
今や化粧品、シャンプー、温泉、お菓子にまで使われている海洋深層水。最近では日本酒造りにも海洋深層水を仕込み水に使った清酒が増えています。
なぜ、わざわざ海洋深層水を使って日本酒を造っているのでしょうか。それは海洋深層水を使うことで菌の活動が活発になり、D-アミノ酸が増えるからなんです。
酒造りの原点と言われる生酛造りの旨味も、D-アミノ酸がじっくりと作り出された結果、コクとキレの良さをがたっぷりと楽しむことができるのです。
今回は、
- 海洋深層水とD-アミノ酸の関係
- 生酛造りとD-アミノ酸の関係
- D-アミノ酸が作り出す味、健康、美容効果
について述べていきます。
海洋深層水はどこでとれる?
海洋深層水とは、水深200m以下にある海水のことを言います。海洋深層水に対して海面近くにある海水のことは表層水と呼ばれています。
しかし、日本酒は水深200mの海水を使うのではなく、もっと深い320mの海洋深層水を使っています。
では、海の表面にある海水と海の深層部にある海洋深層水にはどのような違いがあるのでしょうか。
海洋深層水と海の表面にある海水の違い
表層水と海洋深層水の違いを以下の表にまとめました。
表層水 |
海洋深層水 |
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特徴 |
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製品化例 |
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清浄な海洋深層水の特徴は、生物の成長や成熟を促進することです。
日本酒造りにおいても生きた酵母を使うことから「海洋深層水で酵母が元気になる」と評価されています。
海洋深層水が日本酒に与える影響は酵母の活性化だけではありません。最近の研究で、D-アミノ酸の生成が盛んになることがわかったのです。
しかし、D-アミノ酸なんて聞いたことがない人がほとんどではないでしょうか。
D-アミノ酸は日本酒の旨味や総合評価を高めるだけではなく、私たちの健康をサポートする重要な役割もあるのです。
では、D-アミノ酸にはどんな特徴があるのでしょうか。
海洋深層水で醸された日本酒が作るD-アミノ酸とは?
日本酒の成分の80%は水です。だから、日本酒造りでは水の品質は重要な要素。通常の仕込み水にも各蔵元は神経を使っています。
しかし、通常の仕込み水を使った日本酒に多く含まれるアミノ酸は、L-アミノ酸と呼ばれています。
それに対して、脱塩処理した海洋深層水で仕込んだ日本酒には、D-アミノ酸が高濃度で含まれていることがわかったのです。
老川典夫氏の『日本酒の新たな旨味成分 D-アミノ酸』では、「原料米の精米歩合、アルコール濃度は日本酒のD-アミノ酸濃度とは関係がない。しかし、仕込み水と醸造方法はD-アミノ酸濃度に影響を与える」と定義付けしています。
海洋深層水で仕込むと酵母が増えてD-アミノ酸も作られる
海洋深層水には各種ミネラルが多く、清酒酵母の発酵促進に大きな影響を及ぼします。そのプロセスを表にしました。
80種類のミネラルが含まれる海洋深層水を仕込み水に使用 |
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通常の水よりも乳酸発酵が進む |
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通常の水よりも元気な酵母菌が増加 |
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D-アミノ酸が作られる |
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奥行きのある味わい、まとまりのある旨味が生み出される |
ミネラル豊富な海洋深層水を使うことで乳酸発酵が進みやすくなり、麹の分解力が増強され、力強い酵母菌の数が増加します。
もろみが発酵する時に出てくる泡も通常の仕込み水を使った場合よりも高く泡立ち、発酵が活発に行われていることも観察されています。
これは、海洋深層水は、酵母が持つ特性を十分に発揮できる仕込み水である、ということを証明しているのです。
酵母以外でも、海洋深層水を使って藻類を培養すると、表層水で培養するよりも2倍の速さで成長しています。
海洋深層水を使うことで発酵が活発になると多くのD-アミノ酸が作られ、独特の吟醸香とカドのないすっきりとした旨味の日本酒ができあがります。
しかし、ここで疑問を持つ人もいるのではないでしょうか。通常、アミノ酸が多い日本酒は雑味が多い、とも言われています。海洋深層水仕込みの日本酒には雑味はないのでしょうか。
海洋深層水で仕込んだ
富山の日本酒イベントで試飲してずっと気になっていた千代鶴 滑川海洋深層水仕込み 純米吟醸 やっと入手。五百万石だと思うけどいやあ〜見事!百石のお蔵さんで東京の取り扱いは六本木 水橋のみ。ありがたくいただきます pic.twitter.com/LBOjSmAJ
— ロンミーロ (@lonmiro) December 22, 2012
