
地理的表示と訳される「GI(Geographical Indication)」をご存知でしょうか。
地理的表示GIがある農林水産物・食品・酒類は産地名を独占的に名乗ることができて、国もその産地の品質を保証していることから、市場での付加価値が高まるとされています。
例えば、シャンパンはシャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインに対してだけ与えられた呼称で(AOC法)、他の地方のスパークリングワインはシャンパンと名乗ることは禁止されています。
パルミジャーノ・レッジャーノもしかり。北イタリアのごく限られた地域で1200年代から作られているハードチーズで、日本で売られている粉状の「パルメザンチーズ」とは別物です。
地理的表示GIとはその食品に対して「お墨付き」を与えて権利の保護までしてくれます。しかし、残念なことに、大部分の日本酒業界は地理的表示GIを取得していません。つまり、その権利を放棄しています。
現在まで日本酒の地理的表示GI認定数はごくわずか。
今回の記事では、地理的表示GI認定のメリット、取得条件と取得方法を紹介させていただきます。
※なお、上記のGIマークは日本酒用ではありません。この件については後述しています。
日本の地理的表示GIの歴史
地理的表示GIとは「地理的表示の保護制度」で、特定の産地、特定の品質、歴史ある産物の名称を知的財産として保護するものです。
日本での地理的表示GI保護制度の所轄は、国税庁と農林水産省の2つに分かれています。
日本酒の地理的表示GI申請は国税庁へ
日本酒を管轄するのは国税庁です。
WTO(世界貿易機構)の発足によって、ワインと蒸留酒の地理的表示GIの保護が加盟国すべてに義務付けられたことから、国税庁は1994年にワインと蒸留酒の「地理的表示に関する表示基準」を設けました。
その後、2005年9月には清酒、2015年10月には全酒類を対象にしましたが、日本酒は国のGIを除けば、現時点で3地域のみが登録されているに過ぎません。
※地理的表示GI認可には自己申請が必要です。
それに対して、農林水産省の登録数は86品目(2019年9月9日現在)にも登ります。
地理的表示GIの起源
地理的表示GIは比較的新しい制度のように聞こえますが、そのルーツは100年以上も前にさかのぼり、フランスを起源としています。その原因はボルドーワインの偽装問題にありました。
ボルドー以外のワインが「ボルドーワイン」をかたり始める
ボルドーワインの知名度が高まるに連れて、ボルドー以外で生産されたワインも「ボルドーワイン」と名乗りをあげ、偽物にもかかわらず市場に出回るようになりました。
ボルドーのワイン組合はボルドーワインの真の味わいを持たない偽物ワインによって商品価値が下がることを憂慮し、フランス政府に偽物禁止令を要望。そうした経緯を経て「本物の生産者以外は地名ブランドを名乗ってはいけない」との「原産地呼称制度」が成立しました。
地理的表示GIは、このボルドーワインの例を原型としたものです。
地理的表示GI認定品は世界的に有名になり得る
海外での酒類の地理的表示GI品目はボルドーワインの他に、スコッチウイスキー、バーボンウイスキーなどが有名です。
この投稿をInstagramで見る
食品では、
- シベッロ産クラテッロ(生ハム)
- モデナ産伝統的バルサミコ酢
- ポワトゥ・シャラント・バター(エシレバター)
- カマルグ米
などは日本ではよく耳にされていると思います。
この中でもシベッロ産クラテッロはGI登録したことで、名も無い地方の生ハムが世界的な知名度を得るほどに成長しました。
この投稿をInstagramで見る
エシレバターは明石家さんまさんが言及するほど高品質。ほんのりとクルミの風味を感じるクリーミーな発酵バターです。フランスで唯一木樽で製造されている、高付加価値商品とも言えます。
しかし、日本では、食品に対する地理的表示GI認定の意義が周知されていないせいか、いまだに知名度が低く、申請数も少ないのが現状です。
- 地理的表示GI指定されると他の商品との差別化が図られる
- 日EU・EPAで相互保護が可能なので、海外でも偽ブランド日本酒の売買防止や取締りを求めることもできる
- 国内での表示違反に対しても行政が取り締まってくれるので、裁判を各自で起こす手間と金額がかからない
(詳細は以下で説明いたします。)
などのメリットがあるのに、なんとももったいない話ではありませんか。
日本での地理的表示GI制度の内容と効果
日本でも条約や法令により、地理的表示GI認証は知的財産権のひとつとして保護されています。

※上のイメージは農林水産省のものですが、国税庁の記述よりもこちらがわかりやすいので使用させていただきました。
日本の農産物や食品は海外に輸出されていますが、日本以外で作られた農産物・食品に勝手に日本の地名ブランドを命名して販売する例も多くなっています。
日本酒もしかり、です。
現在、海外での清酒生産量が増加していますが、ボルドーワインの歴史にもあるように、日本酒にも偽装問題が起こらないとは限りません。
海外酒造が造るSAKEの中には賞をとるほどに実力を上げている物もありますが、良心的な海外酒造ばかりではありません。日本以外で造って低品質なSAKEを「日本酒」と名付けて売る酒造が出てくる可能性もあります。
その結果、「日本酒ってそれほど美味しくないね」という噂が広まっては身も蓋もありません。
これは海外の問題には止まりません。国内でも有名な日本酒の商品名を真似るやからが出てくることもありえます。
そのような事態を防いで日本酒の真の美味しさを知ってもらうためにも、地理的表示GIの取得が必要になっているのです。
日本酒地理的表示GI認定は3か所だけ!という驚愕

