞

輸出先国が求めなくても、その国の取引事業者がHACCP認証を求めてきたら対応しなければならない状況にきているようです。

『黒龍酒造』についてはこちら

HACCPを取得している日本酒造

国税庁の「各国税局が収集した酒類業活性化事例」によると、熊本国税局管内のA酒造が県内で初めてHACCP認定を得ています。

HACCP認証を取得した『熊本 A酒造』

A酒造(資料に酒造名は記載されていません)はアメリカなどに日本酒と焼酎などを輸出していますが、海外の取引先からHACCP認証をとっているか、との多くの問合せがあったことを受け、平成24年12月からHACCP取得に取り組んできました。

A酒造が具体的に行ったことは、

  • HACCP認証取得に向けて社内で11人のチームを組む
  • 日本酒、焼酎及びリキュールの製造工程の200以上の段階で安全性を点検する
  • 加えてHACCPに詳しい一般財団法人のアドバイスも参考にする

そして、苦労しつつも平成27年7月に、晴れてHACCP認証を獲得しました。

HACCP認証取得後、A酒造の成約率がアップ

以前は、HACCP認証を持っていないことで商談が上手くまとまらないこともありましたが、HACCPの認証取得以後は、成約率が高まったとのことです。

HACCP認証を取得したからには、A酒造の製造する商品が安心・安全・衛生的であると国際的に認められることになるので、これをセールスポイントとして、今後はいっそうの輸出増加を図るそうです。

ISO 9001-HACCP認証を取得した『新潟県 朝日酒造』

「酒造のある里」で『日本酒の楽しみ再発見』や地元新潟の食文化を発信し続け、「久保田」「朝日山」でも有名な朝日酒造は、2019年6月21日にISO 9001-HACCPの認証を取得しています。

※ISO 9001は、世界で170か国以上、100万以上の組織が利用している「より良い製品とより良いサービスで顧客満足度の向上を図る」ための国際規格です。

『ISO 9001-HACCPの認証を取得した朝日酒造』についてはこちら

HACCP認証を取得した『鳥取県 中川酒造』

 

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shoko_fujiiさん(@shoko_fujii)がシェアした投稿 – 2018年 1月月25日午前12時56分PST

鳥取県でもっとも長い歴史を誇る老舗「中川酒造」では、2016年6月29日にHACCP認定証を獲得しています。

清酒には「食中毒」の要因は有りませんが、「異物混入・火当て(加熱殺菌)」を中心に衛生管理(手順(40P)順守・記録)に認定に恥じないよう、更に精進致します。
 出典:中川酒造株式会社

『中川酒造』についてはこちら

HACCP認証で日本食品は国際基準食品の仲間入り

HACCP認証には有効期間が定められており、定期的に手続きを行う必要があります。

今や食の安全と品質において世界標準となっているHACCPを導入していないのであれば将来的に海外進出のチャンスを失うことにもなりかねません。

日本酒造でもアルコール度数が違っていたり、食品営業許可証の未取得期間に醸造していたので自主回収、などの事例があります。HACCPの考え方が浸透すればこのような件も減少することでしょう。

それに、まだヨソの同業者さんが「HACCPって何?」って状況の時にいち早く導入した方が、お客様に「このお店(酒造)のお酒の方が安心」をアピールできる、という特典もあります。

平成29年の食中毒患者数は16,464人(うち3人が死亡)、発生場所は約60%が飲食店ですが、試飲できて、おつまみも出してくれる酒蔵でも注意が必要です。

このような悲劇をなくすためにも、早急にHACCPに取り組み、国際基準に基づいた安全な食を目指したいものです。


参照資料

JETRO「アルコール飲料の現地輸入規則および留意点:オーストラリア向け輸出」

国税庁「各国税局が収集した酒類業活性化事例」

HACCP認定協会「HACCP取得の流れ」

厚生労働省「平成29年食中毒発生状況(概要版)及び主な食中毒事案」

日本経済新聞「26万本自主回収へ 本来と違うアルコール度数」

FOODS CHANNEL「【回収終了】 純米酒一部 食品営業許可証なく製造」