
2019年1月25日、岩手県の株式会社『南部美人』から「世界初の日本酒のビーガン認証を取得」した、との発表がありました。
さらに2019年10月には、群馬県の永井酒造も「ビーガン認証取得」のニュースもありました。
しかし、日本酒といえば「水とお米と麹」で作られるシンプルなお酒。もともとビーガン飲料なのでは?と首を傾げた方もおられるのではないでしょうか。
そこで、今回は、
- 海外でビーガンが激増している理由
- 海外企業がビーガン食作りに転向する理由
- 肉食をやめると温暖化を阻止できるのか
- 日本酒の濾過時にゼラチンは使われているのか
について書いていきます。
ゼラチン使用の日本酒はビーガン日本酒ではない
この投稿をInstagramで見る
ビーガンとベジタリアンの違いをご存知でしょうか。
ベジタリアンの新しい呼び方がビーガン、と思われている方も多いようですが、ビーガンとベジタリアンには大きな隔たりがあります。
広義ではビーガンはベジタリアンに含まれますが、「両方とも動物由来の食品を食べない主義の人たち」と一括りにはできません。
ベジタリアン | ビーガン |
動物性タンパク質を避けて、野菜を食べる人 | 絶対菜食主義者・純粋菜食主義者のこと。卵や乳製品、蜂蜜も摂らない |
サブカテゴリ
|
サブカテゴリ
|
宗教的、健康的理由で行っている人が多い印象がある | 地球環境や動物保護など倫理的な理由で行っている人が多い |
☆白砂糖は牛骨炭※で精白精製されているので使用しない 同じ理由でゼラチンを使って日本酒やワインの濾過を行なった場合はビーガンとは認めない |
※牛骨炭は牛の脚など硬い部分を800℃以上の高温で蒸し焼きにして、多孔質の炭(粒状)にしたもの。白砂糖だけではなくグラニュー糖、三温糖も同じ理由で使わない。
世界のビーガン人口増大に日本酒業界は対応できる?
この投稿をInstagramで見る
海外ではセレブやスポーツ選手でもビーガン宣言をする人が多くなりました。そんな地球規模のビーガン転向へのうねりに合わせるように、動物の肉や乳製品、卵を使わない製品を開発販売する企業も増え続けています。
ビーガン人口の増加
【アメリカ】2014年から2017年の間にビーガン人口は600%の増加。25〜34歳のアメリカ人の4分の1はビーガンかベジタリアンとされています。
【イギリス】では、過去5年間でビーガン人口は300%増加し、65万人に到達。
【フランス】の研究機関Xerfiが発表した調査によると、ビーガンとベジタリアン市場は2018年に24%成長。2021年末までに6億ユーロ以上の市場規模になる、と予測しています。
日本酒はビーガン食品拡大にどう向き合う?