前述しましたが、農林水産省に比べて圧倒的に少ない地理的表示GI認定日本酒。
以下に示していますが、④の国レベルの地理的表示GIを除外すると、2019年3月の時点では白山(石川県白山市)、山形(山形県)、灘五郷(兵庫県神戸市灘区、東灘区、芦屋市、西宮市)の3種類のみにとどまっています。
名称 | 指定日 | 産地 |
---|---|---|
①白山 | 2005年12月22日 | 石川県白山市 認証銘柄:高砂、菊姫、萬歳楽、天狗舞、手取川政宗 生産基準:米及び米こうじに国産米で醸造用玄米の1等以上に格付けされたもの、かつ精米歩合70%以下の米のみを用いる、石川県白山市内で採水した水のみを用いる、石川県白山市内において製造された清酒であること、もろみの製造に当たっては、液化仕込み※を行わないこと、貯蔵する場合は石川県白山市内で行う、容器に石川県白山市内で詰めること。 |
②山形 | 2016年12月16日 | 山形県 認証銘柄:十四代、くどき上手、上喜元、出羽桜など 条件:米及び米こうじに国内産米のみを用いたもの、山形県内で採水した水のみを用いる、山形県内において製造する、貯蔵する場合も山形県内、山形県内で容器に詰めること。 |
③灘五郷 | 2018年6月28日 | 兵庫県神戸市灘区、東灘区、芦屋市、西宮市 (西郷・御影郷・魚崎郷・西宮郷・今津郷の総称) 認証銘柄:櫻政宗、嘉宝蔵、辛丹波、黒松白鹿、翔雲など 条件:米及び米こうじに国内産米(農産物検査法の3等以上の格付けが必要)のみを用いる、水は灘五郷内で採水した水のみを用いる、灘五郷内において製造された清酒であること、貯蔵する場合は灘五郷内で行う、灘五郷内で容器に詰めること。 |
④日本酒 | 2015年12月25日 | 日本国 酒税法第3条第7号※※に規定する「清酒」の原料を用いたもの、米及び米こうじに国内産米のみを用いたもの、日本国内において製造されたもの。 |
(国税庁:国税庁長官が指定した酒類の地理的表示(GI)より抜粋)
※液化仕込み:「融米造り」とも呼ばれています。精米・洗米・浸漬・水切りなどの処理後、米を粒状化、粉砕化して装置に入れ、温度を上げながら酵素の働きで液化します。その後、冷却していつも通り発酵させる方法です。
※※酒税法第3条第7号:米、米こうじ、水を原料として発酵させてこしたもの(アルコール分が22度未満のもの)。米、米こうじ、水及び清酒かすその他政令で定める物品を原料として発酵させてこしたもの(アルコール分が22度未満のもの)、とされています。
日本国レベルの地理的表示GI日本酒とは?
上記の表の①②③は各地域が申し立てをした上で認定されています。
しかし④は特別で、日本が国レベルの地理的表示として平成27年に設定したものです。その目的は、
- 国際的ブランドとしての独占的表示
- 輸出促進
海外で「地理的表示GI日本酒」と名乗るためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 原料米は国産米のみを使う
- 日本国内で製造された清酒であること
国内産米のみを原料とし、かつ、日本国内において製造された清酒以外には「日本酒」と表示することができません。(酒類の地理的表示に関する表示基準)
出典:税関「酒類の表示方法の届出について」
つまり、地理的表示GI日本酒はブランドを誇示するだけではなく、
- 日本の米生産農家の保護
- 日本の酒造の保護
- 輸出時における、海外での知的財産としての保護※
も備えていることがわかります。
※3.については、国外で模造品が流通した場合でも権利の主張ができます。権利が侵害された場合、国税庁に通告すれば地理的表示GIの相互保護が成立した国であれば該当国が日本酒保護のために動いてくれます。
国が日本酒を地理的表示のGI認定したことで、以下の事項が可能になります。
- 外国産の米を使った清酒、日本以外で造られた清酒は「日本酒」と表示してはならない→消費者にとって区別が容易になる
- 海外での地理的表示GI認定日本酒→「日本国が保証した、高品質で信頼できる酒」であることを海外にアピールできる
- 海外で地理的表示GI認定日本酒が相互保護の対象となる→「日本酒」と「日本以外で造られた清酒」との差別化が図られて「日本酒」のブランド価値が向上する
地理的表示GI表示で信頼を得た日本酒は。海外への輸出促進にも大きな効果をもたらすと期待されているのです。
日本国内で地理的表示GI認定を受けた場合のメリット
ここで、「地理的表示GI日本酒を国として認定した今、国産米を使って日本国内で日本酒を造っている地域がそれぞれ地理的表示GI申請する必要性はないじゃないか」と思う方もおられるでしょう。
しかし、各地域で地理的表示GIを取得すれば、以下のメリットがそれぞれの地域で生まれるのです。
- 国内での日本酒の地理的表示GIを個々の地域で取得→さらなるブランディング化が進み、購入者の認知度が増し、販売店もPRして売りやすくなる
- ブランド名は国が保護する。例えば灘五郷で造られてもいない日本酒に「灘の生一本(○○産)」、あるいは「○○、灘風味」などと表示することは禁止。偽装者は不正競争防止法違反や詐欺罪で告発される場合もある
- 法的手段が確保されている→知的所有権の侵害から守られる
- 地理的表示GI認定地域の酒造は他の酒造よりも優れているとみなされ、世界的なインフルエンサーを招いての酒造ツアー実施なども可能になる→世界中に拡散され、海外でGI日本酒を超えたブランド日本酒として売り上げも増加
- 政界・財界の要人やメディア関係を招いての政府主催の海外イベントでプロモーションを打てる→「GI日本酒+GI国内ブランド」の印象を与え、特別感が増す
日本酒が地理的表示GI認定されるための方法は?
