
縄文時代中期に始まったとされる日本酒造りも機械化が進んでいます。
性能が向上した精米機の登場で高精米が可能になり、35%どころか1%まで精米した究極の日本酒も登場。
職人の勘と技が必要な洗米にも機械が導入され、糠の洗浄から米が吸い込む水分量まで調節が可能になりました。
さらに、もろみを日本酒と酒粕に分けるための上槽も、今や遠心分離機が活躍しています。
今回は、
- 伝統的な上槽方法の問題点
- 新しい上槽方法「遠心分離機」の特徴
- 海外ではたった1軒のレストランでしか飲めない日本酒とは
について解説いたします。
従来の上槽法とは
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日本酒は米・米麹・水を酵母によって発酵させてもろみを造ります。発酵を終えたもろみから生酒(なまざけ)を搾る工程を「上槽(じょうそう)」と呼びます。
古来から用いられてきた上槽方法は3種類あります。
自動圧縮機利用、短時間でプレスする『ヤブタ』
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「ヤブタ」と呼ばれる濾過圧搾機(空気圧搾機構付横型フィルタープレス)で、主に普通酒、本醸造、純米酒に使われる圧搾法です。
まず、もろみが入っているタンクから蛇腹状の袋にもろみが自動的に入っていきます。この蛇腹の間にはフィルターパネルがセットされており、空気圧をかけるとパネルに入っている風船が膨らむことによってもろみが絞られます。
絞り終えるまでには約24時間かかり、ご紹介する伝統的な搾り方法の中では速攻の搾りとなります。お酒はしっかりと絞られるので無駄がなく経済的でもあります。
ただし、酒粕の成分がお酒に混じり雑味が発生するので、高級な日本酒には向かない、とされています。
上からそっとプレスする『槽(フネ)搾り』
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槽(フネ)とはステンレスや木などで造られた3mほどの箱の中に、もろみを入れた酒袋を何段も手作業で重ねて、最上段から優しく圧力をかけてお酒を絞り出す方法です。搾り終わるまでに3日ほどかかりますが、雑味の少ない日本酒が完成します。
搾られたお酒は、そのお酒が滴ってくるタイミングによって3種類の味を表現します。
炭酸入りでスッキリ味の『荒走り』
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槽搾りで最初に得られる日本酒は「荒走り(あらばしり)」と呼ばれます。
圧力をかける前、あるいは圧力をかけた瞬間に自然に流れ出てくるお酒で、かすかな発泡性もあります。すっきりとした味わいが特徴で、外観は薄く濁っています。
品評会に登場するほど上品な『中垂れ』
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「中垂れ(なかだれ)」とは「中汲み(なかぐみ)」「中取り(なかどり)」とも呼ばれ、3種類の中では味と香りが最高のお酒と言われています。外観は透明です。鑑評会に出展されるのもこのタイプです。
通好みの濃厚味『責め』
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中垂れで最良のお酒をとった後は、しっかりと圧力をかけて(責め、と言います)お酒を絞り出します。この最終段階に出てきたお酒は「責め」「責めとり」と呼ばれます。
雑味が多く荒々しいお酒ですが、アルコール分が多く濃厚な味わいで、飲みごたえのある辛口です。
ポタリポタリの雫を集めた『袋吊り法』
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吟醸クラスの日本酒を造る場合や他の日本酒との違いを出したい時、鑑評会に出展する時に使われる搾り方です。
酒袋にもろみを入れて口を縛って吊り下げて、自然に落ちてくるしずくを斗瓶(とびん)で受けることから「斗瓶搾り」とも呼ばれています。
袋吊り法の特徴は、
- 外圧はかけない
- もろみの重さで自然に滴るお酒だけを利用
- 余分な成分が混入しない
- きれいなお酒ができる
- 華やかで繊細な香りがある
