NY初の酒蔵、ローカルのSAKEをつくる「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」

2013年に「和食」世界無形文化遺産に登録されて以降、海外で日本食の人気が高まっています。このブームは食べ物だけではなく、飲み物についても同様です。特に、日本の伝統的なアルコール飲料である日本酒は毎年海外輸出料を増加させており、海外での注目度が伺えます。その中で、日本酒の輸出先の最大国はアメリカとなっており、なんと全体の輸出量の約四分の一を占めているのです。
本記事では、アメリカにおける日本酒マーケットの現状と将来性について、紹介していきます。日本国内の日本酒生産量が減少している中で、日本の伝統工芸品ともいえる日本酒の生き残りの道は海外に見いだせるのかもしれません。

 

日本国内の日本酒市場

日本国内の酒造メーカーを取り巻く環境は非常に厳しいものです。実は、日本国内の日本における日本酒(清酒)の消費量は年々減少しており、40年前に比べ約3分の1にまで日本酒の消費量が落ち込んでいます(参考:国税庁「お酒のしおり」平成30年版)。また、酒造メーカーの数自体も大きく減少しており、昭和30年代には4,000社もあった酒造メーカーが平成27年度には1,400社程度までに減少しているとのデータがあります。今後もこの傾向は継続するものと考えられています。
このような市場規模の縮小には日本人の日本酒離れとともに、日本酒づくりの担い手が少なくなっていることも大きく関係しています。実は、日本酒メーカーの特徴として、一部の大手を除き、多くが地域密着型の小規模経営ということが挙げられます。このような地元の酒造りを営んで来た古いメーカーでは、杜氏や蔵人という日本酒造りに欠かせない職人が減少しているのです。職人の高齢化が進む中、担い手が増えない現状が続くと、貴重な日本酒作りの技術が次世代に引き継がれないまま失われてしまうでしょう。

 

アメリカにおける日本酒市場の拡大

国内の日本酒市場が縮小している一方で、海外での日本酒市場は年々拡大しています。具体的な数値を見ていきましょう。最新のデータによると、2018年の日本酒の輸出量は2,574万6,831リットルで前年比10%増、金額は222億3,150万7000円で19%増となりました。実は、日本酒の輸出については年々増加しており、10年前と比較すると、輸出金額は3倍、輸出量は2倍になっています。その中で、輸出先の第一位がアメリカです。アメリカへの輸出規模は、数量(5951キロリットル)、金額(63億1300万円)と、それぞれ輸出全体の23%、28%となっています。
もともと、アメリカ国内での日本酒は日本食レストランで日本人向けに提供されていたものでした。しかし、日本酒の知名度がアメリカでも上がり、現在では多くのレストランやバーなどで、現地の人々には一般的に「SAKE」として楽しまれています。しかし、当初は日本酒の多様性や美味しい日本酒に関する知識が乏しく、管理の悪さ故に味の悪い日本酒が店頭に出されることもよくありました。
このような状況を改善するために一役買っている団体として「The U.S. National Sake Appraisal」があります。これは日本国外で最も長い歴史を持つ日本酒の品評会であり、2001年の開催初年以降、厳正な審査を実施しています。また、関連イベントとして、一般公開利き酒会を世界各都市で開催するなど、日本酒人気と知識の向上を含め、アメリカでの日本酒市場の開拓に大きく貢献しています。また、海外の品評会で受賞した日本酒が日本国内で人気再燃するなど、国内市場にも良い影響を与えているといえます。

 

アメリカで増えるクラフトSAKE

アメリカでの日本酒の人気の高まりとともに、アメリカ国内における酒造工場も増えています。アメリカの酒造情報およびレビューサイトであるUrbanSake.comによると、2000年には5軒程度だったものが、2017年時点では21軒にまで増えているとのことです。

その中でも今回は2018 年1月にスタートした、アメリカ・ニューヨークで初となる酒蔵「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」をご紹介します。

 

ニューヨーカーがつくる、ニューヨーク初の酒蔵

2018年1月、Brian Polen(ブライアン・ポーレン)氏と、Brandon Doughan (ブランドン・ドーン)氏、2人のアメリカ人により、アメリカ・ニューヨーク初の酒蔵「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」がスタートしました。最先端カルチャーの発信地ともいわれるブルックリン。タイムズスクエアやウォール街、エンパイア・ステート・ビルディングなどで知られるマンハッタンのイースト川を挟んだ東側、ブルックリン・ブリッジを渡った先に蔵があります。

1990年代以降、安い家賃や住みやすい環境を求めたアーティストたちが移り住んだ影響もあり、こぢんまりとした個性的なショップや、倉庫を改装したおしゃれなホテル・レストランなどが続々とオープンしている場所です。