日本酒の地理的表示GIは、産地からの申し立て(自己申告)にによって国税庁長官が指定します。商品が優れてさえいれば、国から自動的に付与されるものではありません。自分で動くことが肝要です。
地理的表示GI取得の流れは、以下の通りになります。
- 日本酒の産地の特性があり、長年確立していることと、日本酒の原料と製造法が明確であることを確認する
- 産地内における全生産者の同意を得る
- 産地の事業者団体(酒造組合など)が国税庁長官に申し立てをする
- 国税庁では、申し立て内容が正しいのかを確認するとともに一般の意見も求める
- その後、適合した、と判断されれば、地理的表示GIが認定される
※GIを受けた後にどのようにGIを継続させていくかについての管理等、十分な検討がなされることも必要です。(国税庁から定期的なチェックが入るので、生産基準に適合しなくなったと判断されたら表示不可になる恐れあり)
地理的表示GI認定されるためには、社会的評価を受けた優秀な品質であり、歴史的背景もあり、一定期間※の確立した評価があることが求められます。
※農林水産省では、25年間その作物を作り続けている実績が必要ですが、国税庁の場合は明確な年数を示していないことから、柔軟な姿勢をとっていると考えられます。
地理的表示GI認定マークを設定していない国税庁
農林水産省には統一された「地理的表示GIマーク」がありますが、酒類に地理的表示GIマークはありません。
では、地理的表示GIを取得した日本酒はどのように表示すればいいのでしょうか。
国税庁推薦の地理的表示GIマーク
国税庁は、ラベルに「地理的表示○○」、「Geographical Indication」、「GI」のいずれかの文字を入れるように指導しています。
または、各産地が独自にGIマークを作成して用いることも許可されています。
山形県の例:
この投稿をInstagramで見る
灘五郷の例:
地理的表示GIの指定を受けることにより、地域ブランドとしての付加価値と信頼性が向上します。
イタリアの地方の、名もなき小さな村の生ハムが世界的に有名になったように、輸出拡大にも繋がる可能性が見えてくることをくれぐれもお忘れなきようお願いいたします。
まとめ:日本酒は地理的表示GI認定取らなきゃソンソン♪
日本酒関係者の中には「地理的表示GI申請は書類や手続き関係が難しいのでは」と二の足を踏んでいる方もおられるでしょう。
実際、国税庁の「酒類の地理的表示に関する表示基準を定める件」を読んでみましたが、いつものごとく難解な文章がつらつらと続いているので眠くなり、途中で投げ出したくなりました。
しかし、面倒な書類作成や省庁との連絡を代行して申請してくれる弁護士事務所もあります。そちらの方が手続きもスムーズに運ぶためか、農林水産省では代行申請を奨励しているほどです。
チラッと見たところでは、日本酒は(現時点で)約35万円ほどで申請代行してくれる事務所もあるようです。
興味がある方は「地理的表示申請代理サービス」で検索してみてください。何件かヒットします。
その地域で生産される日本酒にもっと付加価値を持たせて、収入増につなげ、地域活性化や酒蔵ツアーの増加なども視野に入れて、一度相談されてみてはいかがでしょうか。
参照資料
・国税庁「地理的表示「日本酒」の指定について」
・農林水産省「登録産品一覧」
・JSTAGE「清酒の液化仕込みについて」
・国税庁「地理的表示「白山」生産基準」
・国税庁「地理的表示「山形」生産基準」
・国税庁「地理的表示「灘五郷」生産基準」
・国税庁「地理的表示「日本酒」生産基準」
・国税庁「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律に基づく表示義務事項一覧表」
・国税庁「酒類の地理的表示に関する表示基準を定める件」