欧米では動物要素食品の販売不振により、ビーガン食品へと切り替える企業が増加しています。
続々とビーガン食へ!アメリカの食品企業
この投稿をInstagramで見る
・そんな状況の中、【マクドナルド】ではビーガン用の「マックビーガンバーガー」を発売。1年間の売り上げ増加率は他の商品を上回りました。
・植物ベースのエビ代替品を製造している【New Wave Foods】。エビに関しての評判が高く、食感はエビそのもの、匂いも同じで味はエビより濃く、すでに本物をしのいでいるとのこと。現在ではGoogleなどIT企業の社員食堂に卸されていますが、サイトの情報によると消費者の要望が多いため、エビ代替品の市販をもうすぐ始めるとのことです。
・米国東海岸最大の乳製品メーカー 【Elmhurst Dairy】は、乳製品の売り上げ低下を受けて90年間続けてきた酪農事業に終止符を打ち、植物ベースの乳様ドリンク生産に切り替えました。
この投稿をInstagramで見る
・米国最大の食料品店チェーンである【Kroger】では、食品会社【JUST】の緑豆から作った卵「JUST Egg」を販売。
・JUSTは中国でも「JUST Egg」の販売も開始し、将来的にはアジアに製造拠点を開設する予定も立てています。
・ロサンゼルスで植物由来人工肉を製造・開発している【Beyond Meat】には、米マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏、米マクドナルドの最高経営責任者(CEO)を務めたドン・トンプソン氏ら著名人が出資。
・同じくロサンゼルスの学区ではビーガン食の提供をスタートし、アメリカ医師会でも病院食にビーガン食をもっと加えるようにと推奨しています。
その他の国でもビーガンビジネスが盛況
・オランダではスーパーに卸したビーガンステーキ40,000枚が1週間で売り切れた、という事実があります。
この投稿をInstagramで見る
・スウェーデンのオーツ麦ドリンク会社「Oatly」はビーガン用乳様製品(植物ベース)を開発し、イギリスでの売り上げは1年間で89%増加しています。
・創業者が宗教上の理由から肉を食べない、とされる中国のベジタリアンミートメーカー「Whole Perfect Foods」の年間売上高は3億元(約48億6,740万円)。
この投稿をInstagramで見る
・またJUSTは、赤城和牛で有名な鳥山畜産食品との間に培養肉※(クリーンミートとも)の開発提携をスタート。
※屠殺された動物からではなく、生きている牛から筋肉細胞を無痛で採取し、組織培養によって生産された肉です。細胞は栄養を与えられ、増殖して、食肉と同じような筋肉組織になります。クリーンミートが多くの牛の命を救う可能性はありますが、牛の細胞を利用しているのでヴィーガン食にはならない、との意見もあります。
鳥山畜産食品の優れた牛の数個の細胞で、将来的には上質の和牛肉のようなクリーンミートを数百万人に提供できるとのことです。
このように飛躍的に成長し続けるビーガン食品業界に対して、欧州委員会ではビーガンとベジタリアン食品を正式に定義するためのプロセスを2019年に開始、法的な定義と認証を与える取り組みを始めています。
※現在、欧米でも法令等に基づくベジタリアン、ビーガンの定義は存在しません。
ビーガン増加原因に目を向けた日本酒が必要
動物製品を含まない食事への移行を推進する「VOMAD」の調査によると、なぜビーガンになったのかとの問いには、68.1%の人が「動物のため」と答えています。
2位の「健康のため」の17.4%を大きく引き離しています。
「動物のため」が人間の健康と地球環境を改善
肉と心臓病等との関連性はすでに多くの研究で裏付けられており、ビーガンダイエットを行う事で、コレステロール値と血圧、心臓病のリスクが低くなる、とされています。
※ビーガン食はB-12やD、カルシウム、オメガ3脂肪酸などの栄養不足が指摘されているので、サプリメントを摂ることが必要とのことです。
ビーガンなライフスタイルは、健康面で人間に良い状況をもたらすだけではありません。
成長し続けるタク氷河でさえ溶け始めた事実を知っていますか?
For half a century, Taku Glacier has been the one known Alaskan glacier to withstand the effects of climate change—until now. https://t.co/WtVANBMV3q pic.twitter.com/Z3X5Nk3CyH
— NASA Earth (@NASAEarth) November 7, 2019
アラスカのジュノー氷原にある、厚さ1481mのタク氷河は、地球温暖化の影響を受けずに氷の質量をこれからも増やし成長し続ける氷河の1つとされていました。
しかし「NASA’s Earth Observatory(ナサ地球観測所)」は、タク氷河が縮小していることを確認。地球温暖化がタク氷河にまで影響を及ぼし、予定より80年早く溶け始めたことを発表しています。
※現在、太陽の黒点の減少で地球が冷却し始めている、とも言われていますが、温室効果ガスの増加で引き起こされた温暖化によって相殺される、との考えもあります。
ビーガン食は温暖化を食い止める可能性あり
しかし、解決策はあります。
119か国の38,000の農場を対象にした調査によれば、今後、肉と乳製品の消費が減少すれば地球環境を守ることにつながるとのこと。タク氷河の溶解と縮小を阻むことができるかもしれません。
例えば、
との明るい見通しもあります。
日本酒になぜビーガン認証が必要?