手間がかかりますがとても贅沢な日本酒で、このスタイルで搾ったお酒は「雫酒(しずくざけ)」とも呼ばれています。しかし、なかなか絞りきることができず、もろみの半分以上は米袋に残ってしまいます。
現在、ほとんどの酒造はこれらの伝統的な3種類の方法で日本酒を絞っていますが、作業の効率、日本酒の酒質、酒粕の回収の点から見ると、完全な方法とは言いがたいのです。
従来の上槽工程の問題点
すべてが手作業で行われるため労力と時間がかかりすぎます。
人間は過度な負担がかかると、ミスを犯しがちになるので危険でもあります。
人手が必要なので人件費がかかる
ヤブタ式濾過圧搾機以外では、もろみを酒袋に詰める作業は避けて通れません。
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また、上槽が終わった後にも酒粕を酒袋から剥がす作業があります。
最近の酒袋の原料はナイロン、テビロン、テトロンなどの化学繊維が使われていて、酒粕離れはいいとも言われていますが、依然これも手作業。
ヤブタ式では自動粕はがし機能がついたものがありますが、ほとんどの酒造では人力に頼った酒粕回収です。
もろみにロスが生まれる
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酒袋にもろみを入れる際、もろみがこぼれてしまうこともあり、ロスが発生します。
日本酒に酒袋の匂いがつく
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酒袋の管理に問題があり、酸化した酒粕の残りなどが付着していると、袋臭(ふくろしゅう)という臭いが日本酒につくことがあります。
酒質の異なった日本酒ができる
前述した通り、同じもろみから生まれた日本酒であっても、上槽するときに流れ出てくる順番によって味、香り、アルコール度が違う日本酒となってしまうことです。
同じもろみからできる日本酒はすべて同じ品質であるべきです。
酒粕を熟成させる手間がかかる
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手作業で剥がされた固い酒粕は板粕として売り出されますが、商品として出荷するためには柔らかくなるまで熟成保管しておかねばなりません。
これも人の手を煩わせる要素となります。
さて、人手不足が深刻になる時代がくるというのにこれらの問題点を放っておくわけには行きません。そこで上槽により発生する問題点を解決するための方法が「もろみの遠心分離」です。
遠心分離機のメリット
遠心分離機ってご覧になったことがありますか? 私もどのような形をしているのかが知りたくて探してみました。以下の動画の11:26あたりからご覧ください。
かなり大掛かりな設備ですが、前項で挙げた問題点のほとんどは、この遠心分離機が解決します。
- 人手がかかるもろみの袋詰め工程と酒粕剥がし➡️遠心分離機では全自動でもろみが送り込まれるので、労力の大幅な削減に繋がる
- 酒袋にもろみを移し替える際に発生するロスや袋臭の付着➡️遠心分離機が自動でもろみを投入、オールステンレス製なので匂いは発生しない
- 酒袋から垂れてくるお酒の質が、時間と加圧の違いで「荒走り」「中垂れ」「責め」と違いが出る➡️遠心分離機では同じ条件で全量が分離されるので酒質の違いはない
- 酒粕を販売するためには板粕を柔らかくする必要があるので管理が必要➡️遠心分離機は酒粕を自動回収でき、その酒粕はすでに柔らかくなっている
また、遠心分離機は一人で操作できます。
では、日本酒にとって大事な味わいや香りの面でどのように働くのかを見ていきます。
酒質が向上する
今までの上槽方法で絞った日本酒と遠心分離機で造った日本酒には明確な味の差があります。その理由は、
ということが挙げられます。
密閉空間で搾るので香りが飛ばない
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日本酒は空気に触れると酸化が進み、せっかくの香りが減少していきます。
高級な日本酒を造る時に使われる袋吊りも、長時間空気にさらされることで酸化や香りの揮発が進みます。
この点、遠心分離機は完全に外気を遮断しているので、日本酒の芳香成分の飛散が少なくなります。
もろみにストレスがかからない
濾過圧搾機は24時間、槽絞りは3日間ともろみの絞りは長期戦になるので、もろみに過度な負担がかかります。
