
長期間熟成されて円熟味を楽しめるビンテージワインやウイスキーはあるのに、日本酒はなぜ熟成できないのだろうか…そう思っている日本酒ファンは多いのではないでしょうか。
実は、長い歴史がある日本酒造りの中では、もちろん熟成古酒は存在していたのです。
発酵、醸造に関する世界的な権威者であった坂口謹一郎氏は著書の中で、「人の血を絞れる如くなる古酒を仏、法華径にまいらせ給える女人の成仏得道疑うべしや」との鎌倉時代の日蓮上人の書簡や、公家や寺院の日記にも「古酒」の記述がある、と熟成古酒が存在していた証拠を示されています。
また、江戸時代のチラシによると「九年酒」という熟成古酒も存在し、清酒の2倍の値段で売られていたこともうかがわれます。
このように、昔から庶民は日本酒を熟成させてその奥深い味を楽しんでいたのですが、江戸時代が終わるとその楽しみは消滅。
原因は、明治政府が新しい酒税法を発足させたことにあります。その酒税法の下では蔵にある日本酒すべてに課税されるようになったことが大きな原因です。
憎き酒税法の名前は「造石税」。熟成中の日本酒は保管のコストもかかる上に、毎年納税していたのでは出費増です。これでは熟成古酒として売り出す時にも高い値段をつけなければ採算がとれなくなります。
したがって、酒蔵では熟成古酒の製造を諦めるしかない状況になったのです。
しかしその後、昭和28年の酒税法改正で、酒蔵から出荷された分にだけ課税される「蔵出し税」に変更されました。そこでチャレンジ精神のある酒蔵は再び熟成古酒造りを試みることになり、現在、私たちはその恩恵を受け、熟成古酒を再び楽しむことができるようになりました!
今回の記事では、
- 熟成古酒とは何か
- 熟成古酒の種類と特徴
- 熟成古酒に合う食材
- 熟成古酒の健康上のメリット
- おすすめの熟成古酒
について解説します。
熟成古酒とは「3年以上熟成された日本酒」
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通常、日本酒の賞味期限は1年とされています。しかし、酒造りの当初から熟成古酒とするべく設計された日本酒を最適な環境で寝かせておけば熟成古酒を造ることができます。
熟成古酒に関しては明確な酒税法上での定義づけはなされていません。現在では特殊な装置を使って短期間で熟成酒を造ることも可能とされています。しかし、長期熟成酒研究会では「満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」を熟成古酒としています。
熟成古酒は熟成に使う日本酒の種類や長期保存温度によって3タイプに分けられます。
タイプ | 熟成に使う酒の種類 | 保存温度 | 外観、風味の特徴 |
濃熟 |
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常温 (15℃〜25℃) |
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中間 |
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低温熟成と 常温熟成併用 |
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淡熟 |
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低温 (15℃以下) |
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熟成古酒の「色」
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熟成古酒は年数が経つにつれて色が変化してきますが、保存温度や日本酒の種類によって色は違ってきます。
濃い色に変化する「濃熟タイプ」
米の磨きが少ない日本酒を熟成した場合は濃熟タイプと呼ばれています。濃熟タイプは原料となる日本酒にブドウ糖とアミノ酸が多く含まれているため色が早く濃くなり、琥珀色からまるで醤油のような濃い色に変化します。
色の変化が少ない「淡熟タイプ」
逆に、米を磨き上げて造った大吟醸や吟醸を使って熟成した場合は淡熟タイプと呼ばれ、色の変化は遅くなります。