この投稿をInstagramで見る
これまでビーガンなライフスタイルが地球温暖化を阻止、あるいは遅らせる可能性があることを書いてきました。
食生活の面で、さらに多く人々がこれからビーガンあるいはベジタリアンになると、動物性要素が加えられていないことを証明するアルコール飲料を望むようになるでしょう。
海外では、ある種のビールもアイシングラス(魚の浮袋から作られたゼラチン)を清澄のために使っている、コカコーラ社のある種の飲料にも色素安定剤として魚のゼラチンが含まれていることは知られています。
ワインの場合、すでにビーガン認証を受けた商品が棚に多く並んでいます。その横に何の認証もない日本酒が並んでいるとしたら、「動物性の何かが入っているのではないか」と疑う人も出てくることでしょう。
ワインに使われている清澄剤とは
この投稿をInstagramで見る
ワインはぶどう果汁で作られたアルコール飲料ですが、もともとぶどう果汁は濁っているものです。それをグラスに注いだ時に美しく澄んだ状態にするために清澄剤が加えられます。
ワインの清澄剤とは、
- 白ワイン:動物性たんぱく質由来のゼラチン、アイシングラス
- 赤ワイン:卵白
以上の清澄剤は味や香りに影響しないとのことですが、使ったワインはビーガン用ワインとはみなされません。
日本酒に使われている清澄剤とは
日本酒もワインと同様に清澄剤が必要です。
日本酒を造る時におり(にごり)を取る工程があり、方法は2種類に分けられます。それは「おり引き」と「おり下げ」です。その中で、おり下げの工程で動物要素が加えられている可能性はある、とされています。
日本酒のおり引きとは
圧搾、上層した後の日本酒は黄金色ににごっています。
その原因は炭酸ガス、酵母、デンプンの粒子、タンパク質、多糖類などですが、数日間そのままタンク内に放置しておくと、底部分に沈殿物が降りてきます。
細かいので少しでも揺らすとまた上に登ってくるのでそっと上澄みだけを汲み出します。このことを「おり引き」といいます。
自然な方法で酒質の劣化原因となるおりを取り除くことで、瓶詰め後の温度変化や時間経過で起きやすい
- デキストリンの糖分変化
- タンパク質アミノ酸変化
- 味の劣化
を防ぎます。
日本酒のおり下げとは
おり引きが自然な重力を利用して底部の沈殿を待つ、時間がかかる作業であることであるのに比べて、おり下げはゼラチン、柿渋、珪藻土、アルギン酸などの助剤で、短期間でおりを取ることです。
助剤を使えば短時間で大量処理が可能
おり下げに使われる助剤は、例えば柿渋、牛骨が原料のゼラチンまたは二酸化珪素等。それらでタンパク質と結着させオリとして沈降させます。
この方法を用いることで、小さかったオリが大きくなって沈殿しやすくなり、次の濾過工程がスムーズに行われます。
おり下げでは、短時間でにごり成分を吸着できるので、大量の日本酒のおりを下げる場合に使われます。その処理能力の高さは、10万ℓ規模のタンクにある日本酒も1日の作業で済むとのこと。
使用したゼラチンはにごり成分と接着しているので最終的には日本酒から取り除かれるのですが、一度でも動物性要素を使ったとなればビーガン日本酒とは言えなくなります。
ゼラチンでおり下げした場合の日本酒の味は変化するのか
では、ゼラチンを使うことで日本酒の味は変わるのでしょうか。
ワインではゼラチンを使っても味や香りに影響しないとされていますが、日本酒の場合は本来あるべき日本酒の繊細な旨味を無くしてしまうこともある、と言う蔵元もいます。
したがって、蔵元によっては大吟醸クラスの日本酒にはおり下げは行わないようにしているところもあります。
高性能濾過機の出現でゼラチンを使わない酒蔵も
それに加えて、狂牛病問題の発生後は、日本酒業界全体でゼラチンの使用を控える傾向にあり、それに替わる超精密ろ過の「限外ろ過」や濾過機、オリカット、ベントナイト、コロイダルシリカ※などの研究が行われ、製品化されています。
したがって、現在ではほとんどの日本酒はビーガンが飲んでも安心なお酒、と言ってもいいかもしれません。
※これらの助剤はラベルに表示することは義務付けられていないので、使用の有無は直接酒蔵に聞く必要があります。
海外でビーガン認証なしの日本酒の今後