遠心分離機は約40分で搾るのでお酒の老化や酸化を防止できます。
得られる日本酒量の割合が多く、品質のバラツキなし
濾過圧搾機で搾った日本酒量は70〜80%と多量ですが、外から強い圧力をかけた分、雑味が日本酒に混じります。繊細な味わいのお酒を作りたいときには不向きです。
とは言え、圧力を外からかけない袋吊り法では、回収される日本酒量は35〜40%と少なすぎるのが欠点。
しかし、
- 遠心分離機で回収できる日本酒は50〜60%と袋吊り法よりも多い
- 香気成分も高い値を示す
- きき酒の結果、味わいの点でも良好
袋吊り法でも、お酒が滲み出てくる順番で酒質にバラツキがでますが、遠心分離機では酒質は均一です。
つまり、もろみの上槽に遠心分離機を使用すれば、量も多い日本酒を造ることができるのです。
発泡酒やにごり酒も造れる
遠心分離直後の日本酒には炭酸ガスが残っているので、現在人気の発泡日本酒としても売り出すことが可能です。
炭酸ガスが不要の場合は、遠心分離機に付随しているスキミングパイプを利用すれば、簡単に炭酸ガスを取り除くことができます。
調整によってはにごり酒も造れます。
遠心分離機にもある!デメリット
ここまで読むと、「遠心分離機って人手が足りないこのご時世にぴったり!」と思いますよね。しかし、オールマイティに思える遠心分離機にもデメリットは存在します。
遠心分離機は高価
遠心分離機の価格は2000万円ほどすると言われています。多くの酒造が導入してくれたら価格も下がり、上質な日本酒が出回ることになりますが、現在の販売実績は20蔵ほど。大手の酒造でなければ手が出る値段ではありません。
キャパが少ない
一度で搾れる量は400L。したがって、24時間フル稼働しなければなりません。
しかし、中には1400kgのお米で仕込んだもろみの全量を50時間かけて搾った酒造もあるので、日本酒を大量に醸造する場合もやってやれないことはなさそうです。
ちなみに獺祭の旭酒造では、大小合わせて5台の遠心分離機が稼働中です。
システム洗浄に手間がかかる
遠心分離機にかけると、酵母が食べきれなかった糊状のデンプンまでも取り除いてくれます。だから、さらっとした透明感がある繊細な味わいのお酒になるのですが、その糊部分を洗うのに苦労するのだとか。
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しかし、遠心分離機はそんなマイナス面をカバーするくらいの高品質な日本酒を創造します。
同じもろみを使いながらも、従来の袋吊りで搾られたお酒と、遠心分離機で搾られたお酒には品質に明らかな差があります。
これからは遠心分離搾り日本酒の、複雑、クリーン、リッチな味わいと芳香で魅了される人々が増えてくることでしょう。
「よそには売るな」北雪 大吟醸 YK35【信】
※(於:新開店したモナコのレストラン「NOBU」)北雪酒造特製樽酒の鏡開きで祝う松久信幸氏とロバート・デ・ニーロ氏
海外で30店舗を展開する日本食レストラン『NOBU』の経営者である松久信幸氏は、矢沢永吉さんから勧められた北雪酒造の日本酒を飲んでその味に魅了され、北雪と独占契約を結んでいます。
ロバート・デ・ニーロ氏も松久氏の共同経営者で、北雪のYK35が大のお気に入り。おつまみはキュウリと塩だけで十分だとか…。
松久信幸氏が「他の酒造の日本酒はすべてやめて北雪一本にするから、北雪さんも他のレストランに卸すのはやめてほしい」と言ったことから、海外では『NOBU』以外で北雪は飲めません。
しかし、日本では思いっきり北雪を楽しめます。しかも、ここでご紹介するのは遠心分離搾りの大吟醸。
1分間に3000回転という遠心力をかけてお酒と酒粕を分離した【大吟醸 北雪 YK35「信」】は、優雅でエレガントな香りから始まり、繊細な辛口の喉越しで誰もが魅了される味わい。
ワインの品質はぶどうによって大きく異なりますが、日本酒の品質は製造方法によっても80%異なる、と言われます。
今まで体験したことのない遠心分離搾りの日本酒、ぜひお試しになって納得してみてはいかがでしょう。
北雪酒造の遠心分離のお酒は限定酒のため、蔵元取り寄せ品となります。通常より3〜5日ほど時間がかかりますので、お急ぎの方はお早めにご注文ください。
※なお、NOBU Washington DC店では720mlの同商品は$800でお飲みになれます(*_*)