高知県とアサヒビールは、海洋深層水で仕込んだ日本酒の味がどうしてキレがよく雑味が少ないのかを、遺伝子レベルで共同研究をしています。その結果、
- 酵母に含まれる香りの構成成分の遺伝子パワーが増強される
- 脂肪酸合成遺伝子とアミノ酸代謝遺伝子が活性化されて、吟醸香が発生する
- 脂肪酸合成遺伝子とアミノ酸代謝遺伝子は、日本酒の雑味になりやすいアミノ酸を香りに変える働きもあるので、雑味の少ない香りの良い日本酒ができる
などが判明。
それだけではありません。海洋深層水仕込みで増えたD-アミノ酸は旨味を増強するだけではなく、健康や美容を維持促進する役割も果たしています。
では、D-アミノ酸が健康や美容を促進するなんて、一体どういうことなのでしょうか。そのことを説明する前に、生酛造りについてもフォーカスしてみましょう。
海洋深層水以上のD-アミノ酸?日本古来からの手法「生酛造り」
実は、海洋深層水の日本酒だけではなく、生酛造りの日本酒にもD-アミノ酸が多く含まれています。生酛造りは濃厚で芳醇な旨味とコク、さらにキレがいいことが特徴です。
まずは酒母である「酛造り(もとづくり)」の3つの方法からみていきましょう。
酒母「酛」を造る方法と費やす時間
酛造りには3種類の方法があります。
酛造りの方法 |
酛造りにかかる期間 |
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速醸酛 |
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2週間 |
山廃酛 |
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4週間 |
生酛 |
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4週間 |
速醸酛でたった2週間で育つ酵母は、発酵が終わると死滅し、酒の味わいを変えることがあります。
それに対して、市販の醸造用乳酸を使わず、蔵に存在する乳酸菌を空気中から取り込む、という手のかかる生酛造りは4週間もかけて酒母を造ります。
自然から取り込んだ乳酸菌で作られた酵母にはたくましさがあり、20%という高濃度アルコールの中でも死滅することがありません。だから嫌な甘さを感じさせる雑味成分がなく、幅のある香りと奥行きのある深い味わい、キレのある本流辛口の酒を味わえるのです。
そんな生酛造りの味を支えているのがD-アミノ酸。じっくり手間と時間をかけられた酒母造りの過程でD-アミノ酸が作られています。
速醸の2倍の時間と手間をかけてじっくりと育て上げられた生酛造り独特の味わいの深さはD-アミノ酸によるもの、と理解されるようになったのです。
D-アミノ酸の味、健康、美容効果
さて、D-アミノ酸は日本酒の味わいにどのような影響を及ぼすのか、また人間の体内でどのような働きをしているのか、さらに美容にはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
D-アミノ酸が日本酒の味と健康に及ぼす効果
下記にD-アミノ酸が持つ味の特徴と、報告されている健康効果をまとめました。
D-アミノ酸名 |
味 |
人体での働き |
(D-アミノ酸全体) |
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体の各部分に存在して各機能をサポート [存在している場所の一例]
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D-セリン |
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D-アラニン D-バリン D-トリプトファン D-ロイシン |
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D-アスパラギン酸 D-グルタミン酸 D-プロリン |
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※心的外傷後ストレス障害とは、災害や事故など命の危険が危ぶまれたり、いじめや虐待など人間の尊厳が奪われたりすることが原因で起こるフラッシュバック現象のことです。不眠やうつ病、集中力の低下の原因になります。
海洋深層水を使った日本酒や生酛造りには、精神的にも美肌作りにも役立つ成分が含まれています。また、D-アミノ酸には日本酒をまろやかな味にしたり、適度な酸味を与えたりして、味わいを向上させる働きもあります。
次に日本酒が美容に与える効果について見てみましょう。おいしい日本酒を飲むと肌がツルツルになる、などの美容効果は体験的に知られていましたが、実はD-アミノ酸の成せる技であったことも判明しています。
敏感肌も安心!D-アミノ酸で皮膚を活性化
D-アミノ酸は神経調節物質として働いたり、内分泌系の調節作用を司ったりして、人間の体内のあらゆる場所に存在しています。その場所とは、血液内、小脳、脳下垂体、副腎、脾臓とされていました。