従って、淡熟タイプは濃熟タイプほど色が濃くありません。せいぜい琥珀色に変化するくらいなのです。どうか「色が薄いから熟成古酒ではない」なんて決めつけないでくださいね。
熟成古酒のアロマ「熟成香」
日本酒が熟成するに従って変化していく香りの成分は主にフルフラールと、日本酒成分のブドウ糖とアミノ酸が結合してできたカルボニル化合物に含まれているソトロンからきています。
日本酒の熟成期間が長くなるほどフルフラールとソトロンの香気成分が強くなり、熟成古酒の芳香を日々変化させながら熟成香を作り上げていきます。それぞれの成分の香りの特徴は以下の通りです。
- フルフラールはカラメルのような香りで熟成古酒に濃厚さを与える
- ビンテージポートワインや貴腐ワインにも含まれるソトロンはカレー粉のような香りで深みを与える
その他にもフルーティーな香りのベンズアルデヒド、蜂蜜のような香りのコハク酸ジエチル、綿菓子のような甘い香り成分も熟成古酒の熟成香を作る成分(1)です。
これらの香りが時の経過とともに渾然一体となり、調和がとれた状態になると「熟成香」と呼ばれるようになります。
「熟成香」と「老香」の違い
日本酒を保存すれば、どうしても避けられない「老香(ひねか)」が発生します。
たくあんや硫黄を想像させる老香の原因物質はDMTSと呼ばれる物質で、この匂いがする日本酒は劣化した酒、として嫌われます。
しかし、DMTSを発生させる前駆体物質は酵母の発酵によって作られたDMTS-P1。つまり、酵母を必要とする日本酒にとってはどうしてもDMTSの発生は避けられないのです。しかし、面白いことに、熟成期間が長くなればなるほどDMTSは減少して熟成香に変化していくのだから、日本酒の世界はやはり深い、と言わざるを得ません。
実験では、熟成期間が20年〜30年ほど経過するとDMTS成分が減少し、時間に醸されて芳しい熟成香が際立っていくことを証明しています(2)。
熟成古酒の「味」と食材との「マッチング」
熟成古酒の味わいを一口で表すなら、日本酒が持つ「甘味」「酸味」「辛味」「旨味」「苦味」のバランスを保ちながら、時間の経過で成分が変化することで実現した重厚な味わい、と言えます。
重厚な味の熟成古酒に合う食材は濃厚味。最近人気の熟成肉やジビエにもぴったりです!
熟成古酒の味わいの特徴
- 口に含む時にはとろりとした柔らかさ
- 口腔内では口中に広がるまろやかさとどっしりした味わい
- スルリとした喉越しの良さ
- 飲み込んだ後に残る複雑な余韻
など、じっくりと腰をすえて重厚な旨味を楽しめるのが熟成古酒。
しっかりした味わいの熟成古酒には、熟成古酒の力強さに負けない味を持った食材を選びましょう。
熟成古酒に合う食材
使用する日本酒の種類と熟成温度によって3種類のタイプに分けらる熟成古酒。ここではタイプ別に相性のいい料理と食材を選びました。
タイプ | 食べ物とのマッチング |
濃熟 | 中華料理など油脂分の多い料理 味付けが濃い料理
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中間 | 甘みと酸味がある料理
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淡熟 | フランス料理 懐石料理
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熟成古酒を美味しく飲むための「酒の温度と酒器」
熟成古酒は新酒が持つ甘味、旨味、酸味のバランスを保ちながら、熟成年数を経るごとに熟成香を持つようになります。色合いも新酒時代の無色透明が徐々に琥珀色に変化してきます。これらのせっかくの変化を愛でながら飲まない手はありません。
では、熟成古酒を最高に美味しく飲むためには酒の温度はどれくらいが適切なのか、酒器はどれを選べば熟成古酒を楽しめるのかを説明します。
熟成古酒の味わい方
寝かせることで、いつもの日本酒が解脱した熟成古酒。どのような飲み方をすれば、熟成古酒を心ゆくまで味わうことができるのでしょうか。
熟成古酒を楽しむための最適温度
基本は日本酒の場合とそれほど違いはありません。ただし、燗のつけすぎ、冷やしすぎはせっかくの味わいのバランスが崩れる原因となります。くれぐれもご注意を!