なかでも、サニーサイドパークのウォーターフロントエリアは、19世紀から20世紀にかけて工場として使われていましたが、今や寂れてしまった何棟もの巨大建築物をリノベーションし、お洒落なエリア「Industrial City(インダストリアル・シティー)」として開発が進められています。ウォーターフロントにあるIndustry City(インダストリー・シティ)からは、お隣のニュージャージー州が眺められ、「自由の女神」も近くに見えます。ウォーターフロントと反対方向へ行くと、ブルックリン最大規模のチャイナタウンがあります。近年Brooklyn Flea Market(ブルックリン・フリー・マーケット)の会場にもなっている最寄りの地下鉄駅(36th Street N, R, D トレイン)を降りると、何もない田舎の町にしか見えません。しかし、ウォーターフロント方向に歩いて行くと、それらしき倉庫街に辿り着きます。

Industrial City(インダストリアル・シティー)は3万スクエアフィート(約843坪)の広大な敷地に、16棟もの同じようなビルが立ち並んでいます。もともと倉庫・工場だけあって広々とした敷地内。ビル間の通路には夏はグリーンに溢れ、テーブルや椅子があり、自由に好きなところに座れます。ただし、敷地が広いのでお目当てのショップにたどり着くまでは立て看板を頼りに歩く必要がありそうです。

 

雑貨・ファッション・フードなど、さまざまな種類の店やコワーキングスペースがそろうユニークな複合施設の一角に、Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)は開設されました。幾何学モチーフがデザインされた青い扉が特徴的な外観、日本酒を嗜むバーのような敷居の高さを感じさせません。ガラスを多用した壁面から外光が降り注ぎ、カフェのような開放感と気軽に入りやすい雰囲気のインテリアです。

 

数学と化学の出会いから生まれるSAKEの魅力

ブライアン氏とブランドン氏が日本酒を初めて飲んだのは、アメリカの寿司屋でした。

その時飲んだ熱燗は苦味が強く、スピリッツのような味わいで、日本酒に対してそれほど美味しい印象はなかったそうです。また特定のフーディーを除き、一般的には多くのアメリカ人が日本酒に対して同様の経験を持っているようです。その後、ニューヨークにある「Decibel(デシベル)」という高品質な日本酒を提供するバーで再び日本酒に出会い、その美味しさに驚いたのだそうです。この出会いによりブライアン氏は日本酒の魅力にとりつかれることとなります。

前職はAMEX(アメックス)のテクニカル・アナリストとして働いていたブライアン氏と、オレゴン州で生化学者として大学に勤務していたブランドン氏。2013年、共通の友人の結婚式に参列するために来日した際、2人は出会うこととなります。会話のなかで、日本で飲む高品質な酒と、アメリカの寿司レストランで提供される品質の良くない”hot-sake”(熱燗)について話が盛り上がり、京都や飛騨高山などの酒蔵を一緒に巡ることになったのだそうです。それまで日本酒についてほとんど知らなかった2人は、この酒蔵巡りをきっかけに、伝統的な酒蔵で飲む日本酒の美味しさに魅了されます。アメリカではクラフトビールやクラフトワインの人気と共に醸造技術が高まってきているのにもかかわらず、地酒があまりつくられていないのか疑問を持ちます。ないなら自分たちでつくればいいのではという思いに至り、2人はアメリカでの酒造りを決心します。日本に滞在期間中、静岡県沼津市の高嶋酒蔵や長野県諏訪市の宮坂醸造、アメリカ・ポートランドのSaké One(サケ・ワン)で、見習いとして実地訓練をさせてもらいます。並行して書籍を通して酒造りを学びました。

 

ブランドン氏は、以前から趣味の一環として自宅でクラフトビールをつくっていました。ビールというよりも「発酵」そのものに興味があり、自宅で醤油作りをした経験もあるそうです。日本で美味しい日本酒に出合い、その製造過程を見学したことで、 日本酒はアルコール飲料の中で最もユニークな発酵物と考えるようになります。一連の酒造りを学んだ後、アメリカに帰国してすぐに、限られたスキルと知識をもとに自宅での醸造に挑戦し始めます。

2016年、ブルックリンのブッシュウィック地区の小さなスペースを実験的に借り始めます。当時は技術的にも未熟で今の10分の1程の技術しかなく、すべてが手探り状態の中、インターネットで情報を収集し、酒蔵にいる知人からのアドバイスなどを頼りにしながら試行錯誤を繰り返し、より美味しい日本酒を求めてほぼ独学で日本酒の醸造技術を高めていきました。2017年3月にインダストリー・シティーの一角に場所を確保し、6月頃から設備を整え始めました。

日々日本酒づくりの実験を重ねていくうちに、高品質の日本酒が作りたい、日本酒がもつ本当の美味しさや品質の高さをニューヨーク、そしてアメリカ全土に広く伝えたいという想いが確信に変わり、ついに2018年、インダストリー・シティーにタップルーム(試飲ができるバーエリア)付きの醸造所を開設。本格的な酒蔵として始動しました。