しかし、大学と某大手化粧品会社の共同研究の結果、D-アミノ酸は人間の皮膚表面にある角層にも存在することが判明。特に、
- D-アスパラギン酸がコラーゲン生産を促す
- 角層の保水能力を高める
- 肌の老化の原因である酸化を妨げる抗老化作用がある
などの事実を突き止めました。
また、D-アラニンにはラミニン5という皮膚の基底膜の構成成分の促進をうながす働きがあります。赤ちゃんの時から私たちが持っているD-アラニン量は歳を重ねるにつれて減少していき、皮膚の老化に拍車をかけています。
しかし、D-アミノ酸が豊富な日本酒を飲むことでD-アスパラギン酸とD-アラニンが皮膚に補給され、コラーゲンを作り出し、皮膚の基底膜の働きを再び活発にして若々しい肌を取り戻すことも可能と考えられます。
さて、昔のピチピチ肌を取り戻す期間ですが、2〜3か月が目安となります。今日、海洋深層水を仕込み水にした日本酒や生酛造りを飲んだからといって、明日の朝に肌に効果が現れるというものではありません。
実際に1日でお肌の調子がよくなった、と感じる人は、日本酒を飲むことでぐっすり眠れたからではないでしょうか。
良質の睡眠を応援!D-アミノ酸でスッキリ目覚め
良質の睡眠を導いてくれたのは、D-アスパラギン酸。
皆さんは「メラトニン」というホルモン名を聞いたことがありますよね。D-アスパラギン酸はメラトニンの産生を促す働きがあるのです。実際に某大手食品メーカーは、D-アスパラギン酸を使った睡眠改善剤の特許を取得しています。
メラトニンは大量に分泌されると眠くなるため、睡眠促進ホルモンとも呼ばれています。メラトニンのメカニズムは、太陽が沈んで暗くなると分泌され、徐々に体温、脈拍、血圧を下げて自然な眠りへと誘ってくれるのです。
このメラトニンが不足して睡眠不足になると、糖尿病にかかりやすくなるという報告もあります。もちろん、お肌の美容に睡眠不足は大敵!「たかが寝不足」として片付けるのは危険ですね。
しかし、D-アミノ酸が多く含まれた日本酒を飲むことで、D-アスパラギン酸を補給することになります。そのため睡眠の質が向上し、成長ホルモンも分泌されやすくなり、翌朝に肌に効果が現れてくるのです。
その他、D-アミノ酸が多い日本酒の種類
仕込み水の違い、仕込み方の違いがD-アミノ酸の生成に関係していることをご紹介してきましたが、その他の種類の日本酒にもD-アミノ酸は含まれています。
赤色清酒酵母使用の日本酒
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いただいた~サンキュ~♥️ クリーミーお福 とろっとろ #桃色にごり酒 #お福酒造 #新潟県 #天然桃色酵母 #純米酒 #酒 #日本酒 #にごり酒 #Sake #Nihonsyu
例えば、桃色のにごり酒などに使われている赤色清酒酵母を使った日本酒。甘口でピンク色、フルーティな香りにちょっとの酸味が女性に受けています。
この酵母の特徴を生かしてにごり酒を造るためには、もろみをあまり強く絞ることは厳禁。そのため、瓶詰めされた酒に残っている微生物や酵素が生き続け、発酵を続けて、さらにD-アミノ酸を作り続けていることが考えられます。
長期熟成酒
長期間にわたって熟成された日本酒も、D-アミノ酸の発酵が続いており、カドがさらにそぎ落とされ丸みを帯びた味わいを楽しめます!
まとめ:これからも解明が進むD-アミノ酸
私たちが食べたり飲んだりすることはとても重要。明日への活力と健康に繋がります。だからと言って、機能面は優れていても旨味に劣る飲食物を毎日摂り続けるのは人間にとっては苦になることもあります。
人が毎日楽しく飲食物を摂るためには、旨味という要素が疎かにされてはいけないのです。
海洋深層水を使ったり、じっくりと熟成させた生酛造りにはD-アミノ酸の増加が見られます。そして、D-アミノ酸は旨味増強だけではなく、人体の健康や美容にまで影響を及ぼすこともわかりつつあります。
実は、D-アミノ酸については研究が始まったばかり。今まではL-アミノ酸ばかりに目が向けられていたからです。
だから、D-アミノ酸についてはまだまだ解明されていないことが多いのですが、今後は認知症やうつ病などとの関連性も明らかにされていくことと思われます。
その日を楽しみに、我々日本酒党は今日もD-アミノ酸たっぷりのお酒をじっくりと楽しもうではありませんか♪
参照サイト:
- 富山大学大学院医学薬学研究部等「富山湾海洋深層水を利活用した医療分野への取り組みと商品開発」
- 老川典夫「日本酒の新たな呈味性成分「D- アミノ酸」」
- 富山大学環境報告書「 太古の水”から届く健康へのメッセージ」
- 高木酒造「室戸海洋深層水・高知の地酒「豊の梅」」
- 関西大学化学生命工学部等生命生物工学科等「生酛,乳酸菌添加生酛,速醸酛造りの日本酒醸造工程中のD-アミノ酸の定量的解析」
- 大森 勇門、大島 敏久「食品機能成分としてのD-アミノ酸の可能性」
- shiseido「資生堂、D-アミノ酸の新たな美肌効果を発見し、化粧品に初めて応用」
- 生命科学関連特許情報「公開特許公報(A)_アスパラギン酸を含有する睡眠改善剤」
- 岡田かおり等「日本酒中のD- アミノ酸の定量と生成機構の解析」