タイプ | 最適温度 | 注意点 |
濃熟 | 常温 | 燗をつける場合 40℃〜45℃のぬる燗がおすすめ。 華やかな熟成香と味わいが広がります。 冷酒で飲む場合 あまり冷やしすぎると熟成香を感じられなくなりますが、 常温に戻る途中の香りを少しずづ楽しむもよし! |
中間 | 常温 | |
淡熟 | 10℃〜15℃ |
熟成古酒を楽しむ酒器
熟成古酒の濃厚な香りも色も味のうち。お猪口よりも飲み口が少々狭くなっているワイングラスをおすすめします。ワイングラスなら、琥珀色にたゆたう熟成古酒を眺めながら楽しむこともできます。
さて、ここまで時が醸し出しだす円熟した香り、色、味わいを持つ熟成古酒の魅力をご紹介してきました。
しかし、熟成古酒にはもう1つ嬉しいポイントがあることを忘れてはいけません。
それは、「日本酒を楽しみたい&健康にも気をつけたい責任世代におすすめできる酒」ということです。
熟成古酒の健康上のメリット
責任ある世代の毎日は多忙。若い時のように多種多飲して翌日は二日酔いでグロッキー、なんて失態は許されません。しかし「日本酒は飲みたい、でも明日は重要な予定が入っている」時でも熟成古酒なら明日の仕事の妨げになりにくいのです。
熟成古酒は他の酒と比べると以下の点で優れています。
- 粘膜に対して刺激が弱い
- 二日酔いの原因になりやすいエタノールの分解速度が速い
- 熟成古酒を飲んだ翌日はスッキリとした目覚め
熟成が進むと酒のアルコールは水の分子に包まれ、アルコール分がもたらす荒々しさや刺激が減少します。
まろやかになったアルコールは胃腸の粘膜を荒らさず、速やかに体に浸透しやすくなり、酔いも早くなります。しかし、代謝されるのも早い。つまり、さっさと酔えるので飲み過ぎなし、翌日はスッキリ状態なのです。
また、責任世代はストレスも多く抱えているものです。
熟成古酒特有の輝く琥珀色の液体、重厚な香りを愛でながら、優雅な喉越しをじっくりと味わえばストレスも軽減。明日への活力も湧いてくるストレスマネジメントな酒でもあるのです。
では、ここからはお待ちかね!おすすめの熟成古酒をご紹介していきます。
グルメなあなたにおすすめ【30年】熟成古酒*厳選3種*
酒は酒でも、今までの日本酒とは違った酒が飲みたい…。最近はこんな熟成古酒ファンがじわっと増えつつあります。
熟成古酒と一口に言っても様々な種類があります。しかし、どうせ飲むならピカイチの熟成古酒を飲んでみたい!と思っている口が肥えた皆さんにぜひ試していただきたい、30年物熟成古酒をピックアップしてみました。
金賞受賞の酒で造った【30年大吟醸秘蔵酒】今代司酒造醸造(新潟県)
おすすめ熟成古酒のトップを飾るのは大吟醸使用の秘蔵古酒。熟成に使われた大吟醸は、平成元年の金賞も受賞した、という最高峰の日本酒です。
平成が終わろうとしている今だからこそ30年秘蔵酒を手に入れて、新元号になる日のイベントで開栓!
平成を振り返りつつ、30年間じっくりと眠らせることで熟成された深みある味わい、色合い、香りをお楽しみください!
パリのミシュラン三つ星レストラン採用【山吹30年】金紋秋田酒造(秋田県)
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フランスでも日本酒への関心の高まりを見せていますが、ワインやウイスキー同様に長期間熟成させたビンテージ日本酒の独特の味も評価されています。
フレッシュな日本酒のように開封後の保存に気を使わなくてもいいし、20度というアルコール度数も高ポイント。ロンドンで開催されたオークションでは同酒蔵商品が32万円で落札されたこともあり、海外ではじわじわと熟成古酒ファンも増えつつあることがうかがえますね。
ウイスキーを思わせる「山吹30年」の飲み方は常温がおすすめ。しかし、ロック、水割り、ホットでもいけます。口中に染み渡る旨味をぜひお試しください!
酒で酒を仕込んだリッチな熟成古酒【貴醸酒30年貯蔵古酒】喜多の華酒造(福島県)
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日本酒とは本来、米と水で仕込むもの。それを米と酒で仕込んだ日本酒を貴醸酒と呼んでいます。貴醸酒には貴腐ワインと同じ成分が含まれており、味わいはとろりと甘く、酒色は濃い琥珀色。まるでデザートワインを飲んでいるような心地よさです。
熟成古酒初めてさんにもピッタリですよ!
貴醸酒についてもっと知りたい方は、下記の記事もご参照ください。
まとめ:レトロな熟成古酒は絶対試すべし!
しぼりたて新酒が好きな人、春酒を待ちわびている人、ひやおろしこそ日本酒の真髄と思っている人…日本酒には季節ごとの味わいがあり、人それぞれに日本酒へのこだわりがあります。
しかし、そこにとどまらず、さらに一歩進めて熟成古酒の世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょう。
フレッシュ、フルーティー、爽やかな日本酒が好きな人にとってはインパクトある異種の酒、という印象を受けるかもしれません。
その時には、熟成年数が20年くらいの熟成古酒から試してみることをお勧めします。
慣れてくると、日本酒とはこれほど奥深い酒なのか、と日本人に生まれたことがしみじみと嬉しく感じられるようになりますよ!
新酒、春酒、ひやおろしetc.について詳しく知りたい方は、下記の記事もご参照ください。
参照サイト
(1)J-Stage「清酒の熟成によるソトロンおよびフルフラールの変化」
(2)日本生物工学会「清酒の熟成に関与する香気成分」