https://twitter.com/herbivofit/status/1091283895754969088
海外でビーガンが増えるにつれ、ビーガン認証のない食品は今後は肩身の狭い思いをするようになる可能性があります。
健康や動物愛護、地球環境に関する意識が高い海外の消費者は、店頭にビーガン認証付きの商品と認証なしの商品が並べられていると、認証付きの商品を選ぶでしょう。つまり、ビーガン認証マークの表示で消費者からの信頼を得て、付加価値が付き、販売促進にもつながる、と言うわけです。
いまだに海外向けの日本産食品の多くはビーガン認証を持っていません、と言うか表示の必要性に気付いていないのかもしれません。そのような状況の中で南部美人や永井酒造の日本酒は海外で引き合いが多くなることは間違いないでしょう。
日本酒はもともとビーガン食品、とは言っても、認証シールのある無しでは消費者に与えるインパクトが違います。また、ビーガン認証付きの日本酒が現れたことで「もしかして日本酒って、コカコーラ社の飲料のように、動物性の何かを使っているってわけ?今まで信じてたのに」と疑う人が発生するかもしれません。
皆さんが飲んでいる日本酒、ワイン、ビール等がビーガンフレンドリーかどうかを調べるサイト
↓
まとめ:肉消費量増加中の日本で『ビーガン日本酒』誕生の意義
この投稿をInstagramで見る
動物愛護意識が高い欧米では、食品から化粧品に至るまで該当商品にはビーガンかベジタリアン表示があります。
日本ではいまだに「肉食女子」などの言葉がもてはやされていることからわかるように、ビーガンに関しての理解を深めようとする人は少数派です。また、1日の肉消費量は30年前に比べて27%の増加、と欧米とは逆方向に向かっています。焼肉食べ放題店はますます盛況です。
しかし、ここでやっと南部美人が「ビーガン認定」を取得したことで、動物保護に思いを馳せた方もおられることでしょう。
肉を食べ続けることで動物の苦痛をさらに増し続け、地球環境の悪化に拍車をかけている状況に少しでも目を向ける人が増えることを願っています。
・The Economist「The year of the vegan」
・BPE「Vegan labelling: what’s the law?」
・Plant Based News「Oatly’s Turnover Skyrockets By 90% In One Year As People Choose Plant-Based Alternatives」
・Medica News Today「Is red meat bad for your health?」
・Oxford University「Health effects of vegan diets」
・Science「Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers」
・USA TODAY「Plant-based egg alternative JUST Egg rolling out to Kroger stores nationwide」
・JUST「MEAT」
・New Wave Foods「Delicious plant-based shrimp」
・South China Morning Post「China’s plant-based alternatives to take on Beyond Meat, Impossible Foods – and the world」
・The Earth Observatory 「Retreat Begins at Taku Glacier」
・Almanac「THE SOLAR CYCLE: LATEST UPDATES AND PREDICTIONS SOLAR CYCLE 24 AND CYCLE 25」
・Xerfi 「Le marché de l’alimentation végétarienne et végane à l’horizon 2021」
・barnivore「Is your booze vegan?」
・シンワフーズケミカル「清澄剤・ろ過助剤・澱下げ剤・酒質改良剤」
・Jetro「英国におけるベジタリアン・ビーガン市場調査」