 

倉庫街から発信する、ブルックリン産のSAKE

原料となる酒米は、アメリカ・アーカンソー州で作られた山田錦とカリフォルニア州で作られたCalrose(カルローズ)米を使用しています。水はニューヨーク・ブルックリンのものを使用して、30〜45日間かけて製造されるそうです。ニューヨークの水は軟水で質が良いことでも知られています。ニューヨーク北部キャッツキル山地の雪解け水をためている湖から大きな送水管でニューヨークに水を調達しており、全米でも最も綺麗な水のひとつと言われています。

麹菌は日本から輸入し、みずから製麹を行います。酵母は、日本産とアメリカ産のさまざまな種類を使用しているそうです。

酒造りに必要な設備のうち、洗米機と、酸度を測定する機械は日本から入手し、米を蒸す機械はブランドン氏が自ら設計しました。蒸し器には「NASA」のロゴ入りで、もともと科学者だったブランドン氏のアメリカ人らしいユーモアが伺えます。

彼らが注力しているのは、純米吟醸の生酒です。花のような香りと、フルーティで良質のワインのような軽快な口当たりが特徴的です。

また彼らのタップルームには、アメリカではまだ知られていないSakeがたくさんあります。豊かな味わいをもつ「おりがらみ」の燗酒、新鮮な「しぼりたて」さらに、発酵が続いている「醪(もろみ)」を米の粒がまだ残った状態で、タンクから直接タップルームへ移して提供しています。将来的に純米酒、純米吟醸生貯蔵、濁り酒、スパークリング酒なども加えて、生産量は年間最大300石(こく・一石=180リットル)まで増やし、市内の主要な酒屋やバーに卸していくことを目標としています。

Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)のタップルームでは、おつまみとしてソラマメのスナックやハム、ソーセージ、チーズ、ピザなどが提供されます。いかにもアメリカンなラインナップですが、日本食にとらわれず、地域の人々にも馴染みがあり受け入れられやすいメニューで、周辺を散策しながら気軽に立ち寄れるタップルームをコンセプトに運営しています。またオーダーしたSakeに使用された酒米を見せるプレゼンテーションするなど、隣の醸造所から出来立てのSakeを提供しているBrooklyn Kura(ブルックリン・クラ)ならではともいえるサービスも、日本酒への興味をかきたてる面白い試みです。

地域に根差して、日本酒を広めていく

アメリカの西海岸には、以前から日本酒を醸造している蔵がありましたが、ニューヨークは未開拓の地域であり彼らには新しい市場に参入するチャンスでした。さらに、酒蔵の立地をIndustrial City(インダストリアル・シティー)にしたことで、周囲のメーカーや小売業者がつくるコミュニティーに参加でき、販路の獲得など、さまざまな恩恵を得ることができたのだそうです。

 

ニューヨークには前述したDecibel(デシベル)のように高品質で美味しい日本酒を提供するバーがありますが、多くのニューヨーカーたちはその存在を知らず、未だに地元の寿司レストランで熱燗を飲むことが一般的です。彼らはBrooklyn Kura(ブルックリン・クラ)を通して、地域に根ざした日本酒の多様性と、その豊かな魅力を広め、寿司を代表とする日本食とともに温めて飲むアルコール飲料が日本酒であるという固定概念を一変させたいとの想いがあります。日本酒を幅広い温度帯で提供し、酒単体の美味しさはもちろん、さまざまな料理と合わせることで酒と料理とのマリアージュを楽しむ。多様な楽しみ方を、ニューヨーク、そしてアメリカ全土に広めることを目指しています。

Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)では地域社会と深く結びついた酒蔵を目指しており、新鮮で美味しい日本酒を地域に提供することはもちろんのこと、タップルームをワークショップやイベントのスペースとして活用しながら、日本酒の教育にも力を入れていくそうです。最先端カルチャーの発信地ともいわれるブルックリンにおいて、豊かな日本酒の魅力を発信してくれるこの酒造は多様な楽しみ方を、ニューヨーク、そしてアメリカ全土に広めてくれると期待されています。

また日本の酒造との交流や日本での酒文化への貢献にも意欲的です。近い将来、日本酒離れが進む日本の若い世代にもブルックリンでつくられる日本酒が受け入れられ、新たな日本酒ファンが増えていくかもしれません。

 

まとめ

インダストリー・シティー内には人気のバーベキュー店や日本のフードホール「Japan Village(ジャパン・ヴィレッジ)」もオープンしました。マンハッタンミッドタウンから地下鉄で約30分。ニューヨークを訪れた際は、足を伸ばしてローカルのSakeを味わってみてはいかがでしょうか。